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暖冬という「神風」~救われたユーロ圏~

葛藤混じりのIMF上方修正
1月30日、IMF世界経済見通し(WEO)の暫定見通しが公表されました。報告書は「ポジティブサプライズと多くの地域における予想以上の回復力」を踏まえ、2023年の世界経済の実質GDP成長率見通しが+2.7%から+2.9%へ+0.2%ポイント引き上げられています。これにより2022年2月のウクライナ危機勃発後から続いたWEOの下方修正は3回(22年4月・7月・10月)で止まり、1年ぶりの上方修正ということになります:

世界経済全体では中国が+0.8%ポイントも引き上げられて+5.2%になったことの寄与度が大きいと言えますが、先進国に限れば、変化が目立つのはドイツと英国でしょう。暖冬を背景にドイツを筆頭とするユーロ圏の復調が特筆される状況にあり、ドイツやイタリアは過去3か月間でリセッション予想が覆ったことになります。対照的に英国は昨年10月、トラス政権が発足直後に金融市場の反感を買って瓦解するという状況に直面し、拡張財政路線の撤回を強いられた経緯が思い返されます:

同じ頃のユーロ圏がエネルギー価格の高騰に対して各種抑制策を議論し、その実行を経て現在に至っていることを踏まえれば、その差がはっきりと成長率の格差に出たと言えます。
 
神風に救われたユーロ圏

IMF予測の修正を待つまでもなく、欧州の復調は断続的に報じられているものではありました。例えばS&Pグローバルが発表したユーロ圏1月PMI(総合)は50.2と市場予想の中心(49.8)を上回り、前月の49.3から+0.9ポイントも押し上げられています。昨年6月以来で初めて景気の拡大・縮小の分かれ目となる50を上回ったことが話題になりました。業種別にみると、サービス業PMIも50.7と市場予想(50.2)を上回り、前月の49.8から改善を果たし、6か月ぶりの高水準を記録しています。注目される製造業PMIは48.8と引き続き50割れが続くものの、前月の47.8からは+1.0ポイントも改善し、市場予想(48.5)も上回っています。図表に示される通りですが、ここ数か月の製造業PMIの挙動を見る限り、ユーロ圏はそのほかの国・地域よりもモメンタムが見て取れます

2022年1~10月の悪化ペースはユーロ圏が抜きん出ていたわけですが、結局これは「今年はエネルギー危機を背景に欧州にとって史上最悪の冬になる」と言われていた夏から秋にかけての企業心理を表していました。

しかし、既報の通り、蓋を開けてみれば今年の欧州は記録的な暖冬に見舞われ、逆に地球温暖化への懸念が指摘されるほどの暖かさに見舞われています。必然的にエネルギー需給の逼迫は回避され、従前の(経済成長を犠牲にした)節電努力も相まって、天然ガス価格は既に年初来で約▲18%下落し、現状では1メガワットあたり58ユーロ付近まで調整が進んでいます:

これは昨夏の急騰前の水準に近いものです。半年ほど前、ドイツに関しては計画停電などを通じて都市封鎖時に近い成長率の低迷に直面すると言われていました。そのような下馬評があったことを思えば、この切り返しは鮮烈です。文字通り、今冬のユーロ圏経済は神風に救われたと言えるでしょう。

なお、冒頭でドイツ経済の復調に言及しましたが、これも事前の経済指標から推測されたものではありました。1月17日に公表されたドイツ1月ZEW景況感指数は前月から+40.2ポイントも改善、昨年2月以来、11か月ぶりに景気の拡大・縮小の分かれ目となるゼロを超えていました:

同指数は市場参加者の抱く6か月先の景況感を示すと言われ、ドイツ経済の深刻な景気後退回避を予見させるものでした。今回のIMF予測と平仄が合うものでしょう

ちなみに、天然ガス価格が急落している背景はそうした天候要因のほか、中国のガス在庫が十分な量で、同国のガス輸入業者の購入分が欧州へ分配されているという状況もあります。一部報道では中国のガス輸入業者は2月および3月の出荷分から欧州への分配を始めるという情報もあるようです:

中国のゼロコロナ政策解除で世界のエネルギー需給が逼迫するという懸念もありましたが、今のところ杞憂に終わっています。もちろん、天然ガス価格は歴史的に見れば高く、現状の58ドル付近はパンデミック直前の5年平均(2015~19年、約17ドル)の3倍以上です。正常化したとまでは言えないですが、事態は明らかに改善へ向かっています。
 
暖冬はユーロ相場にも追い風

域内経済の復調傾向は当然、ユーロ相場を押し上げる一因にもなります。ECBの利上げ局面は域内経済へのダメージに配慮し途中で挫折するのではないかと言われていましたが、上で見てきたようにその可能性は大分後退しています。金利面からユーロが支えられる可能性は高いでしょう。

また、エネルギー危機が回避されたことで需給面からもユーロ相場に追い風が吹きます。昨夏の時点で筆者は「欧州史上最悪の冬」を念頭にドイツの貿易赤字が大幅拡大し、ユーロ相場も大崩れすると予想してきました。しかし、予想外の暖冬によってドイツ貿易赤字転落はぎりぎりのところで回避され、底打ちを見せています。これに応じてユーロ相場も切り返しているという実情も恐らくはあるのだと筆者は考えています:

2000年代前半、ユーロの対ドル相場がパリティ(1ユーロ=1ドル)を割り込んでいた際、それが底打ちした背景は欧米金利差の逆転などが指摘されていましたが、図示するように、その頃もちょうどドイツの貿易収支が顕著に改善するタイミングでした。今回も同様の動きに至るのかどうかは注目したいところです。上述したように、ここから中国による欧州へのガス供給増加が期待され、春の訪れが目前に迫ってきます。歴史的な値動きに照らせば天然ガス価格の下げ余地はまだ大きいことを思えば、ユーロ圏経済の交易条件は改善が続く公算が大きいでしょう。

「史上最大の危機」を神風で乗り越えることができたユーロ圏経済ならびに通貨ユーロは2023年、台風の目になるのか。注目したいと思います。

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