「半歩先」の商品は「半歩横」の発想から生まれるー既視感のない商品を生み出すには
2021年8月3日(火)に開催したNIKKEI LIVE「既視感のない商品を生み出すには」では、独自性をもった商品開発とそれを生み出す基盤となる経営方針について議論しました。
「デジタルマーケティングが重要なのは言うまでもないが、前提として圧倒的な差別化ができなければ長続きしない」という声を耳にすることが増えています。あらゆる商品やサービスがコモディティー化し、売り出したときには高付加価値であっても、徐々に機能や品質に差がなくなるということが起こっています。どうすれば独自性のある商品・サービスを作り出せるのでしょうか。
人間の感情にアプローチする家庭用ロボットを生み出したGROOVE X 社長の林要さん、15期連続で増収を続けるスノーピークで商品開発のトップを務めるスノーピーク執行役員で未来開発本部長も務める吉野真紀夫さんをゲストにお招きしてお話を伺いました。聞き手は、大岩佐和子編集委員が務めました。
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ー大岩編集委員
スノーピークは「市場調査をやらない」「マーケティングはいらない」といった発言をしている会社としても有名ですが、なぜ市場調査をやらないのでしょうか。
ー吉野さん
現在メインの事業としてやっているキャンプは、非日常を楽しむものです。そのキャンプを愛している、かなりの「キャンプ大好き人間」がうちの会社には集まっています。ものづくりをする上で自分自身がユーザ目線になれて、パッションも思い入れも非常に強い。「キャンプに行くとき、ここの行動をしたときのここの部分に、こういうものがあったらいい」と考えるところからスノーピークのものづくりはスタートします。
スノーピークは「コミュニティーブランド」と言われることがありますが、開発者も含め、私たちは年間数千人のお客様と全国各地のイベントで直接会って話をします。リサーチやマーケティングをしているのではなく、知らず知らずのうちに焚き火を囲みながら話をすることでユーザボイスに触れています。
私たちは、企業の中にいるデザイナーや開発者にすぎませんが、お客様との距離がかなり近いので、例えば「3年前に出たテントを開発したのは開発者Aくんだ」ということを多くのお客様が知っています。すると、イベントで会ったときに「Aくんが開発したテントを昨年買ったよ」「非常にいいよ」「もう少しこうなったほうが使いやすいな」という声をダイレクトにもらうことができるわけです。デザイナーや開発者は、「ユーザを裏切ることはできない」「ユーザを驚かせたい」という野望に満ちています。
ー大岩編集委員
新しいものを生み出すには失敗しても許される組織文化が必要だと思いますが。
ー林さん
「失敗してもいいよ」とトップが言っても、実際には誰も信じませんよね。日本中のトップは「失敗してもいい」と言っていると思いますが、それを誰も信じないのは、失敗すると周りに迷惑をかけるし、失敗しかしていない人が出世するケースがないからです。取り戻せないほどの失敗は、誰にとっても不幸ですし、何より本人が一番つらいです。失敗が大事なのではなく、大事なのは挑戦です。
ですから、挑戦を細かく区切ることで取り戻せるレベルの失敗をすることです。例えば、挑戦した結果が10年後でなければわからないとなると、それをずっとやり続けるのは勇気がいります。でも「まずは1ヶ月やってみる」というくらいの挑戦なら、比較的やりやすいですよね。無駄になったとしても1ヶ月です。そんなふうに、いかに問題を細かく分割していくかが大事なポイントだと思います。
ー大岩編集委員
LOVOT(らぼっと)は今、大変売れていると思いますが、まだ買っていない人もいます。そのような「今はまだお客さんでない人の声」は、どのようにして知ればいいのでしょうか。
ー林さん
今お客さんではない人に聞いても、買う理由はあまりわからないと思います。例えばLOVOTのケースで言うと、ご本人は必要と思っていなかったのに家族の誰かがLOVOTに惚れ込んで、一緒に住むことになったら1週間でメロメロになった、という話はよく聞きます。「私は全然いらないと思っていた」「ロボットに癒されるなんて……と思っていた」と。
いらないと思っている人に話を聞くと「せめてお掃除機能が付いていたらね」などと言われるのですが、お掃除機能が付いていてもその人たちはおそらく買いません。「値段が安ければね」と言われて、例えば99,800円で売ったら売れるのかと言うと、やっぱりほしがらないわけです。
お客様の声は聞くべきですしそこから学ぶことは多いのですが、お客様の言う機能を入れることで売れるようになるわけではないです。「なるほど、常識の変化はここまでしか起きてないんだな」というベンチマークになるだけの可能性は十分にあります。お客様の声のどこを取るかが重要で、それは非常に難しいです。
ー大岩編集委員
事前インタビューで林さんは「常識の裏にあるもの」を見るという話をしていましたが、「半歩先」のアイデアをどのようにして考えているのですか。
ー林さん
自分が何かを考えたときに最初に出てくるアイデアは、誰かがすでに考えていると思っています。世界には70億人いますからね。「それは誰でも考えつく」とまずは考えて、その上で自分がそう考えてしまったのはなぜか、そこにかかっている常識にまみれたバイアスの正体を考えます。
バイアスを取った後には何があるのかを考え続けて、第2歩目か第3歩目くらいにやっと議論に乗せられるアイデアがあるような気がします。そういう意味では、「半歩先」というのは半歩前方に行くのではなく「半歩横」に行くということかもしれません。
ー大岩編集委員
吉野さんの「半歩先」の探り方はどんなものでしょうか。
ー吉野さん
スノーピークは今、いろいろな商品を作っています。テントのような布もあれば、樹脂の商品、金属の商品、木の商品もあります。そう考えると「半歩先」は、「新領域」のような、今までやっていなかった領域とも言えると思います。
スノーピークには「自然思考のライフバリューを提案する」という明確なミッションがありますから、そこさえブレなければ業界にこだわらず「横」や「斜め」にあることにもっともっとチャレンジしていいと考えています。
ー大岩編集委員
多くの商品・サービスがコモディティ化する中、品質や機能では差別化できなくなっています。そのときによく「ストーリーが大事」と言われますが、吉野さんもストーリーを意識していますか。
ー吉野さん
日本人はもともと農耕民族だったと言われていますが、もっと前は狩りをして暮らしていました。きれいな水源のある場所に住もうとか、秋になったら栗林に短期的に住もうとかしていたのではないでしょうか。様々なことが発達した現代社会の中で、昔の狩猟時代の体験を非日常として味わえるのがキャンプで、その感覚を人間は欲している、シンプルに原点回帰しているのではないかと思います。
ただ僕は、一方でこれからの時代はテクノロジーも必要になってくると思っています。東京一極集中の日本では、都市では味わえないこともあります。列島で四季のある日本で、旬な時期にその土地でしか食べられない旬のものを味わうことが日本人らしいと思うのです。都市と地方をつなぐためには、テクノロジーやAIを使って「感情移入」できるようなものが必要になると思っています。
参加者からの質問:「半歩横」に行くときには、どの方向に行くべきですか。
ー林さん
いろいろな行き方があると思うので、基本は自分の思いついたアイデアがなぜそうなったのかという「発想のバイアス」を理解することだと思います。そのバイアスを取り除くことが「半歩横」だと思います。
スノーピークさんと弊社に共通する「半歩横」は、私は「色気」ではないかと思います。ものづくりが好きな人間からすると、スノーピークさんほどセクシーなものはないわけです。僕は、無駄なものほど色気があると思います。無駄なのに存在が許されているというのは、それを乗り越えてでも人がほしいと思う色気があるからです。
「どう考えてもオーバースペックでしょ」というものもおそらくあると思いますが、そのストイックさも含めて色気なのだろうと思います。
ー吉野さん
自分が消費者として「これほしいな」と思って買ったもので、本当に良かったものは、人に伝えたくなります。そのシンプルな感情が、コミュニティを形成し、ファンを作り、ということにつながっていくのだと思っています。林さんの言う「色気」もそうですし、例えば「クスッと笑ってしまう何か」とか、そのあたりのことは今までもこだわってきたつもりですし、今後もこだわっていきたいと思っています。もしかしたらそれが「半歩横」なのかもしれません。
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林要さん
GROOVE X 社長
東京都立科学技術大学大学院修士課程修了後トヨタ自動車に入社。2011年、孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」外部第一期生に選出。2012年ソフトバンク入社、「Pepper(ペッパー)」のプロジェクトメンバ ーに登用される。2015年11月「GROOVE X」を設立。
吉野真紀夫さん
スノーピーク執行役員
未来開発本部長
1974年東京生まれ。2003年スノーピーク入社。入社と同時に東京から本社のある新潟県へ移住し商品企画開発に携わる。2020年4月から未来開発本部にてギア/アパレル/体験サービスなどのモノ・コトづくり全般に従事している。
大岩佐和子
日本経済新聞編集委員
1996年入社し、流通業の取材を5年間した後、地方行政の担当に。2013年から再び流通業を取材。日経MJデスクを経て、2018年4月より現職。
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