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「2050年温室効果ガスを実質ゼロにする!」のインパクト

菅総理が所信表明演説の中で、2050年には温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指すと表明されました。
安倍政権のもとで閣議決定され、国連に提出されていた目標は2050年に80%の削減でしたので、今までよりもさらに一歩踏み込んだ目標を掲げたものです。
この分野を専門に勉強している人間からすると、この目標の実現は相当難しいといわざるを得ません。「できもしないことを」あるいは「2050年に自分がいないと思えば何でも言える」と批判的に捉える向きもあるのですが、長い時間を要する困難な社会変革だからこそビジョンを共有する意義があるのだと思います。
また、いまや金融界がこぞって低炭素化・脱炭素化を求める時代。各国とも(実現性はさておき)2050年ネットゼロを目指すと宣言する中で、正直で堅実でいることが日本の国債や企業の資金調達を不利にする可能性もあるなら、それを避けるためにもビジョンを明示することの意義はあったと思います。
メディアでもこれを歓迎する報道が多かったように思いますが、しかし、総論賛成各論反対とならないよう、この目標がもたらすインパクトを確認しておきたいと思います。

脱炭素化へのセオリー

大幅な脱炭素化を可能にする技術的選択肢というのは、実はそれほどありません。世界的にも共有されているセオリーが「需要の電化×電源の低炭素化」です。
エネルギーの低炭素化というと、すぐ電気の作り方に議論が向き、「石炭火力をどうするか」といった議論になりがちなのですが、日本が使っているエネルギー全体をみると、電気は約四分の一。残りの四分の三はガソリンや重油といった、化石燃料をそのまま燃やしています。
この化石燃料をそのまま燃やすことによって出るCO2を削減しようと思えば、やり方は2つしかありません。一つは高効率化です。ガソリン車の燃費が倍になれば、同じ量のガソリンで倍の距離を走行できますので、出るCO2は半分になります。ただ、今から燃費が2倍、3倍になるのも難しいでしょうし、高効率化はどこまでいっても効率改善。ゼロにはなりません。この高効率化が行き詰ったら、利用制限をするしかないわけです。エネルギーの利用に制約をかけることは、国民生活・経済に大きな打撃となりますので、それは難しいとなると、カギになるのが電化です。例えばガソリン車を電動車にする、そしてその電動車を動かす電気を再生可能エネルギーあるいは原子力といったCO2を出さずに得られるエネルギーで動かすということです。この掛け算を同時に進めることで大幅なCO2削減が可能となるということで、各国がパリ協定の下に出した「長期戦略」と言われるものの中で、電化の強力な進展を掲げている国もあります。

2050年80%削減に向けた試算

2017年9月に上梓した「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」(日本経済新聞出版社)の中では、政府が打ち出した2050年に80%の温室効果ガスを削減するという目標への試算を出してみました。下記の図を参照ください。
日本は、人口減少や経済成長の停滞、省エネといったエネルギー需要減少のファクターも抱えています。詳細に積み上げた訳ではなく、人口などいくつかの要素で概算しただけですが、こうした減少傾向に委ねていれば2050年には電力需要は2013年比で20%程度減少すると見ました。しかし一方で、先ほどかいた通り、大幅な脱炭素化には電化がカギとなります。電化が進めば当然電力需要は増えます。徹底した電化(道路を走っている車は全部電動車、給湯は全部ヒートポンプ式給湯器など)を進めると、逆に2013年比で20%程度電力需要が増えると見込みました。この電力需要を最大限低炭素電源で賄う必要があります。
環境省が公表しているわが国の再生可能エネルギーのポテンシャルがすべて開発されることを前提にしましたが、それでも20%増加した電力需要においては、その55%程度しか賄えないことがわかりました。原子力を10%程度活用し、後の35%程度を火力発電によって賄えば、「2013年比で2050年に72%のCO2削減が可能になる」という結果になりました。
徹底した電化は消費者の生活から変えることになりますし、電源構成も非常に野心的な低炭素化を前提とした試算ですが、それでも80%の目標には届きませんでした。
もちろん、新しい技術によって再生可能エネルギーのポテンシャルが拡大することも十分考えられますし、原子力の活用にもう少し期待することもあり得るかもしれません。ただ、壮大な社会変革へのチャレンジであることは共有していただけたのではないかと思いますし、道筋は提示できたと思っています。

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移行に向けた長い道のりを

ビジョンの提示の次にすべきことは、痛みも含めてそのビジョンの意味を国民が共有したうえで、脱炭素社会への移行に向けた長い道のりを具体化させていくことでしょう。
菅総理は「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。
積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です。」と仰いました。
ぜひそれを実現していかねばなりません。多くの国がそれを目指しています(オバマ前大統領のグリーン・ニューディールしかり、EUのグリーン・ディールしかり)。しかしながら、大きな成長につなげるとしても、痛みが無い、痛みを感じる人がいないということではありません。
運輸部門の低炭素化を例に具体的に考えてみましょう。低炭素化のためには、ガソリン車や軽自動車から電動車への乗り換え(電化)を促すことが必要です。いま欧州等各国で行われているように、莫大な補助金を電動車につけるという政策もあり得るでしょう。ただ、その補助金の原資は我々国民の支払う税金です。逆にガソリン車や軽自動車が使う燃料の「温暖化対策税」あるいは「炭素税」の負担を重くして、ガソリン車や軽自動車に乗る経済的な負担が大きくなるようにするという施策も考えられます。その税収で電動車への買い替え補助金の原資の一部を賄うことも期待できるでしょう。ただ、補助が出たとしても買い替えは消費者にとっては大きな出費となりますし、買い替えなければ燃料コストの負担が生活を圧迫します。

しばらく前にフランスで起きた「イエローベスト運動」という暴動は、地球温暖化対策の観点から燃料税を引き上げようとしたことがきっかけでした。私が2018年12月にポーランドで開催された国連の気候変動交渉会議に参加していた時、このイエローベスト運動の参加者が、金持ちはポーランドに集まって数十年後の地球を議論しているが、我々はいま来月のガソリン代の支払いに悩んでいるという趣旨のことを叫んでいるのを見て、それも一理あると思ったものです。
特に低所得世帯にどのような影響があるのか、あるいは、そもそも車の買い替えをどんどん促すことがエコになるか、といった本質的な試算もきちんとした上でなければ、社会の低炭素化に向けた移行プランに国民の納得感も得られないでしょう。
日本を支える自動車産業やガソリンスタンドを含む化石燃料関連に関わる方たちの雇用維持の問題、ガソリン等にかかる税収が減ることでただでさえ過疎化で維持が難しくなっている道路などの社会インフラの維持がさらに困難になるといった課題も解決せねばなりません。
運輸部門からは離れますが、電化を進めていくことで災害時のエネルギー確保が困難になる可能性もあるでしょう。太陽光や蓄電池を活用した分散型の電力供給は災害に強いといわれますが、リスクフリーではもちろんありません。長雨や火山灰がパネルに積もるなどの災害があれば、プロパンガスの利用を続けていればよかったと思うかもしれません。電気自動車で給電にいくなどの支援策が整えば解決できるものの、災害時のリスクは幅広く考えておく必要があるでしょう。

環境対策は総論賛成、各論反対になりがちな最たるものです。プラスとマイナス両方を国民と共有し、移行プランを描くというしんどい作業が待っています。


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