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消費者インサイトを見つけるのが楽になる「5つの基本感情」

2017年にスーパードライの担当になりました。その時に感じたことは、『消費者の不満はなくなった』ということです。この10年で第三のビールなど新ジャンルの味わいは良くなり、チューハイやハイボールなど種類も豊富になっています。様々なお酒を自宅で手軽に楽しめるようになり、消費者が何を求めているか分かりづらくなっていました

消費者自身が言語化できないニーズを見つける

これまでの歴史を振りかると「欲求や不満」(ニーズと表現)を解消するために商品・サービスが生まれて、私たちの生活は改善してきました。

部屋が暑いからクーラー、食べ物の衛生を管理したいから冷蔵庫、家でも映画のような娯楽が欲しいからテレビ、もっと楽に掃除をしたいから掃除機、もっと早く移動したいから馬車そして自動車、もっと便利に物を送りたいから宅急便…欲求と不満はイノベーションの母とも言えます。

一方で、解消すべき欲求や不満がほぼ無くなり、御用聞き型商品開発・マーケティングが成立しない場面も出てきました。その際たる例として真っ先に思い浮かぶのが3Dテレビでしょうか。「誰が使うねん!」ってやつです。

「消費者の不満はなくなった」と言いますが、正確に言えば「現在の技術で解決できて、かつ消費者自身も言語化できる不満はなくなった」と表現できるでしょう。

例えば、絶対に新型コロナウイルスに感染しない錠剤があれば今すぐ飲みたいですし、一瞬でガンが消えて無くなるレーザーがあれば浴びたいですし、箱詰めの満員電車に乗らずに済むならありがたい。でも現在の技術では不可能です。

また、私自身も「あれがしたい」という欲求や「あれが嫌だ」という不満が枯れたつもりですが、ゲームにハマると課金したくなりますし、ビールはジョッキでゴクゴクと飲みたくなりますし、単純にキッカケが不足していたのだと痛感しています。

つまり、図にするとこのように表現できるでしょう。

図1

今起きている現象が「ニーズの枯渇」ならば、消費者自身は気付いているけど今の技術では解決できないニーズを技術力で解決するか、今の技術で解決できるけど消費者自身が言語化できないニーズを課題設定力で言語化して解決するか、いずれかしかありません。

後者はダイソンのような「デザイン企業」と評されるような企業が多い印象です。ただし、これは「デザイン企業」に技術力が無いと言っているのではない点、御留意ください。

さて、ではどうやって「消費者自身が言語化できないニーズ」を第三者が発見し、かつ言語化してあげれば良いのでしょうか。果たして、そんなことは可能なのでしょうか。そのヒントを、以下書籍から引用します。

嶋:光文社の「VERY」がブリヂストンと一緒に、10万円を超えるママ向けの電動アシスト自転車をつくって大ヒットさせました。それまで「そんな高額のママチャリが売れるわけない」と思われていたにもかかわらず、「従来のママチャリに不満を持っているユーザーはたくさんいるはず」「もっとデザインをおしゃれにしたら値段が高くても買ってもらえる」と考えたわけです。つまり、「VERY」編集部は、若いママの「ママチャリがもっとおしゃれだったらいいのに」という欲望を発見し、それに応えたから大ヒットさせることができた。
松井:「HOT PEPPER」側の仕掛け人の方がおっしゃっていたのは、「冠を付けるにはファクトがなければダメだ」と。「居酒屋で女子会プラン」だって、もともと「女性同士の居酒屋利用が増えているな」という実感があったからブームになったわけです。つまり、消費者ニーズがあるところにことばをつくると、社会記号が生まれるのではないかと思ったのです。(略)
嶋:消費者ニーズがないことばは社会記号にはならないということですよね。それは正しいと思います。

まず、隠れた欲望(不満)の発見は可能だと分かります。加えて、それは何らかのファクトに基づかなければならないとも分かります。

すなわち「加齢臭」も「美魔女」も「おひとりさま」も「インスタ映え」も事実が先にあって、それを「要はこういうこと」と一括りにしただけ、とも言えるでしょう。

(いや、それがめっちゃ難しいんですけどね…)

「VERY」編集部は読者アンケートをめちゃくちゃ読むことで知られていますから、何十人、何百人と話を聞いていると「こういう事実があって、要はこういう不満があって、でも口には出せなくて…」と感覚で分かるのだと考えます。

では、そうではない私たちは、どうすれば良いでしょうか?


消費者理解と隠れた感情

松本は普段どうしているか、という話をします。

矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、事実を見つけるために、まずは消費者の感情を探すようにします。

人間は、感情の表現無く生きられません。かつ、感情は事実を前にして露わになります。事実無ければ感情無し、と言っても良いでしょう。

何に怒っているのか、何に哀しんでいるのか、何に驚いているのか。感情から事実に遡ることで、起きている現象に迫れると考えます。

加えて(ここが大事なのですが)、人間は起きた現象をそのまま捉えて、感情を露わにすることはありません。バイアスが混じっているから、絶対にひん曲がって物事を見ます。

偶然声が聞こえなかっただけなのに、朝挨拶をされなかっただけで「嫌われているのでは?」と勘繰るのが人間です。つまり、隠れた見方が人間の行動に大きな影響を与えるのです。

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感情→事実→隠れた見方、この3つをワンセットとして、徹底的にソーシャルリスニングか、定性インターネットリサーチを行う(こうした行動を私は「消費者理解」だと考えています)のが私の流儀です。

例えば、ソーシャルリスニングで、こんなツイートを発見しました。

冷蔵庫にビールしか入っていなくてなんか興奮する

文字通りの意味に解釈すると、興奮という感情が、冷蔵庫の中にビールしかないという事実で引き起こされているとなります。もちろん、興奮には様々な感情がありますが、その事実だけで興奮しているわけでは無いでしょう。エヴァのミサトさんに対する投影もあるかもしれませんね。

実際には、社会人らしい生活の無い逸脱さと背徳感があったから、ビールしかない冷蔵庫に興奮したのではないか、と洞察できます。

そもそも「お酒」は逸脱さの象徴です。西山茉希さんが部屋中にお酒を陳列している姿を面白おかしく伝えられるテレビ番組を見ていて「化粧品なら良くて、お酒ならダメな理由って何だろうね?」と考えたら、お酒そのものが社会から逸脱したシンボルの1つなんだろうな、だから隠さず露わにしているのはダメなんだろうな、と考えるに至りました。

つまり、お酒、アルコール類に対するカテゴリーインサイトとして「逸脱さと背徳感があるから隠せるなら隠したい」のではないか、という仮説が浮かびます。

消費者理解を通じて、仮説が生まれるイメージがつきません?


感情を大量発見するには?

ここで重要なのは、そうした感情の類を機械的に大量発見し、筋の良さそうな意見を発見することです。

そこで、チベット仏教の指導者であるダライ・ラマ14世が、アメリカの心理学者ポール・エクマンと共に研究を重ねた「Atlas of Emotions」を参考にしたいと考えます。WEBサイトはこちら。

簡単に表現すると、人間の基本的な感情を、楽しみ(ENJOYMENT)、嫌気(DISGUST)、悲しみ(SADNESS)、怒り(ANGER)、恐れ(FEAR)の5カテゴリーに分けて、48種類の感情に分類しています。

どこかで聞いたことありますよね。それもそのはず。ディズニー/ピクサー映画「インサイド・ヘッド」にも、“5つの感情たち”―ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、カナシミが登場します。

ちなみに、人間の基本的な感情として、驚きを入れる場合もありますが、恐れに内包される場合もあります。あくまで、この「Atlas of Emotions」では5種類なのです。

では、さっそく楽しみ(ENJOYMENT)を見てみましょう。WEBサイトから引用します。

図1

http://atlasofemotions.org/#states/enjoyment

ECSTASY(狂喜)からSENSORY PLEASURE(感覚的快楽)まで、感情の種類は様々あります。こうした感情+自社商品・サービスを組み合わせてソーシャルリスニングすると、ベクトルが微妙に異なる投稿に出会えます。

特に、商品・サービスの持つ"色"と全く異なる感情を掛け合わせてソーシャルリスニングすることをお勧めします。例えば、結婚指輪+嫌いと検索すると、こんな投稿に出会いました。

今日は入籍記念日。結婚指輪が嫌いでずっとつけていなかったのだけど、色々と誤解が生じるようなので(笑)出かける時はつけるようにしようか。

「結婚指輪が嫌い」という感情、「ずっとつけていない」という事実は直ぐに分かります。加えて「誤解が生じる」という感情に、わざわざ(笑)と書き足す心境に着目しました。

自分の感覚と世間体とのズレに対して、私は笑えるぐらいポジティブに受け止めていますよ、という心の余裕をアピールしたいのだと洞察します。一方で、そんなことをわざわざソーシャルに投稿するということは、おそらく本人は実際にはめちゃくちゃ気にしているのだな、とも考えます。

つまり、この人にとって指輪とは「世間体の象徴」であり「世間と異なるアピールができるシンボル」でもあるのでは?という仮説が浮かびます。

こんなことをずーっとやっていると、感情と事実の裏読み、事実と行動の矛盾に気付き、そこから消費者を理解する端緒が生まれます。たまに、質の良いインサイトにも巡り会えます。

ソーシャルリスニングの難しさは「どんな投稿に出会うかは、投稿の絞り込み次第」にあるのですが、楽しみ(ENJOYMENT)、嫌気(DISGUST)、悲しみ(SADNESS)、怒り(ANGER)、恐れ(FEAR)の5つの感情を利用することで、ライト・センター・レフトにボールを打ち分けられます。

テンプレートとして利用すれば、最初から消費者理解における中級レベルのツイートに出会えるようになるでしょう。


なぜ消費者理解が重要なのか?

消費者を理解する活動が重要なのは、消費者自身が言語化できないニーズの仮説を作れるからです。

カスタマージャーニーが重要なのは周知の事実ですが、必要なのは平均的なユーザー像では無く象徴的なユーザー像であり、妄想は不要で事実が必要なのです。そのために、事実に基づいて消費者を理解するのです。

ちなみにn1分析でもよく聞くのですが、たった1人しか行動に移せていなくて、少数だから意味が無い、という意見があるようです。それは違うと考えていて、行動がたった1人でも、大勢が共感する可能性はあるので、数の少なさで諦めてはいけないと考えます

今回は、私なりの「消費者理解の方法」を記録として残しましたが、皆さんはどんな方法がありますか?

話はそれますが、JX通信社では月1回「消費者理解」をテーマに、スゴいマーケターをお呼びして、じっくり話を聞く会をやっています。第4回のゲストは井上大輔さんです。

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現在、「マーケターのように生きろ」が爆発的にヒットしている井上大輔さんに聞く消費者理解とは。こちらからウェビナー申し込み可能です。

そんじゃーね。


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