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その新事業、100%持ち株子会社or社内部門で行うべきか迷走したら考えたいこと!〜ファイナンス視点で考察~

 世の中には、多種多様な株主構成の会社が存在します。例えば、創業者経営者が100%株を持つ会社、上場して株主が完全に分散した会社、大企業が100%株を保有する子会社…。特に、大企業を巡る様々な株主構成の会社を考察していると、ある漠然とした疑問が浮かんできました。

「企業が企業買収や新事業開始時に、100%持ち株子会社にするか、社内部門にするかの意思決定の違いは何が影響しているのだろう?」

 この問いに関する答えは、上場を目指しているかどうかの違いでしょ、別の企業から株式出資を想定しているからでしょ…etc、様々な答えが返ってきそうです。しかし、上記のようなことを考えているならば、社内部門として新事業を始めて、上場時に会社にしたらよく、100%持ち株子会社なんて姿にしなくてもよいはずです。これは、柳川 (2005)で指摘している「企業の境界線」に関する問いでもあります。

 例えば、フリーランスで働いている人を企業人として正社員に取り込むべきか、発注先の受託企業を完全に会社に取り込むかor別会社のままでいてもらうか…etcなど、どこまでを企業内部に取り込むべきかという意思決定です。今回考察したいのは、イノベーションなど全く新しい新事業を企業が始める時に、別会社にすべきか、それとも社内部門で始めるかでどんな違いがあるかです。

*事例としての100%持ち株子会社と社内部門

 100%持ち株子会社として異彩を放ている企業といえば、米国の「ピクサー・アニメーション・スタジオ」などが挙げられます。故スティーブ・ジョブズがウォルト・ディズニー・スタジオに売却し、ディズニー傘下の100%持ち株子会社として活躍し、日本でも注目されています。ディズニーの収益源の一つである同社ですが、なぜディズニーは100%子会社のままにして社内部門にしないのでしょうか?

 また、国内AIで有名会社といえば、トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)があります。同社はトヨタが90%の株式を出資していますが、なぜ資金も人材も潤沢なトヨタ社内で進み続けず、米国で別企業として始まったのでしょうか?

 一方で、社内部門で新事業を開始した企業といえば、日本特殊陶業。新たなビジネスを生み出すため4月にイノベーション推進本部を設立し、同社が得意とするセラミックを超えた、新事業開発に取り組んでいるとのことです。変革を促すために、社内部門でなく、別会社にする選択も検討されているかもしれません。


 *「株主権利」と「所有権」の違い

 企業が、100%持ち株子会社など別会社にするか社内部門にするかの意思決定には、「株主権利」と「所有権利」が鍵を握っていると、私は考えています。「株主権利」とは、株主総会における議決権、配当を受け取る権利、出資した企業の清算時に残余財産の分配を受ける権利です。「所有権利」とは、柳川 (2005)を参考にして単純化すると「その所有している資産について、その資産を他の人が使うことを拒否する権利」と解釈できます。

 よく「会社は株主の物」という言葉を聞きます。大企業A社が、ある会社Bの株式を100%保有していたら、A社はB社にとって株主として支配的な株主権利を持ちます。でも、B社の所有権利までは持たないのではないでしょうか?例えば、B社の余剰資金をA社単独の意思決定で使うことはできませんし、B社の商材をA社が勝手に使用したら犯罪にもなりかねません。B社の商材も余剰資金もB社に「所有権利」があるわけです。

 個人投資家や機関投資家の方が、上場牛丼チェーンの株主だから、この会社の牛丼は株主の物だ!タダで食べさせろ!なんていいませんよね。その牛丼は、お客さんに販売される前は、基本的にはその牛丼チェーンに「所有権」があります。「会社は株主の物」とはいうけれど、上記の事例ではA社はB社に対して、経営陣の役員構成やB社の資金用途に一定の影響力は持てる「株主権利」はあります。しかし、情報の非対称性はある中でB社の経営陣を信じてある程度の自由裁量と、B社の「所有権」を認めざるを得ないのです。つまり、株主とは出資企業に株主権利は持つけど所有権利は持ちえない存在です。「会社は株主の物」は半分正しくて、半分間違っているというのが私の認識です。

*100%持ち株子会社OR社内部門かの違い

 以上をまとめると、企業が買収企業を100%持ち株子会社のままにしたり、新事業を別会社で始めるのは、その会社に対して所有権利を与えて、親会社の干渉を小さくした方が機能するときと考えた時でしょう。トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の事例などは、既存の自動車事業とのイノベーションのジレンマを起こさないためにも、あえて別会社にし、モビリティカンパニーとして、既存事業の人材や制度からの干渉を避けたかったという狙いがあったのかなと推測します。ピクサーについても、ディズニー一色になるより、別会社として所有権利に関する意思決定機関を維持させた方が、画期的な作品が出ると考えた可能性があります。日本特殊陶業は社内シナジーを活かした開発だからこそ、社内部門なのかもしれません。

 新事業を別会社にするのは所有権利を与えることで、既存事業とのイノベーションのジレンマを回避する狙いや摩擦を避ける狙いがあるのかもしれませんね!

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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崔真淑(さいますみ)

*注:画像が崔真淑著『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』(大和書房)より引用。無断転載はお控えくださいね。

*参照文献:柳川範之著『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)


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