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2050年カーボンニュートラルは可能か?:スローイノベーションの時代へ

(Photo by mauro mora on Unsplash)

「二酸化炭素(CO2)排出実質ゼロのカーボンニュートラル(炭素中立)って何?」

この質問に正確に答えられる人が、どれだけいるだろうか。地球温暖化の国際的な枠組み「パリ協定」。バイデン氏が大統領になれば、米国も復帰するということで注目が集まっているが、この9月に日本、韓国が2050年に、中国が2060年に、カーボンニュートラルの達成をめざすことを相次いで発表している。

二酸化炭素(CO2)排出実質ゼロと言っても、本当に私たちはCO2を出した分だけ植樹などでオフセットしながら生きていくことができるのだろうか?ここでは、私たち一人ひとりが、カーボンニュートラル社会でどのような生活をしているのか、考えていきたい。

責任ある消費者として、カーボンニュートラルで生活するとは?

私たちがカーボンニュートラルで生活しようとすると、「責任ある消費者」として生きることが必要になる。例えば身近なところでは、レジ袋をエコバッグに代えること、使い捨てプラスチックを使った商品を選ばないこと、地産地消の食材を選ぶこと。そして生ゴミはコンポストを使って土に戻し、焼却するゴミを減らす。使う電気も、今は自然エネルギーを選ぶことが簡単にできる。

しかし、いくら私たちがエシカル(倫理的な)消費によってカーボンニュートラル生活をしようとしても、流通する商品やサービスがカーボンニュートラルの選択肢を提供していなければ始まらない。まさか急に、太陽光パネルを屋根にとりつけて、庭で野菜を育て始めるわけにもいかないからだ。

企業のSDGsへの取り組み

企業側でも、SDGs(持続可能な開発目標)への注目はたいへん高まっている。環境や社会問題、企業統治に対する取り組みを重視する「ESG投資」の広がりから、上場企業はSDGsへの取り組みなしには、世界の投資を集められなくなってきているからだ。

しかし現状、企業のSDGsへの取り組みは、どうしても「株主対策」になりやすく、社員一人ひとりの自分ごとの取り組みになってはいない。この状況を変えるためには、もう一つの企業の駆動要因である「市場の動き」を生み出す必要がある。つまり、企業にとって「責任ある消費者」の市場が無視できない状況を私たち自らがつくりあげるしかないのだ。

スローという価値観

「責任ある消費者」が企業を動かし、社会を変える。このムーブメントを牽引するのが「スロー」という価値観だ。スローは、ただ遅いということではない。

ハンバーガーのように10分ですませられるファストフードに対し、材料を集め、みんなで料理をつくるというプロセスを大切にし、人と人との関係性を育みながら食事を楽しむのが、スローフードのムーブメントだ。また、大量生産のファストファッションに対し、スローファッションというムーブメントも生まれている。例えばマッドジーンズというジーンズ会社は、ジーンズを売らずに貸す。一年経つとそのジーンズは回収され、新たにつくられたジーンズが提供される。このような廃棄ゼロのジーンズが、かっこいい。これがスローのムーブメントなのだ。

今では、スローモビリティ(徒歩や自転車での移動)、スローツーリズム(人とつながる観光)、スローエナジー(自分で発電)など、あらゆる分野にスローカルチャーが広がっている。

スローツーリズム:個人でもできるカーボンニュートラル

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんが、温暖化ガスの排出を批判、飛行機に乗らずにヨットで大西洋を横断したことで、「飛び恥(Flight Shame)」という言葉が欧州で広がった。

それに対して、航空会社は大きく2通りの努力を始めている。一つはバイオジェットと呼ばれる生物体由来の燃料で飛行機を動かす努力だ。インパクトは大きいが、その進展は航空会社に任せるしかない。そしてもう一つ、私たちも参加可能な取り組みが「カーボンオフセット」だ。これは、いわば「個人でもできるカーボンニュートラル」である。

カーボンオフセットは、航空会社や旅行会社が旅行者一人当たりの排出するCO2を計算し、その分を相殺するための環境保護プロジェクトに寄付する仕組みだ。ここでポイントになるのが、CO2排出量が正確に計算されていること、そして相殺される環境保護プロジェクトのインパクトがきちんと認定されていることだ。

欧州の航空会社や旅行会社は、このカーボンオフセットを積極的に旅行者に勧めている。「責任ある旅行者」たちは、カーボンオフセットのプログラムをもつ航空会社や旅行会社を信用し、選択する。持続可能性に向かっての、消費と企業活動の好循環が生まれ始めているのだ。

スローガバメントへ:縦割り政府からの脱却

政府レベルのカーボンニュートラルに話を戻そう。政府の方針が出れば、その公共投資予算を各省庁は積み上げようとするし、大企業はその予算をねらって動き始める。つまり、あらゆる社会課題が経済ゲームの道具になってしまうのだ。

河野太郎大臣は、温暖化予算についても厳しくチェックしているという。あらゆる政策に、政府が予算をつけていたらキリがないからだ。

スローの考えを行政にも当てはめた、スローガバメントという考え方がある。起きた問題を何でも縦割りでファストに解決しようとするのではなく、一歩下がって「この問題はなぜ起きているのか?」と行政機能に横串を入れて考え、本質的な解決策をスローに見つけていこうというものだ。ファストは部分最適を生む。部分をもぐらたたきのように解決していったつもりでも、全体として問題が解決していないということは多い。

日本政府のCO2カーボンニュートラルこそ、スローガバメントの精神で取り組む必要があろう。

スローイノベーション:行政・企業・NPOの革新的な協働

政府が国家予算だけで社会課題解決をすべきではないとするならば、どのようなアプローチが取り得るのだろうか。そのヒントが、シビックテックにある。行政は課題をオープンにし、その課題解決は市民や民間企業が主体的に行う。このような仕組みをさまざまな自治体で機能させているのが、コードフォージャパンだ。

シビックテックが真の価値を発揮するときには、行政・企業・NPOの間に「革新的な協働」がある。革新的な協働とは、従来の「落としどころのある協働」ではなく、「答えが見えない中でも協力し合い、予測不可能な成果をあげる協働」である。その大前提として、行政が市民・民間企業を信頼し、情報をオープンにする必要がある。鶏と卵であるが、市民・民間企業も予算をねらうという姿勢ではなく、社会課題解決に高い志を持って臨む必要がある。

スローイノベーションを全国に広げる:つなげる30人

スローイノベーションを全国に広げる仕組みとして、「つなげる30人」のプラットフォームがある。すでに5年目を迎える「渋谷をつなげる30人」、昨年から始まった「京都をつなげる30人」、「ナゴヤをつなげる30人」、「気仙沼をつなげる30人」、そして今年から「まちだをつなげる30人」と「横浜をつなげる30人」がスタートした。

「つなげる30人」は、地域を限定することで社会課題を明確にし、地域を代表する幅広く多様なステークホルダーとの関係性を再構築することで、その地域ユニークなイノベーションを生み出すアプローチだ。

「2050年カーボンニュートラル」のような国レベルでの社会課題解決は、どうしても国任せ、人任せになりやすい。しかし、社会課題解決が本当に実を結ぶかどうかは、仕組みではなく、市民・民間企業の行動変容にかかっている。旅に行くなら、地球環境や地域の自然・文化にネガティブな影響を与えない方法を考えることができる。ファッションを選ぶときは、リサイクルやアップサイクルのことを考えることができる。

社会の変化は、つねに一人ひとりから始まる。決して持続可能な社会は、国のトップだけがつくれるものではない。一人ひとりの行動変容が地域に広がり、面となって目に見えるインパクトを感じることができる。そして地域で生まれた仕組みが広がり、結果として国全体や世界全体が変わっていくのだ。

スローイノベーションの時代とは、一人ひとりの行動が社会を決める時代だ。この時代に生きる私たちがどのように働き、消費し、投票するのか。そのすべての行動が、未来を決める力を持っている。それは、本当にワクワクする時代だ。

2030年のSDGs達成、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、「スローイノベーション」がますます重要になるのではないだろうか。

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