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もし私が日産の経営陣であったなら

日産は、ホンダとの経営統合を発表した。

背景の一つには、台湾のEMS大手の鴻海が、日産の株式を取得することに興味を示したことに対する危機感があったという。かつて日産自動車の経営トップ層にいた人物が現在は鴻海にいるということがあり、この人物と現日産経営陣との相性が合わないといった事情もあるという。

こうした表に見えない事情は抜きにして、仮に自分が日産の経営陣であったら、どのような選択を取るだろうかと考えてみたい。

まず、日本国内同業大手との経営統合に関してである。今回、日産はこの相手先として本田技研工業(ホンダ)を選ぶことになった。

同業の会社が経営統合する場合、お互いに異なる技術を持っていたり、あるいは強みを持つマーケットや商材が異なるなど、合併によるメリットが大きいことが経営統合を成功させる1つのキーになるだろう。また社風の類似性といったことも見落とせない要素である。

この点、日産とホンダはどうであろうか。証券会社がまとめている公開株式銘柄の情報をもとに比較してみたい。

日産は自動車(四輪)事業の売上が会社全体の9割以上を占めるが、一方のホンダは四輪事業の売上が全体の2/3、約66%で、二輪が引き続き15%以上を占めている。この点で、事業内容において補完できる部分があるかもしれないが、本田においても主力は四輪事業といえ、重複する

また、売上に関しては、両社とも国内シェアは10%台前半で、海外比率は日産が約85%(北米が約50%、欧州13%、アジア7.5%)に対して、ホンダは87%(北米が約50%、その他36.5%)と近しいものがあり、主力とするマーケットにおいて競合関係にあると言っていいだろう。

そして、社風については、日産は戦前から続く、言ってみれば日本企業の中でも伝統的な企業で、昨今で言えばJTCといったところになるだろう。一方のホンダは、戦後の混乱期に二輪で成長し、その後四輪、さらにはジェット機の生産にも進出するなど、創業者本田宗一郎氏の遺志を継ぐベンチャー気質を残す企業であるといわれ、社風はかなり違いそうだ

こうした点を鑑みて、日産とホンダの経営統合にメリットを見出すことができるかは、以上の点からはやや微妙である。

一方で、日産への経営参画を試みたという鴻海(フォックスコン)は、自動車産業への進出を目標として掲げてはいるものの、実際にはこれまで自動車の生産に直接関わってきた企業ではない。

一方で、iPhoneの生産を大きく手掛けるなど、言ってみればAppleの世界戦略の一端に組み込まれた企業と言える。その意味で、日産やホンダよりも鴻海はIT業界に明るく、またその事業経験もある企業ということができるだろう

そして、日本との関わりにおいては、鴻海はシャープの親会社である。売上高も、為替の影響もあるが、控えめにみて日産の倍以上の規模、30兆円弱だ。

日本の基幹産業の一つである自動車産業が今後も安定的に世界的なシェアを守っていくという意味において、日本の企業同士が合併するというのも一つの考え方ではある。しかし、日産とホンダが合併することによって、そのような将来的な世界でのシェアを取っていく見込みがあるのだろうか。

自動車産業は、今後、というよりも既にEV化に対応していく必要に迫られているし、仮に駆動にエンジンではなくモーターを使うという動きが止まったとしても、全体としてIT化していくこと、つまり象徴的に言われる「走るスマホ」になっていくという流れはおそらく止められないだろう

この時、iPhoneという世界的に販売されているスマホの生産を手掛けてきた鴻海の知見やノウハウが生きる可能性は、少なくとも同業のホンダと経営統合するよりも大きく期待できそうだ。

また、鴻海がシャープの親会社であるということを考えても、資本関係からシャープのIT関係の技術を日産の自動車開発・生産に活かせるのであれば、これは自動車のIT化において、日本企業の中で新たな世代の自動車生産に結びつけられる可能性があるのではないか。

さらに、台湾企業の世界展開力を考えた時に、もちろん既に日産やホンダも海外生産・販売をしているが、こうした点でも鴻海と組むことのメリットがあるのではないだろうか。

特に、鴻海の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏は、台湾総統選への出馬も取り沙汰される有力者で、中国本土との関係が強いと言われている

一方で、日産もホンダも中国本土での車の販売に苦戦している。

日本は、米中の対立が経済戦争とも言えるほど激化している中、基本的には自由主義経済圏の中にありながらも、地域的には中国に近しい場所にあるため、自由主義陣営に属しつつも、アジア全体として関係を作るという難しいバランスを取る必要があるだろう。

この時、この2つの引力のただ中でバランスを取っている台湾は、そうした戦略を立てる上で妥協点を見出すのにふさわしい存在と言える。また、郭台銘氏の人脈が、人的ネットワークが重んじられる中華圏において有利に作用する可能性は期待できるのではないだろうか。そうなれば、日産の中国事業展開にも、挽回の道筋を見いだせるかもしれない。

また、台湾が国家戦略として「走るスマホ」としての自動車に注力し始めていることや、万一、日産が中国企業に買収されるといったシナリオに対する経済安全保障の観点も頭の片隅には入れておく必要がある情勢である。

以上のような点を踏まえると、少なくとも門外漢である私が、公開されている情報を見る限りでは、ホンダとの経営統合を進めるよりも、鴻海と組む方が日産の将来的な事業の発展を期待できるのではないかと感じる

もちろん、様々な公開されていない情報も含めての経営判断であったと思う。しかし一方で、IMDが発表した世界競争力において日本は38位と、世界の中で大きく遅れを取っており、その原因として野口悠紀雄教授が

世界が大きく変化していることを、日本の経営者は肌で感じられず、そのため必要な対応をしていない

東洋経済の記事より

と指摘している。

今回の日産とホンダとの経営統合が、仮に、こうした世界の動きを知らない経営陣によってなされたものであり、例えば「外資系はハゲタカである」といったイメージによって決められたのだとすると、その経営判断がどれだけ正しいのか疑問が残る

同じくこのIMDの調査において、台湾は世界第8位の競争力を持つとされている。一方で、日本での台湾のイメージと言えば、人口が日本の1/4から1/5程度の小さな国、親日の国といった程度の認識しかされておらず、ビジネスにおいてどのような可能性があるかという議論は日本人ビジネスパーソンからはほとんど聞かれない

こうした台湾に対する、日本における一般的な認識に基づいて今回の経営判断がなされたのだと仮定すると、その正しさはどの程度のものだろうか。

いずれにしても、その成否は後年、歴史が判断するしかない。


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