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取り扱い注意な「戦略立案人材」の副業

高度な専門性を有した人材をシェアする

近年、多様な働き方が急速に受け入れられるようになってきている。1つの企業で仕事人生を終わらせるのではなく、更なる活躍や成長を求めて転職することや、専門性を活かして複数の組織で働く複業などがそれにあたる。

複業を副業ではなく、複数の生業とするのは、いくつもの働き方を並行して行い、どちらが主でどちらが補助的なのかという意味合いを薄める狙いがある。その働き方も、どこかの企業に従業員として働く(雇用される)だけではなく、週末起業のように独立したり、ボランティアや趣味のサークル、スポーツチームのように収益に繋がらないものも含まれてくる。つまり、自分の人生をより豊かなものにするために、活躍できる場所を複数の領域から求めようというのが複業だ。

そのような働き方は企業にとっても歓迎されてきている。特に、高度な専門性を有した人材は、どこの組織も常に人手不足だ。例えば、優れた営業は顧客へのルートを持っているので、複数企業と副業契約していれば、1度の商談でいくつものソリューションを顧客に提供できる。個人にとっては顧客に提供できる価値が増え、企業にとっても販路が増えて win-win の関係になる。同様に、エンジニアやクリエイターの分野でも、いくつもの企業に属してプロジェクトに参画していく働き方が浸透してきている。

このような流れの中で、近年、特に注目を集めているのが戦略立案人材の副業だ。最近では、Yahoo! Japan が100名もの副業人材を社外から公募すると公表してニュースとなった。

なぜ人事をシェアすべきか?

戦略人材の複業で、全国でもいち早く成功事例を創り上げたのが広島県福山市だ。福山市では、戦略推進マネジャーとして全国から民間企業の人材を広く募集し、地方の活性化を図った。募集ではビズリーチと協業し、5名の枠に対して400名以上の応募が殺到した。

地方活性化のための副業人材がどれだけ効果を上げたのかという検証にも、広く協力体制を構築するという開かれた姿勢を貫いている。法政大学大学院の石山恒貴教授の研究室と共同し、その効果検証にあたっている。石山教授の研究室からは、「副業兼業で、個人にはスキルやモチベーションの向上、受け入れ側には新しいノウハウ・人脈の獲得といった効果が期待できる」という声も聞くことができる。

福山市での事例では、イノベーションを起こすために外部の専門人材を複業として受け入れることで地方活性化に結び付けた好事例だ。福山市にも地方活性化の担当者はいるが、彼らは行政の専門家であるため、どうしても考え方が偏ってしまう。そこを外部の専門家と混ぜることで、シュンペーター博士の言うところによるイノベーションの新結合を生むことができた。

このように、複業はイノベーションの新結合を生み出す仕掛けとして効果が期待される。前述した営業の事例でも、複業がイノベーションの新結合を生み出す仕掛けとなっている。複数企業の製品やサービスを取り扱うことが可能となることで新結合を生み出し、営業の専門家が顧客に提供できる価値が飛躍的に高まっている。

このように、複数の組織の案件を同時に請け負うようになると、主体となる所属がどこなのか、個人の判断に委ねられることになる。そうすると、転職という概念も大きく変わるようになる。リクルートワークス研究所の古屋星斗氏は、『副業などの形態により少しずつ別の会社やプロジェクトに携わり、徐々に“コミットメントを移していく”』ことで、転職によるリスクを抑えることができ、なおかつ能動的に自分のキャリアを変えることができると述べている。このような複業を基盤とした職業移行のことを『コミットメントシフト』と呼ぶ。古屋氏は、将来の転職は一気に組織が変わるのではなく、コミットメントシフトが主流になるのではないかと述べている。

まずは複業として関わってもらい、個人も企業も「もっと働きたいな/働いて欲しいな」と思うことで主となる所属を移っていくコミットメントシフトは、望ましい社会の変化だと言えるだろう。特に、プロジェクト単位の職務と個人の専門性がより一層重視されるようになると、常に個人の持つ専門性を最大限活用することができ、自己成長に繋がるコミットメントシフトはキャリア開発の観点からも歓迎できる。

しかし、転職と複業を結び付けて考えた時、危険性も孕んでいる。それは、「採用するのが難しいから、複業から始めてもらおう」という発想だ。

「社内にいないから複業」は危険

Google の社員番号一桁(つまり創業メンバー)に採用の専門家(Recruiter)を招いたように、採用は本来企業にとって最も重要な活動だ。たとえどれほど素晴らしい戦略や計画を練ったとしても、それを実行する人材の質が悪ければ成功することはない。また、企業が目指す方向性や何を大事なことと考えるのか価値観が異なっている人材は、どれだけ優秀でも害悪でしかない。シャア・アズナブルのように、優秀だがジオン公国独立に共感しない人材を採用してはならないのだ。

しかし、高度な専門性を有した人材の獲得は容易ではない。それは、絶対数が少ないためであったり、給与などの条件面が合わないためといった理由が採用を困難なものにする。特に、東京一極集中という特徴を持つ日本では、地方本社の企業が高度な専門性を有した人材を獲得することは並大抵の難易度ではない。

このような現状を踏まえ、採用が困難な人材を複業で補いたいというニーズが存在する。しかし、採用できないから副業で補填するという考え方は、気持ちはわからなくもないが、事業を破綻させるリスクがあまりにも大きい。

その理由は、採用が困難な人材は事業において重要なポジションであることが多いためだ。特に、経営企画を担うような戦略人材は企業の根幹をなす人材ともいえるだろう。そこを外部の人に依存するというのは、組織としての脆弱さを増長することになる。このようなときには、採用の観点から言うのであれば、モザイクワーク代表の杉浦二郎氏が述べているように採用弱者の戦術で乗り切ることが肝要になる。つまり、既存の採用手法は黙っていても優秀な人材が集める採用強者の理屈で作られているので、そこのゲームにのっとって採用活動をしていたのでは人材を確保することができない。

それでは、戦略人材を獲得するのに複業は辞めたほうが良いのだろうかというとそうではない。人材の補填を目的とした複業ではなく、異なる目的で複業を使うべきだろうと提言したい。

副業の2つの主効果:創発の仕掛け作りと人材育成

2枚目の名刺のように、成功した複業の事例を見ていると2つの主効果があるように思われる。

1つは、前述した福山市の例にも挙げた創発の仕掛け作りだ。元々組織内に専門家はいるが、イノベーションを生み出すにはリソースが不足しているときに、外部からの複業人材によって新たな知見を取り入れることを目的とする。おそらく、Yahoo Japan! の複業募集も此方の主効果を期待しての施策だろうと予測される。

もう1つは、人材育成としての複業である。社内に人材がいないため、その指導役として複業人材に参画してもらうケースだ。例えば、日本航空が経営危機に陥った時、稲盛和夫氏を迎え入れた。たった3年で業績改革を成し遂げた稲盛氏の手腕も見事だったが、同時に次世代リーダーも生え抜き社員の中から育て上げてしまった。卓越したリーダーの元で経験を積んだメンバーが飛躍的な成長を遂げることはよくある。トヨタ生産方式の第一人者である生産管理コンサルタントの山田日登志氏も、トヨタ自動車の大野耐一氏に師事していたがトヨタ自動車の社員ではなく、岐阜県生産性本部の一コンサルタントだった。このように、2~3年と期間を区切り、卓越した人材に複業として参画してもらうことで従業員のレベルアップを図ることができる。

人事施策のメッセージ効果に気を付けよう

これら2つの主効果に共通して言えることは、経営において重要な意思決定を外部に委ねず、自分たちで責任を負うという姿勢だ。そのために、既存社員の才能を複業人材によって化学反応を起こす仕掛けとしての活用方法や、人材育成を目的として複業人材を活用することで従業員のレベルアップを図る。複業は、組織としてのポテンシャルを高めるための仕掛けでしかない。

また、経営者は事業において重要なポジションに複業人材を使うことが、従業員にどのようなメッセージを与えるのかについて自覚を持つ必要がある。経営の意思決定に近いポジションは、基本的には「楽しい仕事」であり、社内キャリアの観点からは「目指すべきゴール」でもある。特に全国展開している企業だと、本社ビルの経営企画部で働くことが現場で働く若手社員にとってどれほど輝かしいかを知ることは、モチベーション・マネジメントに効いてくる。そのような重要なポジションが、複業や転職人材で埋まってしまったとき、従業員は自分の会社で能動的に能力開発に励み、熱心に仕事に従事するだろうか。

モチベーション論の観点から言うと、熱心に励む従業員はほとんどいないだろう。従業員がモチベーションをもって取り組む誘因が存在しないためだ。このように、経営の意思決定が従業員のモチベーションに及ぼす影響について、経営者はどれだけ意識を向けてきただろうか。もし、しっかりとできているのならば、世界最低水準という不名誉な「従業員のエンゲージメント(仕事に対する熱意」」の調査結果は出てこないだろう。

複業人材の活用は、これから益々興隆を見せ、当たり前の選択肢として普及していくだろう。このことは、ほぼ確定していると言える確度の高い未来予測だ。しかし、複業が広まることと、うまく活用できることは別問題だ。複業を上手く活用し、組織のポテンシャルを高めることに繋げて欲しい。


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