見出し画像

21世紀生まれの新卒採用①【人生100年時代の就職活動】

年が明けると、新卒採用が本格化し始める時期だ。経団連のスケジュールでは説明会やエントリーの開始は3月だが、1月から説明会などで企業と接点を持ち始める学生も多い。株式会社ディスコによると、8割を超える企業が、経団連の定めるスケジュールよりも早くに採用活動を始めるという。多くの学生が、これからの半年間で就職先を探し始める。毎年決まった時期に始まる、大学新卒の一括採用は伝統とも言える文化の1つだ。

しかし、近年、マイナーチェンジこそあれ、大きな変化のなかった新卒一括採用にも変化がみられている。昨年の経団連による就活ルールの廃止は、変化の端的な例だろう。その他にも、数多くの変化が生じてきている。そこで、今月は全4回で「21世紀生まれの新卒採用」と題して、今後の新卒採用がどのように変化していくのか考えていきたい。


今の学生には、親と先生、先輩が参考にならない

ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンが説いた「人生100年時代」のインパクトは大きく、日本でも2016年の出版以来、社会的な関心事の1つだ。世界では長寿化が急激に進み、引退後に余生を楽しむ人生モデルが終わりを迎えようとしている。

この人生100年の問題について、最も重く考えなくてはならない世代は大学生だろう。世界の平均寿命は、10年ごとに2年ずつ延びており、2000年生まれの2人に1人は100歳まで生きる計算だ。もし、65歳定年を前提にキャリアを考えていたとすると、約40年間の仕事人生で35年分の老後を賄わなくてはならない計算となり、およそ現実的ではない。今の大学生が就職活動を考えるとすると、自分のキャリアについて「定年」や「引退」を前提としてはならない。

それでは、大学生がキャリアを考えるときに、どのように将来の指針を探すべきだろうか。従来の方法では、まずは親や兄弟などの親族、次にOBやOGなどの身近な社会人、大学のキャリアセンター・ゼミの教員が相談相手となることが多いのではなかろうか。先達の成功体験や失敗体験を聞き、自分の考えに対するフィードバックを得ることで、自分のキャリアについて考えていく。

しかし、この方法には大きな限界がある。それは、学生を取り巻く社会環境の変化が考慮されておらず、現在の延長線上に自分の将来があると想定しまっていることだ。人生を100歳までと考える社会環境の変化は、かなりドラスティックだ。人生が80歳までという前提を親世代も子世代も共有しているからこそ、彼らのキャリア観や価値観を参考にして自分の将来を予測することができる。キャリアについてアドバイスを受ける相手である、親や親戚、先輩、キャリアセンターとは前提としている人生の長さが違うということを学生は強く自覚しなくてはならない。

残念ながら、親や先輩、大学のキャリアセンターの多くは100歳まで生きることを前提としてキャリアを考えていない。既存のキャリアの考え方は、人生を80歳までと考え、60~65歳以降の老後の10年ちょっとを余生とする人生設計を前提としている。人生の35%を老後として考えるようには人生設計ができていないのだ。


サラリーマンや公務員はリスクの高い就職先になる?

人生を80歳までと100歳までと想定したとき、キャリアの考え方に大きな違いが2つある。

1つは、経済的な違いだ。人生を80歳までと考えたとき、行政や企業の社会保障システムと同じ前提を共有しているため、企業や行政組織に帰属しているだけで経済的な保証をある程度担保できる。しかし、人生を100歳までと考えると、65歳以降の未就労の期間があまりにも長期化してしまい、既存の社会保障システムでは補填できなくなる。このことは既に至る所で生じている問題であり、90歳を超える親の介護費を捻出するために70歳の子供の所得では賄えず、40~50代の孫が祖父母と両親の2世代を支えなくてはならない状況がある。孫世代にしてみると、下手をすると30代や20代後半から祖父母と両親の介護のために経済面での援助をしなくてはならない。

2つは、安定に対する考え方の違いだ。「安定」には2つの構成要素があると考えられる。1つは、倒産や給与未払いなどのリスクが低いという所属する組織の財務面での安定性だ。もう1つは、その組織に所属していればいつかはやりたい仕事ができるという仕事面での安定性である。リクルートやマイナビなどの調査では、例年、これらの「安定」が学生の就職先決定の重要な要素であると指し示している。しかし、100歳まで生きることを考えると、仕事人生が1社で終わることはあり得ず、複数社を渡り歩くことが当たり前となる。そうすると、「組織の財務面での安定性」の比重が小さくなり、「どの組織でも通用する専門性(Employability)」が雇用の安定性を保証することになってくる。そうすると、労働市場に対する自分の市場価値をキャリアの早期から考える必要性が高まってくる。「いつかはやりたい仕事ができる」という長期的な視点で自分のキャリアを考えることは、それまで自分の市場価値が上がらないと言うことになるためリスクが高く、「早くやりたい仕事に就き、専門性を高める」というキャリアのスピード感が速まる。つまり、組織で働く生産年齢が長期化すればするほど、雇用保障が組織ではなく個人に帰結するため、キャリア開発のスピード化が起こる。人材育成の方針として「まずは組織のことを知ってもらうための下積みをしてもらう」というのは、人生80歳時代の古い価値観である。

このように考えると、終身雇用を前提とした企業でのサラリーマンや公務員のみで大学卒業から65歳までのキャリアを作ることはリスクが高い。定年後も働きたいと思っても、複数の組織で働いた経験がないために、「どの組織でも通用する専門性」があるのかどうかの判断が難しく、転職先への適応力も証明が困難だ。そのため、定年後は収入も減少し、新しい組織で働くことも難しくなる。もし1つの組織で長期間キャリアを歩むのであれば、2枚目の名刺を持つ「複業」や不動産投資などの資産運用で、65歳以降も収入を得る術を組織外で身に着ける必要がある。


「Do」ではなく「Be」が求められる時代

人生100年を前提としたとき、学生たちは何を基準にして自分のキャリアを考えるべきだろうか。ここでも、これまでとは異なる考え方が求められる。

多くの就職情報サイトの調査で「やりたい仕事ができること」が就職先決定に重要な項目として出てくるように、「Do(仕事内容)」を基準としてキャリアを考えることは多い。このことは、学生だけではなく、社会人にキャリア面談をしていても同じ傾向がある。具体的には、「海外で働きたい」「ホテルマンになりたい」「公認会計士になりたい」など、自分がどのような業務に従事するのかを考え、その業務に従事したくて就職先を決める。

実際に企業で働いていると、目の前の業務(Do)をこなしていくことが求められ、Doが積みあがっていくことでキャリアができてくるのが、人生80歳時代の在り方だ。そのため、これまでは「Do」を基準として学生が就職活動をしていても構わなかった。しかし、現在でもそうだが、「Do」の積み上げでは個人の市場価値は評価されにくい。どうありたいか、「Be」を基準として、これまで従事してきた「Do」との間に一貫性があることで、はじめて個人の市場価値が評価される。

例えば、生命保険会社に定年まで勤めあげただけでは「生命保険会社に長くいた人」としか評価されにくい。しかし、その経験を活かして生命保険に関する本を出版し、「日本で1番生命保険に精通した人」という評価を得ると市場価値は一気に高まる。「日本で1番生命保険に精通した人」という「Be」が、「生命保険会社での勤続年数」と「出版」という「Do」で結びついて、はじめて個人の市場価値が評価される。

人生100年時代で雇用保障が個人に帰属するようになると、キャリアの早い時期から個人の市場価値を示す必要がある。そうすると、さまざまな仕事経験(「Do」)を通して、結果的に「Be」を見つける帰納法的なアプローチは時間がかかり過ぎる。前述の「日本で1番生命保険に精通した人」になるために、新卒から定年までの40年間をかけていたのではスピード感に欠けている。キャリアの早い段階、できれば学生のうちから暫定的な「Be(在りたいと思う姿)」を思い描き、そこから逆算して「Do」を積み上げる演繹的なアプローチではないと、個人の市場価値を示すことができない。

キャリアの早くから「Be」を考えることに抵抗感を感じることもあるだろう。また、「Be」は自然とできあがるもので、意図的に考えるべきものではないという考えもあるかと思う。しかし、世界を見てみると、早くにキャリアを決めることが必ずしも悪影響を及ぼすとは言えないことがわかる。リクルートワークス研究所の「Global Career Survey (2013年)」によると、大卒者が卒業後の進路を決める時期について、日本は「大学生の後期」(69.7%)と欧米諸国に比べて遅い傾向にある。米国では高校時代から大学生の前期にかけてが最も多く(56.3%)、オーストラリアでは高校時代が最も多く(26.5%)、ドイツは中学卒業以前から高校時代にかけてが最も多い(48.8%)。世界の大多数の企業が、採用後の仕事内容と大学での専攻を関連付けていることを踏まえると、「Be」をキャリアの早い段階から意識して「Do」を積み上げていくことはグローバルスタンダードに近いだろう。

また、「Be」は長い仕事人生の中で変化していくものと思われる。キャリアの理論では、「トランジション(転機)」という概念がある。結婚、出産、育児、介護など、人生には転機が数多くある。また、プライベートな事象以外にも、異動、配置転換、転職、仕事上の重要な出会いなど、仕事と関連した事象でも転機は訪れる。「トランジション」は、そのような転機で様々な選択肢の中から自らの意志で一つの方向を選び取っていくプロセスである。「トランジション」は、仕事人生の中で「Be」を見つめ直す機会である。また、「Be」は変化し続けることが健全な姿だ。


まとめ

人生100年時代となったとき、人生の折り返し地点は50歳だ。今の大学生が大よそ50歳を迎えるのは、2050年となる。その時、幸せな人生を歩むために、どのように自分のキャリアを考え、就職活動に臨んでいくべきだろうか。

本稿では、2つの論点から考えてきた。

第1に、学生は人生80年を前提としたキャリアを歩んできた人とは、明らかに違う価値観が求められていることを自覚しなくてはならない。そのため、親や親族、先輩、キャリアセンターのアドバイスが必ずしも参考にならない。人生100年を前提として、自分のキャリアについて「経済面」と「個人に帰属した雇用保障」の在り方を考える必要がある。

第2に、「〇〇になりたい」「〇〇という仕事がしたい」というDoではなく、「〇〇でありたい」という「Be」を軸として自分のキャリアを考えなくてはならない。人生100年時代では、雇用の安定が組織によって保障されない。そのため、キャリアの早い段階から自分の市場価値を意識してキャリアを歩む必要がある。個人の市場価値は、「Do」と「Be」の一貫性で評価される。学生は、「自分はどうありたいのか(Be)」、「Beであるためには、何をしなくてはならないのか(Do)」を考えてることが求められている。

現在の平均寿命の変化がこのまま続くと仮定すると、現在の大学生の2人に1人が100歳を超えることになる。100歳のときに幸せな生活を送るためにも、学生は自分の人生が100年まで続くことを自覚し、自分のキャリアを考えて欲しい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?