資産運用スキルのレベルが、キャリア選択の幅を大きく変えてしまう時代に
高卒の求人が増えているという。
背景には、人手不足も手伝って、高卒に対する企業の採用意欲が高まっていることがある。一方で、若年人口が減少しているため、大学にも行きやすくなっているということもあるのだろうか、高卒で就職を希望する人は減っているのだという。
こうして高卒者の採用が人材の取り合いになっていることとも関連し、人手不足という背景もあって、大卒・高卒を問わず、待遇の改善も進んでいる。この待遇改善は課題として認識され、今後対応が進んでいくことになるのだろう。
それにしても、私自身もそうであったが、半ば当然のように大卒を目指し、高卒で就職する選択をしなかった理由は何だろうか、と改めて考えた。これは高度成長期において、いわゆるホワイトカラーの求人が増え、そのホワイトカラー採用の前提となった大卒の給与が良かったことが大きな要因だったのだと思う。
この動画によれば、今でも大卒と高卒では生涯賃金に大きな差があり、大卒の方が生涯賃金は高くなっている。ただ、5,000万から6,000万程度とされる生涯賃金の差を大きいと見るか、小さいと見るか。
少し長めに働く年数を考えて20歳から70歳までの50年間と考えると、5,000万であれば年収にして100万円の差である。一方で、大学に進学するとなれば、高卒であれば働いて賃金を得ている期間に、少なくても4年間は学費をかけて大学で学ぶことになる。そうすると、生涯賃金の金額から大学を出るためにかかる学費などの費用を差し引いて生涯賃金を考えなければいけない。
国立と私立、あるいは文系と理系による差もあるが、約1,000万の学費等がかかるのだとすると、先ほどの生涯賃金の差は1,000万ほど減って、4,000万から5,000万円の違いということになる。
これを多いと見るか少ないと見るかであるが、私はさほど大きな差ではなくなってきているのではないかと思う。特に昨今、個人の資産運用環境が新NISAの導入をはじめとして格段に整備されてきている中では、この生涯賃金の差は資産運用にうまく取り組めるかどうかで簡単に埋まってしまう金額になってきている。
この動画にもある通り、高卒で働き始めて、大学に行った人が卒業するまでの4年に400万円を貯め、それを投資に回して年を取るまでインデックス投信で長期運用をするだけで、約8,000万の資産が築けることが期待できる。この金額は大卒と高卒の生涯賃金の差をはるかに上回る額だ。しかも、高卒で働き始めた4年間の400万以外は一切追加投資をしない前提で、の話である。
もちろん、4年遅れで大卒の人が高卒の人よりも多くの資金を投資に回せば、この差はさほど大きくはならないだろう。しかし、全員が資産運用に取り組むわけではないため、実際に高卒で資産運用に取り組んだ人と、大卒で資産運用に取り組まなかった人であれば、生涯の可処分所得は高卒の方が多くなっても何も不思議ではない。
また、選択する職業によっては、大卒と高卒の生涯賃金がほとんど変わらない、という試算結果もある。
そのうえ、いま大卒で多くの人が就こうとしている仕事は、AIが近い将来、あるいはすでに人間に取って代わると言われている仕事も少なくない。そうなれば、就職したはいいが、その時に望んでいた仕事がAIに置き換えられたり、あるいは大学に行っている間にその仕事が人間のやる仕事ではなくなり、自分が望むようなキャリアが実現できなくなったりする可能性もある。
さらに今後、日本が経済的に停滞するのであれば、海外に職を求めなければいけなくなるだろう。このため、海外に職を求めるという人も今よりも増えてくるのかもしれない。そうなった時に、私自身が実際に海外での仕事で感じることは、大卒(学卒)という学歴の中途半端さだ。アフリカなどで仕事をしていても、現地のエリートたちは欧米の大学院の、少なくとも修士か博士号を持っていることが当たり前であり、彼らの学歴からすると、いくら日本の有名大学卒業であっても大卒の学歴は見劣りがする。
仕事内容によっては、大学院卒でなければ応募資格がないといったものも国際機関などでは実際に見受けられる。そうした時に、大卒の学歴がどのくらい有効なものなのかというのは改めて考えさせられるところだ。
一方、高卒で就ける仕事は大卒で就く仕事のようにホワイトカラーの事務職といったものではないかもしれないし、そうであってもかなり給与水準は大卒に比べて低いかもしれない。しかし、先ほど述べたように大卒者が行ってきたような仕事でも、その多くが今後AIに取って代わられると言われ、取って代わられないとしても、人間がAIと仕事の奪い合いをすることになることで、そうした職に就く人の賃金は少なくとも伸びることは期待しにくいだろう。むしろ、実質的に低下していくのではないかという恐れがある。
また、エッセンシャルワークのような仕事もそうだし、また昨今で言えばWebデザイナーやITエンジニアなどの専門職は、動画にもある通り、大卒か高卒であるかという学歴ではなく、その人の能力や資格によって報酬が決まってくる。特にエンジニアのように若いうちの吸収力が求められる仕事であれば、大学に4年間通うことで仕事に就くのが遅れることが自分自身の能力を高める機会を失ってしまうことにもなりかねない。
そして現在の人口減少、特に若年層の減少を考えると、高卒からすぐに大学に進学しなくても、社会人学生といった形で大学や大学院に入ることは、簡単になることはあっても難しくなることはないだろう。それでなくても若い人の人口が減っていく以上、大学は存続するためには年齢を問わず学生を受け入れていく方向になると考えられるからだ。
このように考えると、高校を出て浪人などをすることもなくストレートで大学に進学し、企業に就職するといった、いわば昭和的な勝ちパターンというのがすでに崩れていることを感じる。
もちろん、大学や大学院で学ぶことには価値があるし、それを否定するわけではない。学ぶことの価値は金銭的に換算できるものだけではない。若いうちに親交をむすぶ友人の価値などもある。一方で必ずしも高卒からそのまま大学に進まなければいけないということもないだろう。むしろ、社会人経験を経て大学で学ぶことにより大きな価値や成果を生むこともあるだろう。友人にしても、ストレートで大学に行くよりも自分とは違う幅広い年代の友人ができる、という効用もありそうだ。そして、金銭に換算できない学ぶことの価値も、(学費という)金銭で賄える一面がある。
先述のITエンジニアやプログラマーといった職業のように、若くてフレッシュなうちに多くの最新の技術を吸収することが大切な場合、大学教育を受けるのはそうした吸収の時期を過ごした後、より年齢が高くなってからの方がむしろ価値が高まる場合もあるだろう。
そう考えると、そもそも高卒よりも大卒の方が良いと考えられる理由が生涯賃金の差にあるのであれば、資産形成環境が整い、また若年人口の減少によって選択肢が広がっている昨今では、必ずしも高卒からそのまま大学に進学しなければ生涯賃金の点で不利だとは言えなくなってきている。
もちろん、これまで通り高校を出たらそのまま大学に進学することに意味がないということではなく、その人の考え方や希望する仕事、あるいは資産形成・運用をどうするのかどうかなど、一人一人のキャリアプラン・ライフプランによって大きく異なることになるだろう。例えば、親が十分なお金を持っていることで、若いうちは働かずに学問に打ち込む道を選ぶという選択もあり、その人それぞれにどのような進路やキャリアを取るかということに大きな自由度が出てきているということだと理解している。
そう思うと、この自由を得るためには、多くの場合、資産形成・運用のスキルを持っているかどうかが非常に重要になる。スキルの程度によって、大きく自分の選択肢が増えたり減ったりすることになるということだ。まだ、キャリアと資産形成・運用スキルの関係について結びつけて考える人は少ないように思うが、今後、若いうちに限らず一生涯にわたるキャリア選択においてどれだけの自由度を確保するかという点において、資産形成そして運用のスキルの有無、ないしはその高低が、大きく個人の人生の選択肢の幅を決めてしまう時代が来たのだと思う。