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プロのチームワーク

2018年夏、大雨で通路を絶たれたタイ洞窟の奥から、少年サッカーチーム13人全員が救出された事件を覚えていらっしゃる方も多いだろう。救出に当たったオーストラリア人医師の話を直接伺う機会があった。

水はまったく引かず、他の救出手段もない中、子供たちの命には限界がある。視界が10センチとない泥水の中を、片道3時間洞窟ダイビングで避難場所へ着き、少年たちに鎮静剤を打つ。意識不明の体を自分の下に抱きかかえて、往路3時間を戻るという途方もない計画が遂行された。

仮に途中で死んでしまっても、最後まで遺体を運ばなければいけない。どうせ見えないので目を閉じて進み、泡になって上がる子供の息だけが生きている証拠だったと言う。

結果は奇跡的な全員生還で、全世界が安堵の息をついた。

当事者から話を聴くと、救出隊のチームワークに強く印象づけられた。事件後に急遽集められた英国や豪州の14人の洞窟ダイバーは、もちろんそれまで一緒に潜った経験はない。

しかし、集められた瞬間に、子供たちを救うという共通のゴールのもと一致団結し、最善の解を見つけることに集中した。混乱した現場にも拘わらず、個人のエゴはまったく顔を出さなかったそうだ。「どうせ水の中では、自分のやりたいようにするしね」と淡々としたものだ。

プロフェッショナルのチームワークとはこういうものか。たとえば音楽家なら、それぞれが途方もない研鑽を積んでいるため、顔を合わせればすぐに完成度の高い演奏ができるのと似ている。卓越した個の技術と、瞬時に全体の和に貢献する意識を合わせ持つことが、プロの定義だろう。

別に洞窟ダイバーや音楽家だけがプロの特権階級ではない。ホワイトカラーの職でも、それぞれにプロとしてチームワークが可能なはずだ。

フリーランスが増えているように、これからは「組織」に頼るより「個人」で仕事をする時代になる。それは、必ずしも一人ぼっちで働くことを意味しない。自分の存在意義を常に意識して、場面に応じて協働作業をすることを意味する。

有機的なチームワークはこの先しばらくAIに置換されない、人間だけのできる仕事だと思う。

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