
「TPOメディア」の時代にメディアは多様化し、空気と没入感が最高潮に達する
短尺動画や音声などSNSにさまざまな新たな機能がとり入れられているという話が記事になっています。
ここで着目したいのは、SNSが多様化しているといっても「短尺動画だけを求めている人」「音声だけを聴きたい人」が増えているわけではないということ。これはわたしの観測範囲からの推測でしかありませんが、多くの人はそのときの状況や気分によって「いまは音声を聴きたい」「長めの動画を観たい」「短尺動画をちょっと観たい」「テキストを流し読みしたい」と使い分けているのではないでしょうか。
メディアはTPOで使い分ける時代になった
ネット以前はメディアの数が少なく、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ、それに書籍ぐらいしかありませんでした。インターネットが普及して、テキストではウェブメディアやブログ、SNSが加わります。動画ではユーチューブの長尺配信から始まって、TikTokなどの短尺動画、そしてネットフリックスなどのサブスク動画サービスへと拡大。音声では、書籍を音声化したオーディオブックやポッドキャスト、最近は(わたしも始めましたが)音声プラットフォームのVoicyなども人気が上昇しています。
こうやって数え上げていくと、実に多くのメディアに私たちは囲まれて暮らしているのだということを実感します。そして私たちは、その時の気分や必要に応じて、メディアをこまかく切り替えながら利用している。時間と場所と状況、つまりはTPOに合わせてメディアを利用する時代になっているのです。
朝目ざめたとき、朝食を食べているとき、通勤電車の中、駅からオフィスまで歩く途中、オフィスの休憩時間、ランチタイム、帰宅してゆっくりお酒を飲みながら晩ご飯を食べているとき、食後にくつろぐ時間。スキマの短い時間からたっぷり楽しめる長い時間まで、それぞれの「尺」と心の余裕に応じて、TPOメディアが用意されているのです。
テクノロジーは没入感を高める方向へと進化している
これは2019年のわたしの著書『時間とテクノロジー』(光文社)でも書いたことですが、いまの情報通信テクノロジーは、没入感を徹底的に高めてテクノロジーを空気のように利用できる方向へと進んでいます。
たとえばサブスク音楽サービスのスポティファイはAIによってデータを徹底的に分析し、リスナーひとりひとりが気持ちよく感じる音楽をほぼ無限にレコメンドしてくれます。リスナー側はもはや楽曲やアーティストを選ぶ必要がなく、自分が「いいな」と思った曲に「いいね」ボタンを押しておけば、最適なプレイリストが生成され続けます。
この没入と空気のテクノロジーでは、あらゆるコンテンツがあらゆるメディアに乗せられて、すべてがリアルタイムに目の前に用意されているのです。過去のコンテンツも現在のコンテンツも、すべてがシームレスに並べられています。
メディアとコンテンツの向き合い方を再検討しなければならない
このようなTPOメディアの時代には、コンテンツとわたしたちの向き合い方も変化を迫られます。あらゆるコンテンツが空気のように私たちに降り注いでくる一方で、私たちはコンテンツの持っている世界観や情感とどう向き合うのか、ということももう一度検討しなければならないでしょう。わたしは『時間とテクノロジー』で、没入テクノロジーだけでは、私たちが世界に繋ぎとめられているという実感を確かに得ることはできないということを書きました。メディアとコンテンツの次の大きな課題は、そのあたりになってくるのではないかと思います。