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ベルリンマラソンを走りながら気がついた、自分にふさわしい(ラン・仕事・人生の)スタイル

3年ぶりにフルマラソンに参加し、ベルリンを走ってきた。

今回のベルリンマラソンではキプチョゲ選手が再び世界記録を更新し、2時間1分9秒と前回ベルリンマラソンで出した世界記録を30秒縮める快挙を果たした。


段ボールに手書き、というあたりがベルリンらしい


ベルリンに向かうことへのためらい

その同じレースに出た自分ではあるけれど、6月に新型コロナウイルスに感染。少し熱が出たくらいでほとんど症状がなかったのだが、後遺症と思われる心身の症状が残ってしまい、ベルリンマラソンにむけてトレーニングができるようなコンディションではなかった。

ベルリンに行くかどうかすら最後まで迷ったが、今年はスタートラインに立つだけでも意義がある、と言い聞かせて、実はあまり気乗りはしない状態で日本を出発した。もし、大会の前に現地での仕事を入れていなかったら、本当に行くことをやめていたかもしれない。

レース前日の憂鬱

現地での仕事をこなした後、大会前日のプレイベントであるブレックファストランにも参加。これも迷ったが、今回は初めて参加することにした。いつもは、5~6キロ程度とはいえ大会前日に走ることで足が疲れてしまうことを気にして参加したことはなかった。

しかし、今年はそもそも全くトレーニングができておらず、大会でフィニッシュまで辿り着くとは到底思えなかったので、ここまで来たのだから楽しめるものだけでも楽しもう、という気持ちで初めて参加した。

ブレックファストラン自体は楽しく、新たに知り合ったランナーと話しながら回れたこともとても有意義だった。ただ、6キロほど走っただけでも微妙に足の疲れを感じて、これは明日の本番はやはり無理だなと思いながらホテルに戻った。

テンペルホフ空港跡地でのブレックファーストラン


スタート前の開き直り

そのようなコンディションで迎えた大会当日だったので、コロナ(再)感染の可能性をなるべく避けるためにも、一番最後にスタートするグループの、しかもその一番後ろで、なるべく人が密にならない状態で走り始めた。

戦勝記念塔を見ながらスタート

途中でも、いつもであればランニングウォッチを見つつ自分のペースを気にしながら走るのだが、今回はそうではなく、自分が少しでもゴールに近いところまで行けることを最優先にした。自分の体力や筋力を温存しながら走ること、そしてもっと言えば歩くことや立ち止まることもいとわない、というスタンスで、行けるところまで行く、という気持ちでスタートを切った。

こうして開き直ってみると、これまでであれば途中でトイレに行きたくなっても行列が長ければ時間のロスを気にして次のトイレ設置場所まで我慢したり、沿道で素晴らしい応援をしてくれている様子を写真に撮ることも、足を止めることでペースが乱れたり当然タイムロスもすることになるので見送っていた。そもそも走るのに邪魔になると思ってスマホを持たずに走っていた。今年は最初からタイムを気にしていなかったので、スマホを持ち、コースの途中で写真を撮ったり、ナンバーカードに書いてある私の名前を呼んで声援を送ってくれる人にお礼の言葉を返したりしながら、ゆっくりと走って行った。

トラムが来ないのをいいことに線路内で演奏する人。必ずこういう人がいます(笑)

途中で飲み物や食べ物が提供されるエイドでも、慌ててもらうのではなく、ゆっくりと自分の欲しいものを選んで食べたり飲んだりし、空いたカップもゴミ箱から外れないように捨てて走って行った。

消防は冷水シャワーで応援。「視覚障害」のランナーは日本から


走っている間に気がついた、いつもとの違い

こうして、ゆとりを持って走って行くと、これまでタイムを求めて走った時とは心身の状態が違っていることに気がついた。全く練習していなかったのにフルマラソンの約2/3にあたる28 km 地点まで、ゆっくりではあるが無理なく走れてしまったのである。そして、これまでにないほど、自分の名前を呼んでくれる応援の人たちがいることにも気がつき、その人々に応えながら走っていくことで、それが大きな力になっていることに気がついた。

以前から、ブラスバンドや太鼓の演奏で応援してくれていると、自然に自分の足が早まるもので、楽器の音にそのような力があることは分かっていたけれど、沿道の人たちの応援・声援も、自分が走り続けられる力になることを今回改めて体得した。

和太鼓での応援、気分がアガります

コースの2/3を過ぎ、このまま走り続けていけば、過去に何度か経験したことあるように、足がつってしばらくコースに倒れ込んだまま動けなくなるようなことにもなりかねないと感じるようになった。さすがに練習不足では30㎞以上を走り続けることは難しい。

残されたゴールまでの距離と歩くスピードを測ってみると、制限時間内にゴール地点までたどり着けそうであるということがわかった。そこで30㎞の手前あたりからは、あせらずにひたすら一定のペースで歩くことを意識した。

ブランデンブルグ門を抜けたらゴールはもうすぐ(の割に長く感じる)

ブランデンブルグ門からフィニッシュするまでの間は、多くの記録のカメラが写真を撮ってくれていることも分かっていたので(トップにある画像がその1枚)そこだけは何とか最後の力を振り絞ってゆっくりとゴールまで走ったが、制限時間が6時間15分のところ、6時間8分59秒でフィニッシュすることができた。

ゴール地点。キプチョゲ選手がスタートしてからは7時間半後

走ったり歩いたり立ち止まったりしながらではあるが、制限時間内に自分が42.195 km を回りきることができたことは、予想もしていなかっただけに大きな喜びがあった。

改めて気がついた自分のいつものパターン・スタイル

考えてみると自分の場合は、マラソンに限らず、多くの人と同じ「道」を行く場合は、先頭を目指してトップ集団に入るスタイルではなく、かろうじてギリギリ一番最後に「ゴール」するのがいつもの自分のパターンであるということに、改めて気がついた。

それは、思い返せば大学に入る時もそうだったし、就職するときにも同じようなことがあった。格好が悪くても、というか格好は悪いけれど、最後になんとか(必ず)「引っかかる」のが自分らしい取り組み方。そうでなければ、他の人と違う「道」を一人で行くのがいつもの自分であり、それが好むと好まざるとに関わらず、自分に合ったスタイル・パターンなのだろう、と再認識した。

友人が応援に来てくれていて、びっくり

最近、まったくマラソンと関係ないある場面でも、多くの人が取り組むやり方が自分には合わないことを感じることがあった。そこでもやはり、華々しい取り組み方ではないけれど地味だが最後まで生き残るという、格好は悪くても最終的には目的を達成するという意味では、今回のマラソンのフィニッシュのしかたと通じるものがある。

どうしても、マラソンであれば、自分のタイムを1分でも1秒でも短くして、一番高い順位でゴールしようとするのが普通の考え方だと思う。自分もこれまでそうやってフルマラソンを走ってきた(思うような結果が残せたかは別として)。

しかし、制限時間が設けられているということは、裏返せばその時間内にゴールをすれば正式な記録として認められるということである。もちろん賞金がもらえたり表彰されたりということはないけれど、失格にはならない。

 この建物を撮っていたら・・・

そして制限時間ギリギリでゴールすれば良いと思いながら余裕を持って走ると、沿道にある風景や建物が目に入り、応援してくれている人々との交流さえできるということに、今さらながら気がついた。立ち止まって建物の写真を撮っていたら、沿道の人が「君の写真を撮ってあげようか?」と言ってくれて私のスマートフォンで写真を撮ってくれたりもした。下の写真がそれだ。

沿道の人が写真撮ってくれました

これは立ち止まっていなければ起きなかった沿道の人とのやり取りだ。

過去のやり方を捨てることで得られるもの

自分のベストタイムを追求しながら走って行くことは、それはそれで素晴らしいし、自分もこれまではそうだった。ただ、走り続けていると年齢と共にいつかは自分の自己ベストからだんだん離れていくことになるのだろう。そうになった時に、自分が走り続けられるのだろうか、モチベーションが続くだろうか、ということも今回初めて考えた。自分のタイムではなく制限タイムを気にして、制限時間いっぱいに走りきれたならそれで充分、と思って走れば人生のより長い間、走ることを楽しめるのではないか。

翌朝の地元紙には、完走者の全氏名とタイムが

今回は制限時間まであと6分1秒を残してのゴールだった。これが、今の自分の年齢とそしてほぼ事前の練習がなかった時に楽しみながらゴールしたタイムである。トレーニングをいつもの通りに戻していけば、もっと余裕をもってフィニッシュすることができるだろうし、年齢を重ねてタイムが落ちていっても、まだ制限時間までには余裕があるのだと思う。

年寄りくさい、と言われればそうかもしれない。ただ、自分がベストタイムを出したからといって優勝するようなことがあるわけもなく、だとすればあとは楽しんだ者の勝ちだと思う。もちろんベストタイムを更新し続けるという楽しみ方もあるけれど、せっかくメジャーなマラソン大会で沿道に多くの人が応援に来てくれているのであれば、そうした人たちとの触れ合いを楽しみながら走ることもまた、別なスタイルとしてあっていいはず。

大会前日に 、Facebook に、自分に言い聞かせる目的で「気構えない、楽しみきる、制限時間フルに満喫する」と書いたら、「それって人生や」とコメントしてくれた友人がいた。まさにそういうことかもしれないな、と改めて思う。

このことに気がつけた点で、今回のマラソンは自分にとって大きな収穫であったし、今後のランの楽しみ方が変わる予感がしている。

ベルリンマラソンのマスコット、フリードリンと


来年2023年は、9月24日(日)開催

※文章中に挟んでいる風景の写真は、自分が走っている途中で撮影したものです。


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