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文化財は誰のもの?

日経新聞電子版で2つの記事を読み比べながら、アーカイブや文化財の意味や役割ってなんだろうと考えました。

美術館や博物館の収蔵スペースが圧倒的に不足している

一つ目は、美術館や博物館で所蔵品を置いておく場所がなくて困っているとの記事です。倉庫に入らないものを地下駐車場や廃校した学校のなかに置いておいて「事件」になったりしています。

収蔵スペースの不足は全国の博物館が直面する課題だ。法政大学の金山喜昭教授は今年、10年以前に開館した公立館500館を対象にアンケート調査を実施。回答を寄せた6割の施設の75%が「資料が館内の収蔵庫に入りきらない」「ほぼ満杯状態」と答えた。

19年の日本博物館協会の調査で同様に答えた館は57%。状況は年々悪化している。(中略)

1990年代の「博物館建設ブーム」により、87年に約2300館だった全国の博物館は99年に5100館超に急増。ピークの2008年には約5800館に達した。一方で、15年度には1館あたりの公費の支出は最も多かった1993年度の約3分の1に減った。多額の税金を投じて収集してきたコレクションを自治体が支えきれなくなっている

美術館・博物館「収蔵クライシス」 文化財放置に対策を

この問題の背景として、博物館の増加とそれに見合う公的予算の減少が説明されていますが、「さて、そういうことかな?」と一瞬疑問が湧きます。問題は、コレクションがなぜ増えてきたか?ではないかと思いました。栃木県立博物館の話を読むと、やはり、その点に触れています。

農具などの民俗資料は一見するとガラクタにも見える。同じ動物や昆虫の標本をたくさん収集する意味も理解されにくい」(前学芸部長の林光武氏)。収集の意味と重要性を知ってもらうことが大切だと考え、県の担当者らに丁寧に説明したという。あわせて資料の購入、寄贈などに関する手続きを明文化。収蔵済みの資料も定期的に見直し、収蔵価値を失ったものを移管、処分する「除籍」の仕組みも定めた。

美術館・博物館「収蔵クライシス」 文化財放置に対策を

かつて、学芸員という専門家からすると「これはコレクションとして価値がある!」と飛びつくものに対して非専門家は寛容であったというか、理解を示す余裕がありました。しかし、栃木県立博物館はコレクションの選定と収蔵の基準をより適切なものに変えたように、場所と経済的な制約条件が一気に浮上してくると、「それは、あなたがそう思っているだけでしょう」と非専門家に指摘されるとの事態に対処できないことが多い、とのシーンが想像されます。

素人のぼくからすると、そんな甘い基準で運営していたの?とも思えます。他方、美術館への作品寄贈に関与した個人的経験を想起すると、「そういえば・・・」と思い返しました。所蔵されていることを実績として紹介したいアーティストや所有者、また自分の家族の歴史に関わるモノの数々をそのまま残しておきたいと願う人に対して、わりと間口が広いとの印象をもったことがあるのです。

もし、あのような間口の広さが毎年続いているのなら、それはスペース不足にも悩まされるだろうと思い至ります。そして、この問題は国を問わずに生じているのです。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)による11年の調査では、136カ国にある1490の美術館・博物館のおよそ3分の2が収蔵スペース不足に直面していた。

美術館・博物館「収蔵クライシス」 文化財放置に対策を

政治的権力をもった人たちの歴史だけでなく、農民などふつうの人々の生活の歴史をアーカイブとして残す意義が認識されればされるほど、必然的に必要な物理的なスペースはより要求されることになります。

そこで、デジタルアーカイブの出番となるのでしょう。有形を無形に変換しながらも、有形の価値を認識できるような仕掛けが求められるはずです。

しかし、それ以外の方向はないのでしょうか?

有形文化財の登録が大幅に増加している

二つ目は、歴史的な建造物を活用する取り組みが増えているとの記事です。国の有形文化財に登録された建造物が、この10年間で1.5倍に拡大したようです。

有形文化財には「指定」と「登録」の2種類があり、多くの人が観光対象としてイメージしてきたのは前者です。しかし、1996年、「登録」制度が導入されました。

文化財の登録制度は歴史的価値のある建造物を幅広く保護する目的で1996年に始まった。従来、価値が特に高い文化財は国宝や重要文化財に「指定」され、国の手厚い保護の対象となってきた。

要件が厳格で改修などが制限される指定制度に比べて、「登録」では維持管理の補助は手薄だが、所有者に対する規制は緩やか。内部の改装なども比較的自由にできる。登録されれば固定資産税や相続税が減免される利点がある

登録有形文化財10年で1.5倍 山梨、明治家屋でワイン販売

この制度が活用されることで、文化財の建物が宿泊施設や店舗などのビジネス目的に転用され、所有者が取り壊すしかなかった古い建築物が陽の目をみるようになったのです。

登録有形文化財10年で1.5倍 山梨、明治家屋でワイン販売

かつてであれば見学料をとって保全するか、明治村のようなあるエリアに移転して見学料をとることが保全の選択肢であったのが、対象の建物の文化的評価が経済的な利益を生み出す素材となる仕組みができたことで、古い町並みも保存できるようになりました。

人々の生活する景観が維持されることで、日々の生活のなかで過去の知恵や美学を時に応じて振り返られるのです。もちろん「居住者の生活コストの上昇」というジェントリフィケーションへの対策が同時に施される必要があります。

街のなかの文化財と博物館のなかの文化財

このように2つの記事を読み比べると、果たして博物館のスペース不足は博物館だけの課題なのか?との問いがでてきます。

街や農村の社会環境、あるいは人々の暮らしのなかに文化財を繋ぎとめておくことができないのか?

博物館という物理的な空間に農具があるよりも、農村のなかで農具と出逢える方がお互い(道具にとっても、観察者にとっても)にとって幸せなはずで、博物館はその農具とデジタルで出逢えるだけで良いのではないか?

そして、学芸員は博物館の外にある文化財をキュレートしながら監視役を担ったらどうなのだろう?

いずれにせよ、従来の枠組みでのミュージアムとは異なるあり方を探ることは世界各地で議論されています。単にスペースの問題や行政などの意識の問題ではないはずで、また、新・ラグジュアリーとも絡んでくる話だとも考えており、今後もこのテーマはフォローしていきます。

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最後に。以下のようなオンライントークを12月13日に行います。この日経新聞COMEMOにぼくが書いているいくつかの記事について、新・ラグジュアリーの講座を一緒に運営してくれている石井美加さんと前澤知美さんのお2人から質問をうけ、ぼくが答える、というかたちで進めます。ご関心があれば、以下からお申込みください。今回、上記で書いたことも、話題にのぼるかもしれません。

冒頭の写真©Ken Anzai


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