
事業戦略について語らずにジョブ型を語る違和感
今月の初旬に、日経COMEMO様にお声掛けいただき、「ジョブ型雇用」についてイベントでお話しさせていただきました。今回は、イベントで語り切れなかった「ジョブ型雇用と企業人事」について書いていきたいと思います。
成果主義と同じ匂いのするジョブ型礼賛
ここ数年、ジョブ型への移行が新しい雇用の在り方として注目を集めています。特に、COVID-19 でテレワークが一気に普及して以来、一層、本格的に導入していこうという動きがみられます。日立やKDDIなど、名だたる大企業が全社的なジョブ型への移行を宣言しています。
ジョブ型雇用へと移行したいという背景には、様々な要因が隠れています。最も一般的に言われているものは、成果主義の更なる最適活用でしょう。グローバル企業にとっては、ジョブ型雇用が前提である海外現地法人と日本本社で雇用システムも統一する必要があるというニーズがあります。また、あまり歓迎できた理由ではないのですが、経費の削減を目的としている場合もあります。
これらの背景は、90年代に日本企業が成果主義を導入するときに挙げていた課題と大きく大差はありません。もちろん、時代に応じて日本企業も変化しています。それでも依然として残ってきた基幹社員の新卒偏重や終身雇用を前提とした雇用システムなど、メスを入れることができてこなかった部分への対策としてジョブ型雇用が期待されているようです。
最適な組織は事業戦略との接合無くしてあり得ない
それでは、日本企業が一斉にジョブ型雇用に向いていくべきかというと一概にそうとも言えないでしょう。事業戦略との適合から見て、ジョブ型が好ましくないこともあり得ます。それに、そもそも労働法などの問題から、日本企業が完全にジョブ型雇用を導入できるのか不透明な部分もあります。
ジョブ型雇用の議論をするときに「欧米でもメンバーシップ型が見直されていて、日本企業は今のままで良い」という方がたまにいます。しかし、この場合の欧米企業は事業戦略上、長期雇用と内部労働市場からの人材獲得(人材開発・育成)を重視する制度を導入していることが多いです。こういった企業は、製造業や観光業のように、長期雇用によって身に就く職人的な技能が競争優位の源泉となるために人事制度を設計しています。
例えば、フランスの大企業は製造業や観光業が主要産業であるため、平均勤続年数が日本よりも長く、一見メンバーシップ型にように見えます。しかし、雇用システムとしてはジョブ型が前提となっているため、日本のような雇用システムをフランス企業も導入していると解釈すると大きな過ちを犯してしまいます。ただ、ここから「ジョブ型だから米国みたいに勤続年数が短くなって、解雇しやすくなる」と判断するのは早計だということがわかるでしょう。日本よりも平均勤続年数が長い先進国はフランスのほかにドイツもそうですが、どちらもジョブ型でありながら長期雇用を実現できています。(事業規模や産業での差はありますが)
ジョブ型かメンバーシップ型かはグラデーションで考える
フランスやドイツの取り組みをみていると、完全にジョブ型やメンバーシップ型へと切り替えるのではなく、自社の事業戦略に応じて要素を取り入れていくのが現実的なようです。
それでは、どのようにジョブ型とメンバーシップ型の間で自社の立ち位置を決めていくのでしょうか。それは、自社の事業戦略の性格から判断することができそうです。下図では、参考として「競争優位の源泉」と「狙いとする事業規模の最大値」という2軸から考えてみました。
「競争優位の源泉」とは、自社の主要な事業が何によって生み出されているのかで決まります。品質の高さやコストの安さを売りとする製造業は、競争優位の源泉が製造現場にあることが多く、このときは労働集約型事業が主要になります。対照的に、常に市場にない新しい製品やサービスを生み出すことが競争優位の源泉となっている、ナイキやアディダスのような製造業は市場創造型事業と言えるでしょう。
労働集約型事業のときは、オペレーションの質が競争優位の源泉となるため、長期雇用による従業員の習熟が求められます。また、比較的給与が安く、大量の人員を雇用する必要があるため、雇用安定の観点から労働法との兼ね合いも出てきます。そのため、メンバーシップ型の雇用システムが求められます。一方、市場創造型事業では、研究開発や新規事業開発などの高度な専門性を持った人材が必要となります。高度な専門性を持った人材は、一般的にプロジェクトベースでの業務が中心となり、人材の流動性が高い傾向にあります。様々な組織で多様なプロジェクトに携わることで付加価値が付き、個人の市場価値が高まるためです。そのため、ジョブ型の雇用システムと相性が良くなります。
「狙いとする事業規模の最大値」とは、自社の事業戦略において市場をどこに捉えて設計しているかです。自動車のようにグローバル市場が前提となると、当然、従業員も多国籍な人員で構成されます。そうすると、人事制度や雇用システムもできるだけグローバル全体で一貫性が出るように設計しないといけません。つまり、日本独自の事情ばかり勘案するわけにはいかなくなります。そのため、ジョブ型の雇用システムを前提として人事制度を作る必要が出てきます。
反対に、グローバル市場を想定していない事業も数多くあります。特に、日本は世界3位のGDPをもつことから、国内市場の規模が大きいために国内市場中心の事業であったり、地域密着型の中小企業が数多くあります。そのような場合、無理にジョブ型雇用を導入する必要はないと言えるでしょう。
「企業戦略」ではなく「事業戦略」で決定する
このように、事業戦略の性格に応じてメンバーシップ型とジョブ型の良いとこどりをして、自社の雇用システムの落としどころをどこに持ってくるのかを考える必要があるでしょう。
ただ、このときに鍵となるのは企業戦略ではなく、事業戦略で考えることです。近年、プロジェクトベースで事業を展開するケースが増えるにつれ、1つの企業の中でも多様な事業を行うことが増えてきました。特に、M&Aで他の企業を取り込んだ場合には、事業だけではなく、従業員や文化も多様な組織構造を持つことになります。そして、このような傾向は今後、高まってくると言われています。
そうすると、人事制度や雇用システムを1社1制度で運用することが困難になるでしょう。このことは世界的には、珍しいことではありません。職種や階級に応じて、人事制度や雇用システムが異なることを標準とする国はフランスやドイツ、イギリスなど欧州を中心によく見られます。これらの国では、社会階層が日本よりも強いため、社会階層に応じた人事制度や雇用システムをとってきた歴史があるためです。代表的なところでは、フランスのカードル制があげられるでしょう。
日本企業の雇用システムや人事制度は、世界的には多様性が少ないと言われてきました。新卒一括採用に代表されるように、どの企業も同じような人事制度を導入することが多かったのです。しかし、ジョブ型かメンバーシップ型かという議論が生まれることで、自社独自の人事制度や雇用システムとは何かを考える良い機会となっているのではないでしょうか。そこから、Google や ユニリーバ のように世界最先端と言われる新しい取り組みが生まれてくるのが期待されます。