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まず、資料から英語にしませんか。会話はそのあとで。

横浜で開催された組み込み/IoT総合技術展、ET&IoT展に行ってきた。イベントタイトルは「Embedded Technology & IoT Technology 2019」と英語になっていて、表記もカタカナではなくアルファベットでつづられている。過去数年の展示会のサイトを見ると、もともとロゴに英語は使われていたものの、ロゴに限らず、英文のイベントタイトルが大きくサイトのトップに出るようになったのは、どうやら昨年頃からのようだ。

まずはここからだ、という点では、これは大きな一歩だと思う。外国人も、少ないながらちらほらと見かけるなかでは、まずはイベントタイトルが日本語ではなくなり、英語であってもカタカナ表記ではなくなるところが第一歩だろう。

ただ、残念ながら、サイトに英語のメニューは用意されているのに、MENUの項目の一番下の方に沈んでしまっていて、トップページをぱっと見るだけでは、英語対応していることが分からない。このあたりの多言語対応への感覚は、以前セルフレジや自販機等の多言語対応についても触れたことがあるが、まだまだ日本のサイト制作者やUIUXデザイナーが多言語慣れしていないことを痛感する。まずトップページのどこかに、言語切り替えのボタンやリンクを置くことが日本以外の国では標準的で、自分の理解できない言語で表示されていたら、画面の四隅に国旗のマークや、英語であればENとかEnglishと書かれていないかを探すのが定番のユーザーの行動。それがなければ、せっかく英語対応していても、ほとんどの人がたどり着けないまま、英語のコンテンツが死蔵されてしまうのだ。ただ、これもそういう「作法」を知ればいいだけのことであり、あとほんの少しでゴールにどり着ける。

ここまで来たら、次は展示ブースのパネル等の英語化を目指したい。トップの写真もそうだが、タイトルは英文なのだが中身は日本語だけ、というケースがほとんどなのだ。ブースの説明員が英語で受け答えできないとしても、展示物に英語の説明が添えられているだけで、大きな違いになるはずだ。あとは、翻訳機の1台でもブースに用意しておき、困ったら詳細は後日メールで、という流れにするだけでも、格段に展示会や商談の成果は伸びるのではないだろうか。そして、そのような展示の表記のレギュレーション・ガイドラインを主催者が決め、出展各社が守っていけば、日本の展示会であっても海外から参加する意義が増していくのでは、と思う。

場合によっては、初期は展示資料の英訳サービスを主催者が提供してもいいのではないか。英訳費用を含んだ出展料を設定し、自前で英訳できる出展社からは英訳サービス分の値引きをすればフェアだし、英語を使うインセンティブにもなるのではないだろうか。

この資料の英語化から始めるという理由は、どうしても英語を「しゃべれる」とか英「会話」という表現が日本で一般的であることが示す通り、聞いて話せることに多くの日本人の意識がいってしまっているからだ。英語を「読める」とか「書ける」といった表現を、日常で耳にしたり目にしたりする機会はほとんどないように思う。そこから推測されるのは、英語への苦手意識が「読み書き」ではなく「聴く話す」こととセットになっているのではないか、ということ。

「聴く話す」とちがって、「読み書き」に求められる即時性は格段に少ない。必要であれば言葉の意味を調べたり、気になるなら文法などを調べながら読んだり書いたりしてもいい。即座に反応を求められる会話に比べれば、日本人でも英語の「読み書き」はずっと簡単なはずではないか。義務教育だけでも3年間、高卒なら6年間はまがりなりに英語に接した経験があるわけで、さびついているにせよ、まったく分からない、ということではないだろう。まして、展示会を担当するような人であればなおさらだ。

資料を英語化出来たら、まずはそれでよし、だとおもう。もちろん、次には「聴く話す」に進んでいかなければならないけれど、「聴く話す」にひっかかって、資料の英語化すらできていないことに比べたら、資料が英語化されるだけでも格段に意味がある。その場での「聴く話す」コミュニケーションが取れなかったとしても、名刺をもらってあとからメールでやりとりをするなら、「読み書き」の能力の範囲で片付く。もちろん、自社の製品やサービスが、そうしたコミュニケーションコストを掛けてでも使いたいと思ってもらえるものであることが前提にはなるのだが。

今回、台湾のIoT関連の業界団体の重鎮でありトップである、Frank Huang(黄崇仁)博士が講演と新製品の発表を行ったが、資料は英語で、発表は中国語でおこなわれた。同時通訳があったので内容は日本語で聞くことが出来たが、仮に通訳がなくても、資料を見れば少なくても概要は十分に理解できたし、またそのような資料を作らなければならない。昨今では、スライド自体が事後に公開されることも珍しくないことを考えると、文字になっている資料の重要性は、以前よりも高いといえるのではないだろうか。

「読み書き」ができるようになったら、こんどは「聴く話す」のコミュニケーション能力を身に着けていく。どうしても「聴く話す」のほうに気を取られてしまいがちだが、英語が苦手な日本人としては、まず「読み書き」から始めていくのが、少なくてもビジネスで英語を使うためには、近道のように思う。

身近に経験するところでも、英語が出来ないばかりに仕事の機会を逃している人たちがいる。当の本人は意識していないかもしれないが、英語必須の仕事の話は、そもそも英語が出来ない人には声すらかからないから、本人は気が付かないだけなのだ。英語が使えたら声をかけてもらえるのに、出来ないから声がかからない、声がかからないから本人に自覚がない、ということは現実にある。そうやって、知らずしらずのうちに機会損失をしている人がいる。実際に、私もある案件で仕事を受けてくれる人を探しているのだが、簡単な業務のやり取りを英語で、という条件でも、日本語しかできない人には声を掛けようがない。数か月前にも、そんなことがあった。

少し勇気づけられたのは、先日のFTの、この記事だ。

英語の問題に直面するのは、何も日本だけではない。非英語圏の国の人は、等しくこの問題に直面する。だが、課題なのは、日本人が際立ってこの問題への対処に手こずっているということだ。これは、能力の優劣ということではなく、失敗を許さず、ゆえに失敗を過剰におそれる日本社会の特質に起因するところも大きいと感じている。

この「失敗」を防ぐには、「聴く話す」ことよりも「読み書き」の方がまだ容易ではないか。事前の準備に時間をかけて原稿を作り、納得のいくまで書き直しが出来る。

まずは資料の英語化から取り組んでみてはどうだろうか。たとえば、普段の社内資料も英語化を必須にすることで、英語に対する慣れの度合いを高め、苦手意識を取り払っていくこと。会話はその次と割り切っておけばいい。

あまり難しく考えずに、自分の可能性を広げておくことが大切ではないかと思う。

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