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もはや貿易や通商という次元ではない

全額課税へ
米中貿易協議が混迷の度を深めています。制裁合戦は昨年のデジャブであり、結局、この半年間の交渉はなんだったのかと思わせます。協議は継続されるので決裂ではないという報道も目立ちますが、米中双方ともに語気を強めて互いを批判しており、実質的にこれは決裂でしょう。既に対中輸入の約4割に25%がかかる状況が固まったのであり、今後は残額(3250億ドル)の処遇に注目が移るわけです。


トランプ政権の対中制裁関税に関し改めて整理しておくと、①第一弾が340億ドルで25%(2018年7月6日)、②第二弾が160億ドルで25%(2018年8月7日)、③第三弾が2000億ドルで10%(2018年9月24日)でした。①と②は元々「500億ドルに25%を課す」と昨年6月時点で宣言されていたものが2段階で適用された経緯があります。今回の措置はさしずめ第四弾に相当するもので、これは③について10%を25%に引き上げたという理解になります。こうしてみると、トランプ大統領は一旦出したカードを細切れにして、出したりしまったりして交渉を有利に進めようとしていることが良く分かります。ゆえに、次のカードとして提示されている対中輸入の残額(公表文では『all remaining imports from China, which are valued at approximately $300 billion』)についても、金額を分ける、関税を段階的に引き上げる(もしくはその両方)といったアプローチで紆余曲折を経るでしょう。トランプ大統領は3000億ドル(ツイートでは3250億ドルと記載)についても「速やかに25%になる(will be shortly, at a rate of 25%)」と述べていましたが、これまでのパターンに沿えば一気に25%は考えにくいです

もはや貿易や通商という次元ではない
この対立が短期決着を見ることはやはり難しいのでしょう。米中貿易交渉もしくは米中通商交渉などと呼ばれますが、中国国有企業に対する産業補助金や構造改革の検証方法を巡る米国の執拗な追求は中国から見れば内政干渉ぎりぎりであり、もはや貿易や通商といったフレーズに収まるものではありません。この点、巷では「次世代技術を巡る覇権争い」という表現が一般的ですが、次世代技術を巡る覇権争いは結局のところ、そうした技術にも裏打ちされた安全保障(軍事)面における覇権争いでもあり、貿易収支の黒字や赤字などといった矮小化された論点では収まりがつかないのも当然です。中国から見れば現体制の面子をかけた問題でもあり、内政干渉を許したとも取られかねない結末だけは全力で回避しようとするでしょう。輸入を沢山増やすとか、輸出を自主規制するとかそういった問題では収まりがつかないのではないでしょうか。今回について言えば、「貿易協議中は追加の制裁はない」という紳士協定を一方的に破棄し、喧嘩を売ったのは米国です。喧嘩は売った方が譲歩するのが筋ですが、恐らくトランプ大統領にこれは期待できないため、交渉は長期化が必至でしょう

FRBの尻拭いは続く
周知の通り、現状ではFRBの重視する平均時給の伸びがピークアウトしています。制裁関税の引き上げは、こうした伸びの鈍い賃金情勢に対しコストプッシュ型のインフレを政策的に発生させるものであり、真っ当に考えれば実質所得環境の悪化が消費・投資意欲を削ぐ展開が警戒されます。消費や投資に絡むハードデータ(個人消費、設備投資、住宅投資そして鉱工業生産など)の動きに影響が出るのはまだ先でしょうが、よからぬ未来を察知して動くソフトデータ(ISM製造業景気指数やPMI、各種消費者マインドなど)は下げ足を早めてくるでしょう。既に、企業・家計の両部門でソフトデータのピークアウトないし悪化は始まっていますので、ここから消費・投資の決定に芳しくない影響が出てくると考えるのが自然です。

なお、トランプ大統領がFRBへの圧力を強めている背景には「景気が悪くなった時の責任転嫁」への思惑も含んでいる可能性があり、自身の保護主義を先鋭化させるに伴って、その尻拭いを金融政策に強いる展開が今後も予想されます。為替市場の観点からは金利低下に伴うドル相場の失速を予感せざるを得ない状況です。

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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)

04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です

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