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新車ゼロ金利キャンペーンの闇とリスクベースプライス

 コロナ禍による消費の落ち込みは各業界に影響が及んでいるが、自動車業界も例外ではない。感染対策としては、公共交通機関は使わずにマイカーを利用する人が増えているものの、先行きが不透明な時代に向けて、高価な新車を購入しようとする顧客は、世界的に減少している。

欧州自動車工業会(ACEA)が16日発表した2020年1~6月の欧州主要18カ国の新車販売台数(乗用車)は前年同期比40%減の459万4489台だった。新型コロナウイルスの影響が最も大きかった4月(前年同月比80%減)に比べれば、6月は24%減とやや持ち直してはいるが、回復ペースは遅い。(日経新聞2020/7/16)

米国でも新車販売台数は著しく落ち込んでいるが、そのダメージを食い止めるために、各自動車メーカーが展開しているのが「オートローンのゼロ金利キャンペーン+ローンの初回返済を90日~120日猶予する」という救済策である。

たとえば、フォードでは新型コロナの影響を受けている顧客に対して、メーカー側が指定した車種(新車)を購入した場合に、84ヶ月間(7年間)のローン金利を0%に設定した上で、ローンの初回返済開始を納車から120日間は猶予する制度を、系列ディーラーを通して実施している。詳しい条件は異なるものの、他の自動車メーカーでもコロナ救済策としての0%オートローンが実施されている。

《米国内0%オートローンの実施動向(コロナ後)》

■CHEVROLET(シボレー)
…最大84ヶ月の0%ローン、120日間の返済猶予(対象車種に限定)
■Chrysler(クライスラー)
…オートローン90日間の返済猶予(対象車種に限定)
■BUICK(ビュイック)
…最大84ヶ月の0%ローン、120日間の返済猶予(対象車種に限定)
■GMC
…最大84ヶ月の0%ローン、120日間の返済猶予(対象車種に限定)
■ホンダ
…90日間のローン返済猶予(条件に適合する新車購入者)
■INFINITI(日産)
…90日間のローン返済猶予(条件に適合する新車購入者)
■レクサス(トヨタ)
…90日間のローン返済猶予(新車、認定中古車)
■BMW
…90日間のローン返済猶予(対象車種限定、条件に適合する顧客)
■アウディ
…60日間のローン返済猶予(条件に適合する顧客)

顧客にしてみると、ゼロ金利ローンによる新車購入は、値引き交渉をした上で手持ち資金を使わずに分割払いができるため、じつは割高な料金設定がされているリース契約やサブスクリプション契約で新車を取得するよりも、トータルでみた支払総額は安くなる。

ただし、ゼロ金利ローン+返済猶予(後払い)が利用できる車種は限定されており(人気車種は対象外)、3~5年後に乗り換える場合には、該当車種の下取り相場は安くなることが想定される。そのため、車種の選定に対する強い拘りが無く、短期の乗り換えは考えずに、10年以上乗り続けることを前提としたユーザーに適している。

米国の自動車業界では、新型コロナが流行しはじめた2020年4月以降は新車の販売台数が5割以上落ち込んでいる。ゼロ金利+後払いキャンペーンは、その落ち込みをカバーするために導入されているインセンティブ制度であり、コロナ後に初めてマイカーを購入したい顧客層を呼び込める効果がある方、顧客の選定を間違えると、メーカー系列のローン会社が不良債権を抱えるリスクも併せ持っている。

そのため、これから経済指標として発表される新車販売台数データは、ゼロ金利キャンペーンのインセンティブ分を差し引いてみる必要がある。

2008年のリーマンショック後に、クライスラーやゼネラルモーターズ(GM)が経営破綻した時にも、行き過ぎた新車値引きの行き過ぎたインセンティブ制度が引き金となったが、コロナ禍でも同じ轍を踏まないための方策は、ゼロ金利を適用する顧客の選別方法にかかっている。

【リスクベースプライスの考え方と設定】

新車販売のインセンティブ制度として、リーマンショックの頃と異なるのは、クレジットスコアによる顧客の選別を厳格に行うようになっていることだ。米国では、自動車ローンの他に、住宅ローンやショッピングローンでも、コロナ後の消費者救済策として、ゼロ金利や頭金無しのローンプランを提示する業者が増えている。これは集客目的のマーケティング戦略でもあるが、すべての消費者を対象にしているわけではない。

ゼロ金利キャンペーンの設計には「リスクベースプライス」の考え方があり、未払いリスクの低い顧客ほど好条件の支払いプランを提示している。高額商品の買い物では、それぞれの顧客によって支払いのリスクレベルが異なるが、そのリスク差を「金利」によって変動させているのが、米国型ローンの仕組みである。

自動車ローンを例にすると、2019年末の平均ローン金利は、新車が5.76%、中古車が9.49%という水準だが、この金利条件はすべての顧客に適用されるのではなく、クレジットスコア、購入する車種、居住地域などによっても異なっている。 その中でも、クレジットカードの利用歴から信用度を評価したクレジットスコアは最も重要で、大きく5段階の信用レベルによって顧客の等級が分類され、ローン金利の格差が開いている。

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たとえば、新車を購入するために20,000ドルのローンを60ヶ月間で組むケースをシミュレーションすると、最も信用ランクの高いスーパープライム層は、月額の支払額367ドル(総支払額22,020ドル)になるのに対して、最下層のディーププライム層は、月額468ドル(総支払額28,080ドル)になる。

つまり、リスクの高い消費者ほど、ローン金利分で高いプライスを付けるのが、米国の新常識になっている。新型コロナ対策のキャンペーンとして実施されるゼロ金利キャンペーンでも、対象の顧客を上位の2等級(スーパープライム層とプライム層)までに限定している自動車メーカーが主体で、業績の悪いメーカーになるほどゼロ金利適用の条件を緩くしている。

新車の販売台数は、値引きやローン金利のインセンティブを高めることで、ある程度の水増しをすることは可能だが、そのダメージは数年先に必ず訪れることになり、その時には「強いメーカー」と「弱いメーカー」の差が歴然と現れてくる。信用ランクの低い顧客に対して、高いインセンティブで新車販売台数を嵩上げするメーカーは、不良債権の時限爆弾を抱えながらの経営を強いられることになるだろう。

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