ナイキのCMに向けられる「日本を貶めるな」の声に
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ナイキのCMに向けられる「日本を貶めるな」の声に

安田菜津紀(フォトジャーナリスト)

ナイキのCMが話題を呼んでいる。いじめや差別の問題に直面した10代のアスリート3人が、サッカーを通してつながり合う、2分の動画だ。

もちろん、この動画をもって、ナイキというい企業を手放しに称賛はできない。労働者への搾取など、様々な人権問題を指摘されてきた企業でもあるからだ。ただ、世界的な影響力のある企業が、いじめや差別の問題に正面から切り込んだことの意味は大きいように思う。

このCMに共感の声が集まる一方で、「日本人の多数が差別してるかのようで不快」「日本人が人をいじめると決めつけている」という書込みも散見される。

誰しもの心に何かしらの「加害性」があると思う。私自身も中学時代、隣国を蔑むようなテレビ番組の論調にどこか同調してしまっていたことがあった。セクシャルマイノリティーである人々のことを、友人同士の会話で「笑いのネタ」としてしまっていたこともあった。

被害者と加害者、どちらにも自分はなりうる、という自覚が抜け落ちている限り、差別の問題はずっと自分の皮膚の「外側」にあるもの、つまり「他人事」であり続けてしまう。けれども人はそんな「加害性」に気が付くことができたときに、「もっと違う言葉を選ぼう」「違うコミュニケーションの取り方をしよう」と、自分を「アップデート」できるのではないだろうか。

あのCMに「不快」という言葉を投げつけてしまう背景は、「自分はそんな差別やいじめをしないはずだ」と、自身の内側にも潜む「加害性」から目を背けていることの表れのようにも思う。だからこそ差別やいじめの矛先を向けられた当事者が声をあげると、「日本を貶めるな」と耳を塞いでしまう。そして、問題解決は先送りとなる。

ナイキのCMで描かれたような差別やいじめは、「日本人」だから起きたと示すためのものではなく、どんな社会でも起きえてしまう可能性があるものだからこそ、広く共感を呼んだのではないだろうか。

とりわけ社会的マイノリティーとされる人々の背景には、格差や制度上の不平等など、構造的な問題がある。「朝鮮人だっていじめる側の人間はいる」「白人を差別する黒人だっている」という声もあるが、こうした不平等の問題を無視して「どっちもどっち」と並列しようとすると、問題の本質を見失うのではないだろうか。

ちなみに別の記事でも書かせてもらっているが、「日本」という大きな主語と自分自身を一体化させてしまい、「日本政府」や「日本人」を批判されると、「自分」を批判されたかのように感じがちな状態を、心理学の世界では「集団的ナルシシズム」呼ぶのだそうだ。

それが有害な形で表れてしまうことを、荻上チキ氏がヘイトスピーチの解説の中で指摘している。

そして、「朝鮮人だっていじめる側の人間はいる」「白人を差別する黒人だっている」という言葉の裏に見え隠れするのは、「モデルマイノリティー神話」ではないかと私は思う。

差別される側、マイノリティーに、過度な「品行方正さ」を求め、「清く、正しく、美しいマイノリティー像」を押しつけてしまうような風潮だ。

例えば、子ども向けの「人権啓発ビデオ」で、ざっくり言うと「相手のことを知らないうちはいじめていたけれど、話してみて相手のことを知ったら”いい人”だったからいじめてはいけないと感じた」という筋書きのものを目にしたことがある。

相手のことを「知らない」ために、偏見が生まれてしまうことは確かにあるだろう。一方、「いじめをしてはならない」のは、相手が「いい人」だから、という理由なのだろうか?

「いい人」という線引きは、そもそも恣意的であいまいなものだ。仮に目の前の人を「いい人」ではないととらえたとき、その人が殴られようが暴言を浴びさせられようが、観て見ぬふりをしていいということだろうか。

それこそ「いじめの原因はいじめられる側にもある」と、不当な行為自体を省みず責任転換をする構造に似ている。

ある、尊敬する先輩が、「人権を守るとは何か」ということを語ってくれたことがある。

自分にとって苦手な人、意見が合わない人、どちらかというと嫌いな人がいたとする。無理に仲良くする必要なんてない。でも、その人がものすごく不当な扱いを受けていたとき、”その扱いは違う”、と声をあげられるかどうかだ」、と。

先日も香港の民主活動家3人が有罪認定を受け、拘置所に移送されたことについて、「親日家の彼女たちを助けよう」という声もあがった。けれども求められているのは「親日家だから助けよう」ではないはずだ。誰であっても、不当に自由を奪われることがあってはならないだろう。

ナイキのCMには、こんな言葉が出てくる。

「いつか誰もが ありのままに生きられる 世界になるって?」
「そんなの待ってられないよ」

そう、ただ待つのではなく、それは私たちが築き上げていくもののはずだ。

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参考:ヘイトクライムに抗う ―憎悪のピラミッドを積み重ねないために―

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安田菜津紀(フォトジャーナリスト)
認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。TBS「サンデーモーニング」出演。 https://d4p.world/