
30年後、社会はよりイノベーティブに
これから約30年後の2050年、21世紀も半分を過ぎる頃の世の中がどうなっているか、正直なところ、想像することは難しい。ただ、30年後にどのような世の中であって欲しいかという意思と、テクノロジーの進化予測を掛け合わせてみると、社会はよりイノベーティブになるのではないか、というのが私の予想だ。そういう社会にしたいし、そのための条件が整ってくるのだと思う。
30年後のテクノロジーの姿
前提として、以下のようなテクノロジーの進化予測がある。
・ AIが人間の能力を超えるシンギュラリティが起こる(2045年ごろ)
・汎用人工知能(GAI)が普及すれば日本の全人口の1割程度しかまともに働いていない社会になっている(早ければ2045年ごろ)
・AI政治家が誕生している
・ 脳とコンピューターが接続され、言語を介さず脳の電気信号だけで気持ちや感情をやりとりできるようになる
・2041年から100万円以下で宇宙旅行できる時代が訪れる
・世界の新車販売の約90%が自動運転車になる(2050年頃)
・2050年にはキャッシュ(現金)がなくなっており、生体認証や超小型の電子機器で決済される。
これらのテクノロジーの進化が、どのように私たちの生活、そして社会を変えるのだろうか。
AIによって変わる”働き方”
まず、AIが人間の能力を超える「シンギュラリティ」が起こり、すでに起き始めているように、いわゆるホワイトカラーの仕事が人間の仕事ではなくなっていく。AI政治家の誕生が予測されているくらいであるから、企業の課長や部長、もっと言えば経営層の仕事も、徐々に人間の仕事ではなくなっていくのだろう。
(一般的な)政治家の仕事に象徴されるように、例えば民意のような比較的緩やかで連続的な変化に対応する仕事であれば、もはや人間がやる必要性がなくなっていく。連続性のある企業運営や組織運営も同じであり、とりわけ「対前年比○%」と言った指標での企業経営は、むしろAIの方が適切な経営判断をする時が遠からず来るのだろう。
そうなれば、これまでのような「出世」というステップはなくなり、人間が働く必要があるのは、以下の2つの分野に収斂していくのではないか。
a)AIでは起こしにくい非連続な変化を構想し試行錯誤をしながらそれを実現すること。
b)AIやロボットではコストが見合わない複雑(多様)な単純労働や、AIやロボットでは感情や心情面での満足・納得の得られないサービス(接客など)に従事すること。
そして、AIやロボットが働いた分の「稼ぎ」が人間に分配される何らかの仕組みができることによって、日本人の1割程度しか働いていない、という状況が起きる、ということになるのだろう。
国境の垣根は低くなる
こうした変化は、「失業率」が問題とされない社会の到来ということでもある。国民の9割が失業者であっても、回っていく社会になる、ということである。こうしたことが多くの国で起これば、少なくても自国民の労働の機会を奪うことを理由に降りなかった、労働を含む長期滞在や永住を前提とするビザが降りやすくなる、ということが起きてくるだろう。日本のように人口減少や高齢化が進む社会であればなおさら、一定の条件を満たす外国人を受け入れる理由は、拒む理由よりも大きくなるはずだ。
その時の「一定の条件」とは、その国の社会にとって望ましい人かどうか、ということになるが、キャッシュレスの進行と同時に蓄積が加速するであろう個人データと、その利活用が進む今後の社会では、中国の「芝麻信用」のような個人の信用ランクが何らかの形で形成され、それによってどのような条件のビサが発給されるか、半ば自動的に決まってくるかもしれない。特に、上記a)の人材は、受け入れることがその国の発展にとって望ましいと思われるので、むしろ、各国がいかにしてそういう人材を引きつけるか、という、獲得競争が起きるかもしれない。
このときに、脳とコンピュータの接続によって言葉を介さずにコミュニケーションができるようになることのインパクトは大きい。外国語習得の時間を費やさなくても、移住の可能性が開けることになる。ただ、反面として、一層コミュニケーション能力、それ以上に本人の本質的な能力が問われ、言葉のせいにできなくなる、という厳しさと引き換えにはなる。
移動の自由の拡大
そして、宇宙旅行ですら手頃な値段で可能になるのだから、地球上の移動は一層安価で簡単なものになるだろう。すでに、AirBnBやLCCを活用して、多額の費用をかけなくても世界を渡り歩きながら生活できる基盤は整いつつあり、実際にそれを行っている人も出始めている。2050年には、それが特に珍しくないくらいに簡単な選択肢に入ってくるのだろう。自動運転の普及によって、現在のタクシー的なサービスが効率化され価格が下がるなら、現在は公共交通機関が十分に整備されていないような場所へも、比較的自由で安価にいくことが出来るようになると期待される。そうなれば、場所の制約を意識せずに、必要なときに必要な場所にいたり、あるいは自分のその時の気分次第で最適と思う場所にいられる自由が飛躍的に拡大しているはずだ。
イノベーティブな人材とは
ところで、先ほど挙げた、
a)AIではまだ起こしにくい非連続な変化を構想し試行錯誤をしながらそれを実現すること。
とは、どのような人が出来るのかといえば、端的に言って「イノベーティブな人」ということができるだろう。イノベーションが「新たな価値や技術などを生み出すこと」であるとするなら、イノベーションを起こすためには、新しい発想や思考の新たな結びつきを生むために、多様性のある環境が大切になる。その環境の最も典型的なものは、移動すること=旅をすることであり、それによって得た刺激がイノベーションを起こす火種となっていく。
人類の歴史を考えてみると、農業革命が起きる以前、人間は定住するのではなく、食料を求めて移動を続けていた。そう考えると、移動することが人間にとってより根源的な在り方なのかもしれない。人類が誕生したと言われるアフリカを離れ、西欧や中国などで文明が起こったのは、一定以上の移動を伴ったからだ、という説もあるらしい。イノベーティブな人は移動から生まれ、移動する人の中からイノベーションが起こっていく。それはかつてもそうであったのだとすれば、これから再びその流れが強まっていくのかもしれない。
イノベーティブな社会を作り出す「意思」の重要性
この先100年くらいは、非連続な変化の時代、イノベーションの時代が続くのではないか、と思う。従来の世界の基礎となっている資本主義や民主主義の大前提がほころび始めている。一方で、社会と技術の変化は、イノベーションを起こすこと、非連続な変化を構想できる人が増える方向に向かっていく。イノベーションが加速する条件が整い、急速に次の時代の輪郭が固まってくるのがこれからの30年なのではないだろうか。
そうであるなら、現実を踏まえた上で、どのような社会が我々にとって望ましいと考えるのか、そのためにはどのような条件が必要なのか考えて、意思を持って次の時代を方向づけていくことが、これからの大切な人間の「仕事」になる。30年後の社会は、私たちの意思と選択で決まる。今年生まれた赤ちゃんが30歳になる年。その世代に、私たちはどういう社会を引き継ぐのか。
考えること、発想することは、おそらく最後まで人間の仕事である。