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パソナの淡路島移転は想像以上のインパクトを持つだろう

人材派遣大手のパソナが本社機能の一部を淡路島に移すという発表が、たいへん話題になっています。

役員や経営企画、人事、広報などコア部門で働く1200人が対象。ネットでは「社員は拒否できるのか」といった声も出ており、弁護士ドットコムニュースでは「折り合いがつかない場合には、労働組合を通じて団体交渉という方法も考えられます」という弁護士のコメントも紹介されていますね。

20世紀型の地方創生と21世紀型の地方創生

こういう視点ももちろん重要なのですが、私はもう少し別の観点からこのパソナの計画に興味を持っています。

いま日本の「地方」は存亡の危機に立たされています。しばらく前の話ですが、2014年に「2040年には全国の市町村の半数の存続が難しくなる」という予測を元総務相の増田寛也氏らが発表し、たいへんな衝撃を与えたことがありました。同じ年には国土交通省も、全国6割の地域で2050年に人口が半分以下になるという予測をまとめています。

どうすれば地方に人口を戻すことができるのか。昭和のころは田中角栄的な公共事業による再分配や大企業の工場誘致といった方法が一般的でしたが、公共事業の予算は21世紀に入って削りに削られ、工場も海外に出ていってしまっています。そういう中で安倍政権の地方創生政策などによって、若者の地方移住を増やすことが模索されるようになりました。

21世紀に入ってブラック労働などの問題が頻出し、リーマンショックや東日本大震災などで社会観が変化し、これが若者の都市への幻滅を生み、結果として地方への移住熱を高めてきたということもあるでしょう。

移住人口ではなく関係人口へのシフト

そこで地方自治体の側は「移住人口を増やそう」と発破をかけてきました。各自治体があつまって都市で「移住フェア」をひんぱんに開いたりしていたのもその流れです。しかし、現実にはそう簡単ではありません。そもそも若者の数は少ない。地方に仕事自体も少なく、また農業や漁業は未経験者にはハードルが高い。そこで近年は、移住人口ではなく「関係人口」を増やそうという方向に切り替わりつつあります。しかし関係人口の増加という目標が、最終的に地方に何をもたらすのかというビジョンを明確に捉えている自治体はほとんど存在しない、というのが現状でしょう。

そういう中で、このパソナの決断。地方から見れば、かつての工場誘致でなければ、現在のような就農移住者一本釣りでもなく、第三次産業の大企業の本社がやってくるという前代未聞の事態です。これがいったいどのようなインパクトをもたらすのかということに、私は非常に注目しています。工場誘致のように大きな雇用をもたらすことはないし、公共事業のように雇用と金をばらまいてくれるわけでもないでしょう。しかしもっと別の、文化的インパクトが起きるはずです。

工場を持たない第三次産業の地方移転が意味するところ

一例をあげましょう。パソナの施設があるのは淡路市で、人口4万人あまり。市議会議員は定数18で、2017年の市議選では25人が立候補しました。最低当選ラインは約800票台です。そしてパソナ本社からやってくる社員は1200人。配偶者など家族を含めれば有権者数は2000人ぐらいになるかもしれません。ということは組織選挙を戦えば、単純計算だと2〜3人ぐらいの市議会議員は出せることになる。

かつてオウム真理教が同じことをやろうとしてたいへんな社会問題になったことがありますが、パソナは東証一部上場の大企業ですから、まったく事情は違います。パソナ経営陣はそこまで考えていないとは思いますが、政治力を発揮しようと思えばそれぐらいのことはできるのだ、という可能性の認識は大事です。

新型コロナ禍でテレワークが一般的になり、地方にリモートワーク拠点を置いたり、パソナに限らず本社機能を移転する企業はますます増えていくでしょう。なんといってもコスト削減効果が半端ないですから。

この流れが何をもたらすのかをこれから考えていきたいと思います。

これからは"移動"の時代

重要な視座として、企業のこの動きは一方向の「行きっぱなし」の移転ではなく、都市と地方が常時接続されて循環される新しいシステムの萌芽と捉えるべきです。私は以前から、個人のこれからのライフスタイルとしては定住や移住ではなく「移動」であると言ってきました。都市と地方が自由自在につながってこそ、新しいビジネスやイノベーション、新しいライフ/ワークスタイルが生まれ、そこから今後の日本社会の地平が見えてくるはずです。

これを個人のスタイルの変化だけでなく、企業の組織体制の変化として捉えることも可能になってくるのではないでしょうか。企業が「なにをもって組織力とするか」というのは、これからは都市と地方の円環のなかで考えられるようになるのかもしれません。人材を都市の本社に集めるのではなく、都市や地方に点在していたり、都市と地方を行ったり来たりしている移動人口から、拾い上げるように人材をピックアップしていくという選択も考えられるのではないでしょうか。

この方向がはからずも新型コロナ禍によって後押しされ、パソナがその最初の試金石になろうとしています。ここからどのような新しいスタイル、新しいビジネスが生まれるのかを注視していきたいと思います。

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