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出戻り社員を人事と採用だけの話題にしていないか?【日経COMEMOテーマ企画_#出戻り社員に期待すること(遅刻組)】

「退職者=裏切者」はもう古い

「会社を辞めると、もう二度とウチの敷居は跨げなくなるぞ」

今から13年前に新卒で入社した自動車メーカーを退職したとき、本社人事部に呼び出され、課長からそう言われた。会社を辞めるという行為は禁忌を破るに等しい扱いだった。直属の上司からは、裏切るのかという怒声も浴びせられた。営業スタートの総合職で入社した同期の3割以上が離職する会社であったが、社内の主な制度や仕組みは終身雇用を前提として組み上げられていた。

退職者を裏切者のように扱う企業は、リクルートや SONY のような一部の企業を除いて珍しいものではない。長期雇用による企業特殊技能の熟達を従業員に求める際、離職によって人材育成に費やした投資の回収が困難となる。そのため、長期雇用によるインセンティブが働くように人事制度や企業風土が最適化される。その結果として、退職者は裏切者のように扱われる。

※ 企業特殊技能(Firm specific skills)・・・ゲイリー・ベッカー(1975年)によって提唱された職業訓練における技能の2分類。どこの組織や職場でも通用する汎用性の高い「一般的技能(簿記やビジネス英語など)」と、特定の職場でしか役に立たない「企業特殊技能(社内手続きや特殊なプログラム言語など)」に分けられる。

しかし、業務遂行において優れた成果を発揮する人材を社内にプールするという、ジェイ・バーニーの「資源に基づく企業観(Resourced Based View)」に照らし合わせると、低業績やコンプライアンス違反などの明らかな不適格者ではない限り、退職者の出戻りを禁止することは合理的とは言えない。

退職者は、もともとその会社で働いていたのだから社内事情に通じており、企業文化のミスマッチが起きにくい。また、外部の組織で経験を積むことで、社内では得ることができないスキルや技能を習得したり、人脈を形成して付加価値を増していることもある。そのほかにも、企業が退職者と繋がり続けることで、社外の情報を手に入れたり、社内の人材育成に繋げて従業員の視野や価値観を広げる機会にもできる。

特に上司との人間関係で離職した人材や、企業と個人の思い描くキャリアの不一致で退職した人材は、出戻った後にも成果を出す期待値が高い。

これらの期待から、欧米を中心に離職者による「卒業生ネットワーク(Alumni Network)」が注目を集め、日本でも増えている。

終身雇用を前提としないのであれば、長期雇用のインセンティブとして退職を裏切り行為として扱うことは意味がない。そこで、退職した従業員にも門戸を開こうと制度が作られてきている。その一方で、制度の運用には混乱があるようだ。先日、募集されていた日経朝刊のテーマ募集は、制度を作ったは良いもののどのように運用すべきかという現場の声が見え隠れする。

「出戻り社員」に不利益はないのか?

そもそも、出戻ったとして、その社員は不利益がないのだろうか。よく聞かれる不安の声は、「出戻ったとしても、昇進や昇給の機会は閉ざされるんでしょう?」というものだ。

この不安の背景には、長年会社に尽くしてきた社員は優先されるべきだという暗黙の了解がある。管理職はおろか、社長ですら社内生え抜きではなく、外部登用が当たり前になった現代でも「新卒入社の終身雇用」は優遇されるべきという考え方から抜け出ることは容易ではない。

新しい人事制度の運用では、このような暗黙知として共有されている考え方への対応が重要になる。制度上は「出戻り社員かどうかは昇進・昇格に関係ない」としても、評価者になる上司が「そうはいっても、彼・彼女は出戻りだから生え抜きを優先したい」と言い出したり、昇進者会議でメンバーの一人が「納得できない」と声をあげたとたんに運用が破綻する。この手の破綻は、成果主義の導入時に繰り返しみられてきたパターンだ。

「出戻り社員」を人事と採用だけの問題にしない

「出戻り社員」は、これまで求人に応募できなかった離職者を受け入れますよという採用の話だけではない。終身雇用を当たり前としてきた価値観を変えようという動きだ。そのため、人事部や経営陣だけで理解が止まっていると本質的に組織を変えることは難しい。

当然、価値観を変えることは難しい。そのため、「出戻り社員」の受け入れには企業ごとに濃淡があっても良いだろう。

例えば、最も導入と運用の難易度が低いのは、子育てや介護の問題で退職した社員の復帰だ。産休後の復帰でよく起きる、復帰後の仕事が魅力的ではないという問題が生じるリスクはあるものの、これまでの終身雇用の延長線上として受け入れ時の精神的なハードルも低めだ。

次に難易度が低いのは、退職した社員が同じ職種で戻ってくるケースだ。特に、出戻り社員の年齢が若かったり、戻ってくるまでに離職していた年数が短いときには、配属先にさえ多少配慮すればすぐに成果も期待できる。一般的に、職種と業種、企業規模、外資か内資かなど、前職と転職先の属性が大きく異なるほど、転職時の定着に負の影響をもたらしやすい。例えば、大企業で社長賞を獲るほど優秀でも、スタートアップ企業に移ったとたんに成果を出すことができず、1年程度で退職してしまうことは珍しくない。しかし、外に出てうまくいかなかった経験が本人を大きく成長させていることも多く、出戻り社員として活躍が期待できる。

最も難易度が高いのは、会社都合で退職した人材の出戻りだろう。バブル崩壊以降、日本企業のリストラや部門売却は珍しいものではなくなった。こうやって、業績不振のために退職した人材の中には泣いて馬謖を斬る決断を迫られることもある。また、経営環境の変化で一度は外に出した人材や部門を再稼働させたいときもある。このパターンの出戻りで最も有名な人物は、スティーブ・ジョブズだろう。1985年にアップルで全ての業務から解任されたが、その後の10年間で経営者として成長し、1996年に非常勤顧問として復帰し、2000年にCEO就任を正式に受諾している。

出戻り社員を活用したいのであれば、人事制度や採用施策を講じるだけでは不十分と言えるだろう。従業員の持つ、終身雇用を前提とした働き方に関する常識が運用を阻む危険性が高い。そのために、出戻り社員の活用を段階を踏んで進めたり、出戻り社員を歓迎するという環境作りにもコストをかける必要がある。環境作りでは、卒業生ネットワークを人材育成へ活用したり、社員を積極的に社外のコミュニティと関わらせたりすることが有効だろう。

出戻り社員の活用自体は、人材の流動性やキャリアの自由度を高めるといった面で歓迎すべき動きだ。その一方で、制度は作ったけど、運用はできませんでしたとなるリスクも大いに孕んでいる。ただの人事や採用のトレンドで終わらせることなく、終身雇用前提のマネジメントからの脱却の重要な施策として組織が一丸となって取り組んで欲しい。

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