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劇症型溶連菌感染症~ヒト食いバクテリア~の話題

 一般的に溶連菌感染症は子どもに多く、高熱とのどの痛みが特徴的な感染症です。Mclssacの基準によるA群溶連菌感染症の可能性としては、①38℃以上の発熱 ②咳がない ③前頸部のリンパ節腫脹と疼痛 ④扁桃腺腫大と白苔の付着 ⑤15歳未満(45歳以上ではマイナス1項目)の項目が多ければ可能性が高くなります。治療はペニシリン系抗菌薬を第一選択薬として10日間服用します(溶連菌感染症 Streptococcal infection )。
 現在の東京都の流行状況(第24週:6/10~16)は定点報告で3.81(COVIDは4.48、手足口病は4.08)であり昨年末の流行が落ち着いてから高い水準ではあるもののほぼ横ばいです(定点報告疾病 週報告分 推移グラフ (tokyo.lg.jp))。
 一方で同じ溶連菌が引き起こす劇症型溶連菌感染症(Streptococcal toxic shock syndrome; STSS)は今年に入ってから6月2日までに977人報告され過去最高だった昨年の941人を上回りました。

 今年の2月頃からか劇症型溶連菌感染症の話題が何度か取り挙げられ、私も都度メディア対応を行ってきました。
外国人患者が殺到するクリニック&カゼかと思ったら怖い病気SP |主治医が見つかる診療所:テレビ東京 (tv-tokyo.co.jp) 
「様子見は許されない」“致死率30%”韓国メディアが日本渡航に注意喚起する感染症に専門家が警鐘(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース
 私もSTSSの患者さんの診療を行ったことがありますが、初めて診療した頃はまだ知名度も低く、小児例はきわめて少なかったので報告をした経緯がありますので経過の概要を簡単にご紹介します。

9歳の男児。部活で左足首を捻挫、翌日より同部位の腫脹、発熱が出現して同日夜には意識障害を認めたために翌日受診して入院。体温は39.1℃、血圧98/44mmHg構語障害があった。左下腿の発赤・腫脹が著明であったが、咽頭発赤は著明ではなく溶連菌咽頭炎を疑う所見ではなかった。血液検査では白血球軽度上昇、Na, Clの著減、ASO異常高値、下肢の造影MRIで腓腹筋の筋膜炎を認めた。直ちに抗菌薬などによる治療を開始して4日目で解熱、10日程度で下腿腫脹は消退し救命しえた。血液培養からはA群溶連菌が検出された。

発症早期より診断しえた劇症型A群溶連菌感染症の1例 | CiNii Research

 STSSの多くは高熱とそれに続く四肢の疼痛・腫脹が特徴的とされており、発症から病状の進行がきわめて早いことが厄介なところです(劇症型溶血性レンサ球菌感染症とは (niid.go.jp)。筋肉の壊死(壊死性筋膜炎)を起こしそれが時間単位で全身に拡がるために壊死した部位を切除しなけれればなりません。これが「人食いバクテリア」と呼ばれる所以です。従って「手足の腫れが数時間単位でどんどんひどくなってくる」場合には直ちに「入院ができる総合病院」を受診する必要があります。また医師がSTSSを疑わないこともありますので、自らその可能性があることも伝える必要があります。STSSは徐々に悪化するものではないので「いかに早く診断し治療が開始できるか」にかかっています。
 
 STSSが増加している背景には一般的な溶連菌咽頭炎の流行があり、環境中に病原体が散在していることが考えられます。溶連菌咽頭炎の一部が劇症化するのであればSTSSも小児例が多くなることが推測されますが、年齢層をみると半数以上は60歳以上の高齢者です(劇症型溶血性レンサ球菌感染症の流行状況(東京都 2024年) | 東京都感染症情報センター (tokyo.lg.jp) 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の発生状況および特徴のまとめ|大阪健康安全基盤研究所 (iph.osaka.jp)。STSSの主な病態は外傷を契機に発症する壊死性筋膜炎であり咽頭炎とは異なりますので、症例数が増えることはあってもヒトーヒト感染を起こした大流行になる可能性はほぼないですが、病原体が多く存在する環境においては侵入門戸を作らないことは重要ですし、病原体を蔓延させない環境整備も求められます。
 
 壊死性筋膜炎はType 1とType 2に分かれます。Type1は複数菌が原因で高齢・基礎疾患のある人に多く、Type 2は単一細菌が原因で様々な年齢層・基礎疾患なしでも起こります。Type 2の原因菌としてA群溶連菌が最も多くついでMRSAです。溶連菌は外毒素と宿主の反応により症状が出現します。この外毒素が微小血管内で血小板や白血球の凝集を起こし血流の途絶、すなわち血管の閉塞が起こります。この血管の閉塞が強い痛みの原因と考えられます。通常では無菌状態の血管内に溶連菌が入り込まなければこのような現象は起きないと考えられますので、怪我や皮膚の破損した部位に注意することが重要であると言われています。ところが打撲など侵入門戸がない場合でもSTSSが発症することがあり、そのメカニズムは動物実験で筋挫傷を起こすとA群溶連菌が特異的に挫傷部位に運ばれ付着することから起こるようです。これは健常な筋組織では検出されないようです(Necrotizing Soft-Tissue Infections | New England Journal of Medicine (nejm.org)。振り返ってみれば、私が経験した小児例も捻挫のみで明確な傷口はなかったように思います。

 STSSは全数把握の5類感染症ですので今後も報告数は増えるでしょう。誰にでも発症しうる感染症ではありますが、多くは外傷を契機に発症します。対策としては「STSSがどのような病態なのかを正しく知ること」「外傷などのエピソードがあれば健康な人でも起こりえること」「四肢の激しい痛みと腫れが数時間単位で悪化している場合には直ちに医療機関を受診してSTSSの可能性を申告すること」が重要なポイントとなります。病原体が体内に入らないようにすること、病原体が蔓延しないようにすることは重要ですが、上記総説によれば健康な筋組織では菌の付着はみられないようですので、手洗い・マスク着用を徹底することはSTSS本来の対策としてはやや懐疑的と考えます。以前より申し上げていますが、感染対策は「何となくやっておく」ではなく明確なポイントを押さえた上で「メリハリをつけて行う」ことで余計な制約をうけることなく日常生活を送ることができるのです。

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