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「楽しく、働く」職場作りはデキる人に焦点を当ててはいけない

「楽しく、働く」が求められている

従業員に活き活きと楽しく働いてもらうことは、経営者にとって1つの理想だ。特に、イノベーションや高い労働生産性を求めるならば、従業員が自分たちの持つ創造性を最大限発揮するために「仕事が楽しくて仕方がない」と没頭するフロー状態を創り出すことが好ましいことが広く知られている。

そのため、「遊びながら、働く」「楽しく、働く」ことを目指して、組織作りや職場環境の整備に取り組んでいる企業は多い。その代表例は、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれる、世界で最もイノベーションが活発に起きている企業群だ。また、AirbnbやPinterestなど、新興のメガベンチャーも、従業員に「遊びながら、働く」ことを推奨する仕掛けが至る所にみられる。

日本でも「遊びながら、働く」を体現している企業は出てきている。元Googleで人材開発を担当していた、ピョートル・フェリークス・グジバチ氏が率いるコンサルティング会社プロノイア・グループは、仕事と遊びが混在するワークスタイル「Play Work(遊びながら働く)」を文化スローガンとしている。「好き」や「楽しい」と思う気持ちをベースに、仕事内容や職務の割り振りを行い、職場の人間関係を構築していくことで、優れた生産性を生み出している。プロノイア・グループでの取り組みについて、詳しく知りたい場合は下記書籍を参照いただきたい。

「楽しく、働く」が神話ではなくなった日

「遊ぶように働く」「楽しく、働く」ことが、最も生産性を高め、イノベーションを生み出す経営手法だと世に知らしめたのは、1990年代に「奇跡の経営」として大成功を収めたブラジルのセムコ社が契機だろう。

セムコ社は、1954年にアントニオ・カート・セムラーが創業した小さな機械工場であったが、息子のリカルド・セムラーが21歳の時に社長を接ぎ、6年間で3500万ドルの売り上げを2億1200万ドルまで押し上げた。そのときのユニークな経営手法が、「奇跡の経営」として着目を浴びたのだ。

リカルド・セムラーの改革した組織には、従来の常識を覆す6つの特徴があった。第1に、組織階層がなく、組織図も存在しない。第2に、ビジネスプランもなければ、経営戦略、短期・長期の事業計画もない。第3に、CEOも不在のことがある。第4にCIOやCOOがいないこともある。第5に、会社が提示するキャリアプラン、職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)、雇用契約書はない。第6に、標準作業も業務フローもない。これらの特徴が示すことは、従業員個々人が、自分の仕事は自分で生み出せということだ。

この非常識な経営手法には、欠かすことのできない哲学がある。それは、「一週間、毎日が週末」という発想だ。明日が月曜日だと思うと、会社に行かなくてはならないと気が重くなるのであれば、毎日を週末だと思おう。そのためには、ストレスとなる会社の枠組みなどないほうが良いというわけだ。そして、仕事とは心から楽しく、幸せで自由なものであると再定義した。従業員は自分が「やりたい」という意欲のある、本当に好きなものを見つけ、その事業に挑戦することができる。

このように、従業員の主体性を尊重し、従業員が主体的に自分で仕事を行っていく組織をホラクラシー体制と呼ぶ。

米国に広まる「楽しく、働く」

リカルド・セムラーの経営哲学は、すぐに欧米に輸入され、新進気鋭のスタートアップ企業からグローバル企業へと浸透していった。その成功例として有名なのが、米国のオンライン靴ショップ「ザッポス(Zappos.com)」だろう。

ザッポスは、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスに本拠を構える靴を中心としたアパレル関連の通販小売店である。ザッポスは1999年にニック・スウィンマーンにより創業し、トニー・シェイと共に共同CEOとしてスタートしたベンチャー企業だ。創業直後に、口コミをベースとしたマーケティング手法で急成長している。新規顧客獲得の43%が口コミであり、顧客のリピート率75%という驚異の実績を残している。2008年に10億ドルの売り上げを達成し、2009年にアマゾンの傘下に入り、2010年にはフォーチュン誌の「働きがいのある会社100」にも選出された。

これだけを見ると、2000年代初頭によくあるITバブルで成功した数あるベンチャーの1つに見えるが、面白いことは競争の源泉が独自の企業文化にある。その企業文化とは、「たまたま靴の販売業を営んでいるにすぎないサービスカンパニー」だということだ。

ザッポスでは「靴」ではなく、「顧客の感動体験」こそが売り物だと語っている。そのため、靴のECショップだが、深夜にピザのデリバリーの注文が来ても断らずに、注文可能なお店を探して連絡先を教えてあげたりする。また、自社に在庫がなければ、競合サイトを検索して、そちらの商品をお勧めすることもある。もし、オンラインストアに在庫がなければ、最寄りの靴屋に片っ端から連絡して顧客の求める靴を探し出し、その靴屋に出向いて靴を購入し、顧客が滞在するホテルまで届けてくれるという徹底ぶりだ。このようなサービスの充実ぶりから、コンタクトセンターでの最長通話記録は7時間半という常識外れのことを成し遂げている。

顧客を幸せにするために、自分が必要だと判断するあらゆることを、自分の裁量で実行する権限が従業員には与えられており、そのことが世の中を良くする意義のある仕事だと位置づけている。ザッポスの「世の中を良くする意義のある仕事」という思いは強く、2017年に起きたラスベガスの銃乱射事件では被害にあった犠牲者の葬式代全費用を負担している。まさしく、幸せのために自分たちが必要だと判断したら、そのことを実行することに躊躇がない。

組織と働き方の次世代の在り方

「楽しく、働く」ことが次世代の組織の在り方だと論じ、日本でもベストセラーとなったのが、フレデリック・ラルーの提唱する「ティール組織」だ。

フレデリック・ラルーは、生物の進化プロセスをベースにして、組織の在り方も進化していると時系列を整理した。そして、次世代の組織の在り方として紹介しているのが、ティール組織である。ティール組織とは、組織内の個々人が自ら意思決定し、行動することで組織も進化し続ける形態だ。

ティール組織は、自分たちの組織がなぜ存在しているのかという存在目的を追求し続ける。そして、存在目的を達成するために、組織内の個人が自ら目標を掲げ、組織運営に携わる。そこには、ヒエラルキー型の指揮系統は存在しない。個人のありのままを受け入れ、尊重するホールネス(全体性)を持つことで、個人は主体的に動くことができ、個別に意思決定をしていたとしても、方向性が分散することもない。

書籍の中でも紹介されているが、このようなティール組織の在り方を体現しているのが米国のアウトドアブランド「パタゴニア」だ。

パタゴニアは、環境問題の改善に寄与するという強い存在目的を持つ。その存在目的を達成するために、企業理念は時代に応じて更新されてきている。現在の企業理念は「私たちの故郷である地球を救うためのビジネスを行う」である。

この企業理念を達成するために、すべての従業員が共通して持つ意思決定の価値軸として、コアバリューを設定している。このコアバリューは、個人での解釈の違いが生じないように、常に対話する文化が醸成されている。

そして、あらゆる経営情報を公開する "Open book policy" が徹底されており、米国と日本などの国を超えて閲覧することが可能となっている。そのため、誰もが経営者のように考えることのできる下地ができている。

「楽しく、働く」職場を作る

「楽しく、働く」ことだけを抜き出してみると、実現できている個人は多い。「仕事が大好き!楽しくて仕方がない」というビジネスパーソンは多く、「仕事ほど楽しいことはないのに、なぜ、世間はそんなに休みたがるのか」と首をかしげる経営者の声もよく聞く。そのため、部分的な理解だけにとどめると「ウチも、楽しく働くことできていますよ。特に、仕事のできる人から順に楽しくなるんですよね。」という答えが出てくる。そして、「ウチは問題ないから安心だ」と胸をなでおろす。

このような場面は、米国や欧州の最新事例を視察した日本企業の視察団にもよく見られる。部分的に共通項を見出して、安心感を得てしまう。しかし、今回のケースで言うならば、重要なことは「全従業員が、楽しく働くことができる」ように組織作りをしていることだ。能力の高低や、新人かベテランかと言った個人の差異に関係なく、「楽しく、働く」職場を作れているのかということが肝要なのである。

当然、このような組織を作ることは容易ではない。なによりも、従業員に権限と裁量を与え、自由意志による意思決定というリスクを受け入れ、信頼関係を構築する経営者の度量が試されている。また、従業員も経営者からの信頼に応えるように善良であることが何よりも求められる。Googleは、このような信頼関係を構築するために、心理的安全性を確保することが最重要であると考えている。心理的安全性とは、「この人なら、本音で付き合うことができる。本心を言っても大丈夫だ。」と、まるで親子関係のような互いに尊重し、受容し合う人間関係である。

経営者が従業員を信じ、心理的安全性を担保し、それで初めて従業員は自分のやりたいこと、好きなことを打ち明けることができる。そうやって、生み出された成果は、非常に高い付加価値と生産性を生み出すのである。

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