中小企業の採用の未来③【即戦力人材は『雇用しない』選択肢もある】
新規事業の立ち上げや企業規模の拡大に伴うマネジメント人材など、即戦力が求められる採用ニーズは多い。本音を言えば、すべての採用ニーズは即戦力人材を求めている。企業にとっては育成期間を設けずに成果を出してもらうことが最良ではあるのだが、現実の労働市場にそんな都合の良い人材は存在しない。そのため、期待する成果の質に応じて採用パターンを細分化する必要がある。
そうやって採用パターンを細分化すると、入社後間もなく発揮されるパフォーマンスが将来性や成長への期待よりも重要視されるケースが出てくる。その中でも、特に採用の難易度が高いのは、欠員補充のように既にあるチームの一員として成果を発揮するタイプの人材ではなく、既存の従業員にはない新たなスキルや専門性を持ち、組織に新たな価値(入江ベーション)をもたらす人材を採用するときだ。具体的には、海外展開のマネジャーや新規事業開発部のリーダー、AIやロボティクスなどの先端技術のエンジニアなど、既存の組織にはない新たな専門性を獲得しようとしたときが該当する。社歴の浅いベンチャー企業では、事業規模拡大に伴って、人事や広報などのアドミニストレーション機能の専門家を雇う時も当てはまる。
既存組織にはない高度で希少なスキル・専門性を有し、即戦力として短期的な成果を重視するケースが、TS(Talent & Short-term)パターンの採用である。リーダーとして、既存の組織の変革や拡張を行うことが期待されるため、タレント型と呼称している。
TSパターンの人手不足問題
TSパターンは、採用直後から期待した役割を果たし、成果を出す即戦力人材の採用だ。ここでの人手不足は、労働市場に転職希望者がいないという問題がある。特に、地方都市では地元に即戦力となる人材がほとんどいないために、東京や大阪等の大都市圏から人材を獲得しなくてはならず、即戦力人材の確保の難易度が高い。
それでは、TSパターンの人手不足を解決するために、どのような採用の未来があるのか。現在のシステムの延長線上となる漸進的未来予測と大きな変化を伴う変革的未来予測の2つについて考えてみる。
漸進的未来予測:経営者によるダイレクト・リクルーティング
漸進的未来予測では、「経営者によるダイレクト・リクルーティング」の活用が解決策として広く一般的になると考えられる。ここでは、敢えて通常のダイレクト・リクルーティングやリファーラルなどの似たような採用手法と区別し、「経営者によるダイレクト・リクルーティング」に限定したい。TSパターンのダイレクト・リクルーティングにおける、誰もが知っている古典的な事例は三国時代の三顧の礼だろう。稀有な能力を有した人材を獲得するために、組織の長が自ら出向いて口説くことの有用性は約2000年前からの常道だ。特に、大企業と比べた時に、中小企業やベンチャー企業が持つ圧倒的なアドバンテージは、経営者のフットワークが軽いことだ。TSパターンでの採用はポートフォリオで区分すると絶対数が少なくなるはずであるため、そこの採用だけでも経営者のコミットメントを得ることができるか否かは重要な鍵となる。
また、「経営者によるダイレクト・リクルーティング」をTSパターンでの採用手法とした場合、採用担当者の役割は既存の採用プロセスとは大きく異なってくる。経営者が口説く対象を探し出す必要があり、対象が転職希望者とは限らない。セミナーや展示会、勉強会などのイベントに足しげく通い、人的ネットワークを形成して、自社にとっての諸葛孔明を探し出す、ヘッドハンターに近いコンピテンシーが求められる。
変革型未来予測:TSパターンの人材は雇用ではなくアライアンス
変革的未来予測では、TSパターンの人材は正社員として雇用するのではなく、プロジェクトベースの期間を区切った雇用やパラレルワークとして他社から借り受ける社会を提案したい。TSパターンの人材は、スキルの希少性から労働市場における付加価値が高い人材と言える。このような人材を1つの企業や組織で独占するのではなく、複数の企業や組織で共有しようという発想だ。
労働市場における人材の共有という新たな労使関係を提案している企業はリンクトインだ。リンクトインは、日本では普及しているとは言えない現状だが、世界的にはビジネスやキャリアに欠かすことのできないビジネスツールとして浸透しているビジネス特化型SNSである。
リンクトインの創業者であるリード・ホフマンらは、企業と社員は対等であるべきであり、雇用は自立したプレーヤーが互いにメリットを得るために、期間を明確に定めて結ぶ提携関係(アライアンス)となるべきだと主張している。
TSパターンの人材をアライアンスとして活用することは、企業と社会双方にとってメリットがある。企業にとって最大のメリットは、コミットメントライン(期待する成果)が予め設定されるため、採用の評価とマネジメントが容易になることだ。感覚的な評価ではなく、約束したことが期限内に達成できたかどうかが基準となるため、入社後のフィードバックや評価に一貫性を持たせることが容易となる。また、個人にとっても、やらなければならないことが明確になるため、リソースを集中して投入することができ、労働生産性も高まる。イメージとしては、プロ野球の監督と似ており、シーズン中のチームの勝敗で成績が良ければ評価され、悪ければ責任を取って交代される。
一方、社会にとってのメリットは、希少なスキルや専門性を有した人材を1つの企業で抱え込まれなくなるため、人材の有効活用をすることができる。スキルや専門性が必要とされる組織を渡り歩くことで、社会としてマネジメントのレベルを引き上げることができる。また、複数の組織を渡り歩くときに、一緒に働いた同僚や部下にスキルや専門性が伝わり、個人の能力向上も期待できる。例えば、サンフランシスコで人材マネジメントに力を入れている企業を訪問すると、驚くほど頻繁に元Googleの社員と出会う。彼らは、Googleにおける人材マネジメントのノウハウを活かし、複数の組織を渡り歩くことで、サンフランシスコ全体の人材マネジメントの質を向上させることに寄与している。そして、元Googleの社員同士の卒業生(Alumni)ネットワークを持ち、互いのノウハウを共有することで、常に自分のスキルや専門性をアップデートしている。
TSパターンのアライアンス化は、特に地方都市で推進してもらいたい取り組みだ。地方都市は、人口の問題からどうしても特殊なスキルや専門性を有した人材が不足しがちだ。そのため、TSパターンのアライアンス化を進めることで、人材の質を高め、地方都市の地元企業の活性化を期待することができる。そのためにも、TSパターンの採用では、パラレルキャリア(複業)の推進、テレワーク(いつでもどこでも働ける)制度、プロジェクトベースの雇用契約、給与や報酬の個別契約を導入することが必須となってくるだろう。
まとめ
本稿では、即戦力人材、とりわけ既存組織にはない高度で希少なスキル・専門性を有した人材の採用について検討してきた。TSパターンの人材を採用することは、大企業であっても容易ではない。また、短期的に期限を区切って成果を判断するという意思決定は、なかなかできることではない。ある種の割り切りが必要だ。
例えば、靴下の製造会社がインドネシアで新たな生産拠点を立ち上げたいと考えた時、多くの企業では自社の生産システムや靴下について詳しい人材が必要だと考える。しかし、実は生産拠点の立ち上げという短期的な成果に焦点を絞った場合、自社の生産システムや靴下について詳しい人材は必要ではなく、インドネシアで生産拠点を立ち上げた経験を持つ人材がスポットで必要なだけだということがある。筆者の知人にインドネシアにおける生産拠点立上げのスペシャリストが数名いるが、彼らの手がけた生産拠点の多くが、まったく商品知識のない現場だったりもする。
TSパターンでは、既存の組織にはない人材を獲得するため、社内の常識が通じないことが多い。そのため、現場に採用を任せるのではなく、経営者が自ら採用の旗手となり、コミットメントラインを設定することが重要となる。そして、採用時に期待している成果を出すまでの期間を約束することで、経営資源を効率よく投入するための判断基準を得ることができる。
成果を基準として採用の対象を考えると、雇用の在り方は自由度が高く、会社と個人の関係が限りなく対等になる。既存組織にはない高度で希少なスキル・専門性を有した人材を採用するときには、適切な雇用関係の在り方を柔軟に考え、企業と個人双方にとって最も幸福な雇用契約が結ばれることが期待される。
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