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東京オリンピックは誰のものか〜IOCという組織について振り返る〜

なぜコロナ禍の東京オリンピックの開催の是非について開催国の日本で決められないのか

橋本聖子オリンピック組織委員会新会長の就任が決まり、ワクチンの摂取も始まり、コロナの新規感染も減少し、緊急事態宣言の解除の見通しも付きつつあり「オリンピック開催している場合か?!」の1月の狂騒は落ち着きを見せている。

一方で小池知事が「主催者にも関わらず」森会長の進退について当初静観していたとの批判も散見された。

東京五輪について、東京都が主催で日本人の世論に基づき日本政府や東京都が判断できると誤解している人が多いように思うが、半分正しく半分間違っている。大会の主催者はあくまでIOCであり開催決定も中止も延期も意思決定の法的権限は(さらには公益財団法人の人事権も)招致都市東京都、また日本政府にはない。

準備も運営の主体もオリンピック組織委員会、東京都は招致都市として競技会場の施設の提供や組織委員会が負担しきれない財政責任を負う。招致都市と言っても、お金は出すが運営には原則蚊帳の外。マラソンが急転直下、IOCの独断で、東京都に全く相談なく札幌市に決定した事も記憶に新しい。

東京都と日本政府が、開催準備状況の不備を理由に「再延期」「中止」を要請することは可能だ。但しその際には、これまでの投資が直接的には無駄になる上、相当額のIOCに違約金(例えば重要な収益基盤となっている放映権料の1大会分1200億円程度?)を支払うことになる。

逆にIOC自身が、何らかの形で「中止」に追い込まれることも可能性としてはある。各国でのコロナ感染が拡大し、ワクチン接種などが追いつかず、予選が予定通り行われない等、各国の種目別競技団体が続々と不参加を表明するような状況だ。特に、前政権との比較においてコロナ対策と科学に基づく判断を重視するアメリカのバイデン新政権の意向は大きい

アメリカが自国のワクチン接種の状況や、日本の感染拡大状況とワクチンの摂取状況を見て万が一アメリカ選手団を派遣しないと決定すると、放映権を持っているNBCとしては国内の視聴率が取れないオリンピックに放映権料を支払うインセンティブはなく、かつ損害を保険でカバーできるため、アメリカ世論の動向をみて中止とするようにIOCに働きかける可能性はある。そしてそのように万一IOCが判断した場合も、これまで8年間、数兆円かけて準備してきた東京都や日本政府に違約金を支払う義務はない。

「他の都市でも良かったけど、東京がどうしても東京でと、一生懸命プレゼンし招致を懇願するから東京を選んであげた」というのがIOCの立場だ。

(今改めて見ても、流暢な美しいフランス語でプレゼンテーションする滝川クリステルさんの映像はインパクトがある。)

それほどまでに強いIOCとの開催都市契約

ロゲ会長の「トッキョ」という言葉とともに「TOKYO 2020」と書かれた小さな文字を覚えている人も多いと思う。

猪瀬都知事(当時)と安倍総理(当時)は、その直後感動冷めやらぬまま別室に案内され、「開催都市契約」という書類にサインしている写真を当時の猪瀬都知事のツイッター投稿で見た記憶がある。ノーチェックでその場でサインだ。IOCは長らく機密保持条項を盾に内容の開示を阻んでいた。(現在は情報公開の一環として東京都の公式サイトに公開されている)

開催都市契約においては、IOCと招致都市の役割分担、権利と義務が定められている。東京都サイドがすべての運営責任を負担、競技施設だけでなく宿泊施設(選手村)も提供する義務だけでなくIOCに発生する損害迷惑の一切を補償・防御の義務も負う。財産権はすべてIOCに所属し、剰余金の20%もIOCに分配され、東京都がその税金まで負担するが、分配なく事業運営リスクを負う。特に、契約解除と大会中止の権利はIOCのみが裁量を持つ

民間企業同士ではあり得ない不平等条約と言われる所以だ。

IOCが招致都市に対して強い立場を保持している歴史文脈

IOCはローザンヌに本拠地をおく1民間NPO団体だ。(同じスイスのジュネーブにあるWHOのような国連機関だと誤解してる人もいるかもしれない。)
民間NPOの会長がファーストクラスで世界中を旅し五つ星ホテルに泊まり、天皇陛下に拝謁し、G20のサミットでスピーチを行う。

ここまでの招致都市、招致国の政治権力に対して強い立場にこだわるのは、政治に振り回された歴史がある。20世紀米ソ冷戦時代、オリンピックは常にどこかの国がボイコットを行っていた。

図1

黄色字はモントリオール五輪、青字はモスクワ五輪、赤字はロス五輪をボイコットした国々、3大会との参加した国はグレーの国々だけだ。

改めて当時、冷戦構造の中で全世界の国々が参加するオリンピック開催ということが難しかったことが伺える。

世界のスポーツの祭典であり、スポーツを通した人間育成と世界平和を目的としているオリンピックとして、このボイコットの時期にIOCに残った組織的トラウマは大きいと聞いた。これらの過去の苦い経験から開催と運営について政治関与から完全に独立できる強い権限を持つ事を志向し「招致活動を通じて複数の候補都市を競わせ、強い立場の条件で開催都市契約を締結する仕組み」を発展させた。

今でも、ウイグルの虐殺疑惑等から既に2022の冬季北京オリンピックのボイコットの可能性が囁かれている。

平和の祭典であるオリンピックは国際政治との闘いの歴史だ

商業五輪と放映権、今でも隠然と力を持つNBC

もう一つ永遠の課題だったのが、巨大化するに従って増え続けた開催費用だ。特に1976年夏のモントリオールオリンピックは巨大な赤字を出し、その後夏季・冬季ともに立候補都市が1〜2という状態が続いた。それを打破したのが、商業主義に一気に方針を転換し、1業種1社の特別スポンサーや高額の独占放映権料で黒字化に成功したロス五輪だ。

現在のIOCも商業主義という路線を踏襲している。オリンピック大会のIOC の収益構造は、2013-2016すなわち2014ソチ大会と2016リオ大会の期間の収入が57億ドル(約5900億円)その収入の73%は放映権料であり、その半分近い21億ドルがアメリカNBCによって支払われている。

いわば、IOC収入の36%NBC単独1社から支払われていることになる

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NBCは2011年に14年~20年の4大会分の放映権を獲得、NBCは2014年にさらに2032年までの放映権料の76億5000万ドル(約7800億円)もコミットしている。そのためアメリカのテレビ局の意向が開催準備においても色濃く反映される。(人気種目の陸上や水泳のアメリカのゴールデンタイムに合わせた競技時間、高額の投資を要するカメラレーンの設置など)

そして今回の開催に当たってもディック・パウンド氏という放映権を仕切ってきた最古残のIOC委員が要所要所で方向性を決める発言をしている。

ディック・パウンド氏は、1978年から43年の長きに渡りIOCの委員を努めているが、ユベロス委員長の元、商業五輪として成功したロス五輪以降の放映権交渉を担当してきた実力者だ。

オリンピックが「世界最高の大会」になったことで、IOCはテレビ放映権料のさらなる引き上げを図る。1988年カルガリー大会(冬季)では、米3大ネットワークの1つ、ABCが3憶900万ドルを払い、ロサンゼルス大会の放映権料を上回った。最後まで競り合ったABCとNBC(現在のNBCユニバーサル、以下NBC)に対し、IOCのディック・パウンド委員は「コイントス」による決着を促したという。

ディック・パウンド氏は現在も五輪・パラ五輪の放送を統括するオリンピック放送機構(OBC)の会長をであり、いわばIOCの収入の4割近くを占める仕組みのトップだ。(OBCの放送環境の整備に向けた組織委員会への要求はIOCよりも厳しいとされる。)

パウンド氏は古残のIOC委員だが、開催に決定権を持つ理事会のメンバーではない。しかし何故か2020年の7月の開催延期についても決定者の様に発言してきた。

そして昨年2020年3月のオリンピック史上初となる「1年延期」決定も最終的にスポンサーNBCが決定を受け入れたことで決着した。

今回のコロナワクチン接種においても、パウンド氏は「五輪選手は優先摂取されるべき」との、IOCの公式見解とは異なるオリンピック最優先主義の時代錯誤的発言を堂々と行い波紋を呼んでいる。

「女性蔑視」発言を巡る森会長の辞任について、4者協議についての参加の見送りを伝えた小池都知事が引導を渡した様に報道されていたが、最終的な辞任の決定打となったのはNBCの意向とそれを森氏が盟友と信じていたコーツ副会長が伝えてきたことのようだ。

IOCは4日の記者会見後、「これでIOCはこの問題は終了と考えている」とコメントしていた。しかし、コーツ氏の森会長への態度は、コメントとはかけ離れたものだった。「特に最上位スポンサーからの反発が強い」 コーツ氏は森会長に、厳しい口調で直言した。盟友として公私ともに良好な関係を築いてきたと自任するコーツ氏の態度に、森会長は肩を落とした。

IOC內部の力学や政治構造を熟知していた森前会長の事だ。IOCの最上位スポンサーがNOといい、IOCのNo.2がその意向をそのまま冷たく伝えてきた以上、立場に留まるのは難しいと冷静に判断したのだろう。

感染拡大の封じ込めと開催の最終判断にむけた5者協議

ワクチンの確保と摂取計画の展開状況、そもそもの国内外の変異種の発生、具体的な水際対策の有効性等など、不透明な部分は多く予断は許さない。

そうした中、先程のキーマン、パウンド氏は危険すぎるなら中止も選択肢としつつも、中止するくらいなら無観客試合の方がマシだとも答えたとある。コロナ禍において柔軟な判断を行う姿勢を見せつつも、本音は、アメリカ選手団の派遣中止でもない限り最悪無観客でも開催にこぎつけるということだろう。無観客でも個別選手のコロナ禍での練習風景や応援するファミリーなどパーソナルドラマを交えた感動の放送番組は十分成立する。(昨年末のNHKの紅白のようなもの)

海外からも含めた観客の受け入れについては、バッハ会長は4月〜5月に判断とのことだがもう1ヶ月少ししかない。

5者協議は、元々4年半前、オリンピック組織委員会の増え続ける予算についての透明性やガバナンスを問題視した小池知事が調査チームを設け都民目線で再精査行った事に対し、バッハ会長から東京都も国も交えて全員でオープンに話し合いましょうと提案があった事から始まったものだ。

東京都は2016年の当時、オープンな公開開催を要請していたが、当初は非公開を希望していたIOCも最後は承諾しフルオープンでの協議となった。

この当時の4者協議に参加し、IOCメンバーと直接協議した経験がある。

IOCの個別のメンバーは、当初組織委員会や東京都から伝えられていた様な上から目線の嫌なタフネゴシエーターではなく、弁護士やコンサルタントの経験を持つ落ち着いて理性的な人達だった。

コスト削減を煩くいうならボート協議場を韓国に移転するぞ、と発信しつつ、選手は平和の使者なので選手村は東京1箇所にとの理念を金メダリストに発言させるなど矛盾した事を言う事もあったが(IOCの中でも様々な力学の基づく様々な発信リークがある)概ねお互いにオープンに話し合えば必ず一致点は見つかる、そういう姿勢が伺えた。

巨大化し招致都市に過大な負担を強いるオリンピック自体もコロナ禍以前からその持続可能性が問われていた。その為、改革プランAgenda2020を2014年に採択している。

それに沿って開催される最初の大会が今回のTokyo 2020だ。

およそ100年前、世界に甚大な被害を及ぼした第1次世界大戦(14~18年)加えて18~20年にかけてスペイン風邪が世界を席巻した。(私の曽祖父もスペイン風邪でなくなっている)。当時、全世界で、死者数が第一次世界大戦で1800万人、スペイン風邪で2500万人発生した直後、IOCは1920年戦禍の最も酷かったベルギーのアントワープでオリンピックをあえて開催した。戦争の傷跡の廃墟の残る街に世界中から人々が集まり平和の誓いを新たにしたという。(一昨年のNHKの大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」を観た人はアントワープの廃墟に佇む主人公金栗四三の姿を覚えている人も多いと思う。)

3月3日予定の新体制での5者協議で、それぞれの立場から何が話され、この世界中のコロナ禍での開催に向けてどの様な合意が引き出されるのか、注目される。

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