企業が社員に博士号を取らせるわけ
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企業が社員に博士号を取らせるわけ

野村恭彦(Slow Innovation代表 / KIT虎ノ門大学院教授)

(Photo by Surface on Unsplash
面白い記事があった、メルカリ社員は、博士課程に通うのに毎年200万円の補助がもらえるという。もちろん、優秀な社員のリテンションということもあるだろうが、この制度には企業戦略上のもっと深い意味があるだろう。それを考えてみたい。

会社のお金で博士号を取る

実は、私自身が会社のお金で博士号にチャレンジさせてもらった張本人である。

当時、私は研究所から本社に移り、会社のビジョンを描いたり、それを実現するための事業の立ち上げを進めていた。充実した毎日を過ごしていたい方で、もやもやしていることがあった。それは、「自分自身は論文も書いているし、学会活動もしている。なのに、所属が研究所から出てしまうと、会社では研究者ではなくなってしまうのか」ということだ。研究者というアイデンティティが、揺らいでいたのだ。

事実、研究所時代には、名刺に「研究員 Research Scientist」と書かれていた。それが本社に移って肩書きが変わると、自分が研究者であることを公式に示す術がなくなったと感じていたのだ。しかしこれだと、企業内研究者は、研究者としてあり続けるために研究所に留まらなければならない

その時の私の問題意識は、研究者こそ現場に出て仮説検証を繰り返すべきで、それが研究もビジネスもドライブするということだった。研究所を出て事業サイドに出ていく研究者が増えるためにも、研究者が研究所にいなくても研究者としてのあり方を保てるような環境を求めたのである。

そこで人事に掛け合い、最後は副社長面談までして、「在職ドクター制度」を会社の公式の制度にしてもらうことに成功した。そのおかげで、コンサルティングサービスを行いつつも、世界中の研究論文を調べ、顧客の分析や事例調査を社会科学的視点から行うことで、仕事と研究、つまり会社と大学の間に大きなシナジーが生まれるようになったのだ。

社員が大学に属するという「両利きの経営」

そしていま、会社を経営しながら大学で教えるという立場になった。大学での研究指導は、私自身にとっても新たな学びにあふれており、それがコンサルティングの幅を広げることに大きく役立っている。

またビジネススクールに通う社会人学生たちも、会社の短期的成果を脇において、「ほんとうに自身が追求したい課題」を設定し、研究することで、企業内活動では生まれてこない成果を出している。

次の論説記事がとても参考になるが、これからの企業には、既存事業の深化と新規事業探索の両方を同時実行する「両効きの経営」が求められることを紹介している。

社員をビジネススクールや博士号に挑戦させることは、もちろん個人の成長という意味合いが強いと思うが、それ以上に探索型の成果を持ち込んでもらえるチャンスとなるだろう。

飛び地の新規事業が企業のポジショニングを変える

会社からすると、社員が大学に行って自由に研究すると、会社の枠に収まりきらなくなり、結果的に会社の外に関心が向いてしまうのではないかというリスクを感じてしまうかもしれない。しかし、少し視座を高めてみると、飛び地の新規事業を生み出していくことは、経営にとってきわめて重要になる。

持続可能性へと大きく経済のルールが変わろうとしているいま、企業にとっては次の時代の「新しいポジショニング」へのシフトが何より必要である。しかし、自組織の論理で事業を考えているだけでは、深化は進んでも、探索は進まない。

博士号は、「この分野であなたは世界一である」ということが認められた時に授与される。つまり、企業が社員に博士号を取らせるということは、その人にしか生み出せない「世界一」を会社が一つ手に入れることになる。企業は、博士号をめざす社員の「小さな世界一」を「飛び地の新事業」にすることよって、会社のポジショニングを変える可能性がある。

博士号を取らなくてもいい。一人でも多くの社員に、「小さな世界一」をつくるよう応援してみてはどうだろうか。それが、企業変革の可能性を開くことになるはずだ。

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野村恭彦(Slow Innovation代表 / KIT虎ノ門大学院教授)
「渋谷をつなげる30人」「京都をつなげる30人」などを数年間続けてきて、イノベーションは「スローフード」のように、プロセスを大切にし、人と人との関係性をつくり、小さな変化がさざ波のように社会を進化させていく「スローイノベーション」に向かっていくのだと実感しています