最終回集合

地方都市の在り方をアップデートする。イノベーターの人材育成モデル 前編:人材開発プログラムの作り方

異業種勉強会や研修などを企画・運営している人々の間で、定説のように語られることがある。4%の法則だ。社内変革や地方活性化のアクションプランを作ったとしても、参加者のうち本気でやりたいと思う人は2割程度であり、その2割のうち、実際にアクションを起こす人は更に2割だと言う。全体の中で、2割のうちの2割が実際に行動を起こすと言う意味で4%だ。従業員研修などの場合は、社内のしがらみや組織体制役職や業務内容などの組織内の要因で、研修の結果として、実際に行動を起こす人はもっと少なくなるだろう。
このような定説に対して、「本当に研修で行動を起こす人を生み出すことができないのか?」「適切な刺激と、良質な思いを持った仲間がいることで、行動を起こす人の発生確率を上げることができるのではないか?」という思いから、2019年5月から2020年2月までの10ヶ月を通して、アクションリサーチとして、大分を変えるイノベーターを生み出すワークショップ『Oitaイノベーターズコレジオ』に携わらせていただいた。その最終発表会が2月8日に行われ、実際に行動を起こすイノベーターの育成ができたのかどうか、成果が見え始めた。
効果の検証は研修後のフォローアップなどを通して、もっと長期で見る必要があるだろう。だが、今回はアクションリサーチとしてのイノベーター育成について、1年を通して行ってきた活動を振り返ると共に、同じような取り組みを行っている同士への参考となるようにTipsを前・中・後編に渡って紹介していきたい。


地方都市の変革リーダーを生み出す、人材開発プログラムをスクラッチビルドする

『Oita イノベーターズコレジオ』は、大分市に本社を置くシステム開発企業の株式会社ザイナスが主催して行っている異業種研修だ。本プログラムは、株式会社ザイナス 代表取締役社長の江藤稔明氏を発起人として、ワークショップデザイナーの山崎美和氏(キャリアボイス代表)をプロジェクトリーダーに迎え、株式会社ザイナス イノベーション本部長の山本竜伸氏、おおいた留学生ビジネスセンターの太神みどり氏、大分大学経済学部講師の碇邦生というバックグラウンドの異なる4名がプログラムデザインとファシリテーションを行っている。民間企業主催の産学連携のプロジェクトである。
プログラムの仕立てとしては、キックオフを含めた全9回のワークショップを通して、受講生が大分のより良い未来を創るためのアクションプランを作成することをゴールとしている。プログラムの構成は3つのステージで設計されている。前半の3回では、社会に新たな変革をもたらすリーダーのマインドセットを学ぶことを目的としている。そのため、ゲストからの薫陶を受けることを主目的とし、最後にアウトプットを生み出すためのインプットという位置づけだ。次のステージは、インプットを活かして新しい変革を生み出すための手法を学び、応用力を身に着けることを目的としてる。具体的には、越境学習やパラレルキャリア、思いを行動に移す圧倒的当事者意識について、講師の体験と理論の両方を学びつつ、「行動を起こすことは難しいことではない。誰でもできるし、自分だってできるのだ」という自己効力感を育てる。そして最後に、具体的に自分たちがどのように大分に変革を与えるのかというアクションプランの作成という、アウトプット主体のステージに移行する。

第1期

第1期風景

このようなプログラムを機能させるためには、ただ有名なビジネスリーダーを講師として呼んだだけでは意味がない、どのタイミングで、どのような専門性を持った講師を呼ぶのか、そこでどのような講演や実践課題(アクションラーニング)を行うのか、各回の講義内容や仕立てを講師と一緒にスクラッチビルドで作り上げることが求められる。


同じ未来像を共有する仲間を探し、講師の人材バンクを作る

それでは、人材開発プログラムをスクラッチビルドするためには、どのような点に注意を払わなくてはならないだろうか。欧米のビジネススクールで、最も有名な人材開発のテキストの著者であるゴールドステイン教授は、人材開発プログラムの結果として、どのような人材を生み出したいのか、できる限り詳細で具体的な到達目標(人材のイメージ)を明確化することが重要であると語る。このようなオムニバス形式のプログラムをスクラッチビルドで創り上げるためには、講師やプログラム・デザイナーが「どのような人材を育成したいのか」という具体的な到達目標のイメージを共有することが要諦であり、最重要事項となる。
しかし、ゲスト講師を依頼するときの限られた打ち合わせ時間や回数の中で、ビジョンのすり合わせをすることは困難だ。そのため、人材開発プログラムを作る担当者は、常日頃から自分たちと同じ方向性を見て、達成したいビジョンが共有できている講師候補を探し続け、自分の中で人材バンクを持っておくことが求められる。著名なビジネスリーダーを招聘して、講演やパネルディスカッションをするだけでは、いくらコストをかけても期待通りの成果を得ることは難しい。


プレゼンだけで終わらせない実践を後押しする成果発表会

最後の成果発表会でも、受講生がイノベーターとして行動を起こすための仕掛け作りをしている。それは、「徹底的なポジティブ・フィードバック」と「サポーターとのネットワーキング」だ。
他者のプレゼンテーションや発表を聞くと、つい批判的なフィードバックをしたくなってしまう。特に、褒めるのが苦手だと言われる日本人にとって、褒めるというポジティブなフィードバックに抵抗のある人も少なくないだろう。しかし、経営学や心理学の領域では、ネガティブ・フィードバックとポジティブ・フィードバックの効果と使い分けるべきシーンについては、既に多くの知見があり、一定のコンセンサスも得られている。
ネガティブ・フィードバックとポジティブ・フィードバックは、対象に求める変化に応じて、使い分ける必要がある。具体的には、ネガティブ・フィードバックは対象の認識や行動、思考の誤った箇所を明確化し、正しい在り方を理解させるときに有効な手法だ。反対に、ネガティブ・フィードバックは、対象の自己効力感を下げ、自発的な行動を抑制する効果がある。一部の例外を除いて、批判されたからと奮起をするような少年漫画の主人公のような思考様式をとらない。確率論的には、ネガティブ・フィードバックを受けると「めんどくさい」「そんなに言われるならやりたくない」と思い、意欲が減退する傾向にある。
一方、ポジティブ・フィードバックは意欲を掻き立て、望ましい方向に自律的に行動して欲しいときに有効な手法だ。反面、正しい理解や行動を伝え、誤ったことをしたときに糺すような時には不適切である。数年前に、米国企業で業績評価をしないノーパフォーマンス・レーティング(No Performance Rating)が脚光を浴びていたが、この評価方法はポジティブ・フィードバックを軸としつつ、ネガティブ・フィードバックを効果的に使うことで、部下の意欲とエンゲージメントを高めていこうという手法だった。
イノベーターの育成でも、ネガティブ・フィードバックとポジティブ・フィードバックを効果的に組み合わせ、運用することが重要だ。特に、自分が地方の未来を創るのだと当事者意識を醸成させるためには、ポジティブ・フィードバックを徹底的に行い、「新しいことを考えるのって楽しい!」という気付きを得てもらうことが必要不可欠となる。
また、実際に行動に移すためには、発表して終わりではなく、その発表を聞いて「是非、その活動を応援したい!」と思ってもらうサポーターと結びつけなくてはならない。そのために、企業や自治体からの派遣で従業員を受講生として出していただいた組織の裁量権を持つポジションの方や類似の活動を県外で行い成果を出している方をゲストとしてお招きした。そうすることで、受講生とサポーターが一緒になって「こんなに良いものなら、是非、実行しよう!私も応援するよ」という会話が生まれ、実際のアクションに繋がる導線が出来上がる。具体的には、今回は受講生の上司のほか県外からのゲストを東京と大阪から3名お呼びし、実際にアクションを起こしていくぞという空気を創り上げた。


これらのプログラムを通して、最終回では40名の受講生が7つのグループを作り、アクションプランを発表している。次回の中編では、実際にどのような発表が出たのか、紹介していく。

<中編に続く>


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