従業員のモチベーションを上げるための制度設計、という考え方
筆者がこの夏参加したマーケティングカンファレンスで、会場移動に伴うバス車中、たまたま隣に座った男性から聞いた話である。
彼はビッグフェイスジャパンなる変わった名前の会社を経営しており、マーケティング関連のサービスを業容の核に据えており、パーパスとしては「日本の産業界をアップデートできるビジネス人財を輩出します」
を掲げている由。
車中彼は、パーパスを遂行するために、設計実行している組織制度の話をしてくれた。
通常組織制度というのは、もしもの有事回避のためになされることが多く、性悪説に基づいたべからず集めるになることもしばしばである。
しかし、彼の話は、いかに人財育成にコミットし、一人一人のモチベーションを上げるか、という思想に富んだものであり、以前記事にした
こちらで取り上げた行動経済学者ダン・アリエリー氏の考え方にもとても近いものだった。
前書きが長くなったが、彼の制度を紹介したい。
(1)2年に一度の転職活動を奨励する
それにより、自分の市場価値を確かめるとともに、もしどこかの企業からオファーが出たら、その金額を5%上回る条件で年収を改定する
ちょっと聞くと驚くような制度だが、そこに込められた理念は、すべての社員に自分のキャリアの可能性に気づいてもらい、社内外での活躍の幅を正しく認識してほしい、ということに加え、社内での待遇を自ら上げることができる環境を準備したい、とのこと。
さらにこの制度は、社員から見ると、転職活動という、およそ企業において最も制限されがちであろうことに関してまで自由に行動することが奨励されている気持ちよさや、それでもかつ自社を選んでくれるであろう、という会社から寄せられている信頼により、モチベーションの源泉になるのではないかと考える。
会社側にしてみれば、巧みな制度設計により社員のモチベーションを引き出すことに成功している好事例なのではないか、ということである。
(2)社員に飲食のための経費を渡し、それを使い切ることを奨励する
旅費交通費などとは別に、飲食専用の経費をポジションに応じて渡す。
その対象はインターンまで含み、金額は役員ともなれば月100万円近くにのぼる。
使い方のチェックはしない。社員同士で飲みに行っても、咎めはしない
インターンにまで飲食用経費を渡すというのは、これまたちょっと驚くが、その背後には、このような考え方がある。
(考え方その1)率先垂範する
彼は経営者として、週6回、毎回ほぼ新規の顧客候補と飲みに出ている。
これを実行するためには、いうまでもなくそれ以上に多くの人と常に会い、ネットワークを広げながらアンテナを貼らなければならない。しかしそれは他の仕事もある中で多分に大変なことである。
彼と仕事をする社員・役員にしてみれば、こんな背中を見せられて、この経費を社員との飲み食いに使うわけには行かない。
かくして、顧客開拓・営業に精力を傾けることになる、という次第。
(考え方その2)資源を理由に営業活動を阻害させない
飲み食いは時を問わず、関係深耕の有力な手段である。
が、もしその予算が潤沢にないとすれば、営業を徹底できないばかりか、悪くすればその言い訳にもなりかねない。「二次会までしか行けませんでした」
そのようなことが起きないように、潤沢に経費を準備する、という次第。
(考え方その3)意思決定の訓練
経費が潤沢に手当てされている、とは言っても、限りがある。
その中で、その効用を最大にするためには、どことの飲み食いにそれを当てるか、ということを熟慮・選択しなければならない。
そのBFJの場合は、その選択行動は完全に本人に委ねられているため、これ自体が意思決定の訓練になっている。
この制度によって、社員に生じた変化としてこんなことがあったそうだ。
(変化1)経費を能動的に報告するようになる
どのように使うか自由な経費なので、特段社長にその使途を報告する義理はないのであるが、制度導入してしばらくすると「XX社の飲みに行ってきました」などという報告が能動的に入るようになった。社員の自主的な判断を重んじた、社員へ信頼を寄せる形で設計された制度により、組織の風通しが良くなった、というわけだ。
(変化2)使いきれなくなり始めている&凹む
社長のように日替わりで見込み客を見つけるのは、現実的には相当ハードルが高く、結果、使いきれない月次が出来し、結果社員が凹む、という現象が起きている
(変化3)自発的な自分変革の機運
「どうすればもっと顧客開拓できるんですか?」という問いが社長や社員の間で応酬されるようになり、例えば「こんなふうにキャラ変えすればもっといけますかね?」など、もしかしたら経費制度を通じた経験がマインドリセットに繋がった、と思われるような事例も観察されている
これ以外にも同社には、例えば「社員の健康の維持をサポートする」という思想の制度がたくさんある。例えば
・かかりつけ医の医療費は全額補助
・メンタルコントロールにかかる医療費同様
・おやつや食事の提供
・週一で整体師がオフィスに派遣される
などなど
これらの制度に流れている思想は「会社は、社員が自分に向き合うためのサポートは惜しまない。その分社員は全力でそうしてほしい」ということである。2年に一度の転職活動も、飲み食いの経費も、その思想に貫かれる形で設計されており、そこには有事回避や性悪説などの考え方は微塵も感じられないと、筆者は思う。
このように会社の人事制度というものは、会社から社員へのシグナル・メッセージとして機能する。
巧みな設計を行えば、社員は会社からの信頼や保証された自由を感じ、大いにそのモチベーションをあげ、マインドをリセットする。
逆もまた真なり。
どうせ制度を作るのであれば、モチベーション向上やマインドリセットに繋がった方が良いに決まっている。そのための要点となるのが、
・人にどんな働きかけをしたら
・その人の心はどう動くのか
という、つまり人の心の機序を理解することである。人間理解である。
筆者が生業とするマーケティングは、消費者を徹底的に理解し、感情移入し、メッセージを構築・発信することにより、その心を動かすことである。
それと全く同じことを社員に対して行えば、例えばこのような制度設計になるのではないか、と思う。
これらの記事にも見られるように、人的資本経営は、いまも経営のキーワードの一つであるが、人的資本の増大・活性化のためには、人間理解の基づいた巧みな制度設計という手段があると思う。
そして筆者はマーケティングを専門にするものとして、マーケティングという方法論を拡張する考え方として、それにチャレンジしてみたい。
読者の皆さんは、いかがお考えだろうか?
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