景気変動と海外展開に対応する必要性は、スタートアップだけでなく日本企業全体の課題
スタートアップに関わる記者さんの座談会記事を興味深く読んだ。
結論から先にいうと、このタイトルの一部を借りるなら果たして「スタートアップだけだろうか」「景気変調時だけだろうか」ということだ。企業規模や景気変動に関わらず、普遍的な課題が示されている記事内容に思えた。以下は、スタートアップに限らず、今後の日本企業全体が考えるべきではないかと思う点を、この記事の内容に沿って考えてみたい。
まず、景気変動(変調)について。
「変調」とは言うものの、景気は好況・不況の波を繰り返すことは自明のことで、あとはそれがいつ「変調」するのかが分からないだけ。「変調」は予想外のことではない。
もちろん、資金調達に景気の影響は無視できないが、景気の波の動きはある程度予測できるものなので、それに備えておくことは、企業経営者であれば多かれ少なかれ意識していることと思う。
アメリカでは、新型コロナウイルス流行にともなう大型の財政出動でインフレを招いたことから、金融の引き締め・政策金利の引き上げによって、インフレを鎮静化させるべくFRBが動いており、その副作用として不景気になるのでは、と予測されている。
一方で、日本は日銀がこれまでの低金利政策を続けることを明言しており、当面(来年の日銀総裁交代まで)は「ゼロ金利」のままであるものと思われる。ただ、投資家心理は日本でも冷え込んでいることは事実だろう。米国の余波を受けてリスクマネーの調達は難しいかもしれないが、もし融資を受けられるのであれば、金利コストは抑えられたままになる。この日本の政策をプラスに活かしたいところではある。
また、金利差も相まって円安方向に振れていることで、円ベースでの海外での売り上げを増すことには有利だが、事業を立ち上げ、売上げを得るまでの初期投資をするには不利になる。コロナの影響で航空便の数が減り、ロシアのウクライナ侵攻の影響もあって燃油価格が上がっていること、日本以外の多くの国で高めの物価上昇が続いていることも、事業展開する現地への渡航滞在をはじめとするコストを押し上げている。9月からワクチン3回の接種を条件に入国前のPCR検査が不要になることで、費用面でも負担が軽減されるだけでなく、貴重な出張時間を割いて検査に行かなければならないことや、陽性となった場合に帰国のめどが立たない問題も軽減されることは、歓迎したい。不景気な中では大変なことではあるが、この時期にタネをまき仕込んでいたものが、次の好景気時に大きな果実を得ることは、企業であれ投資家であれ同じことだろう。
続いて、スタートアップだけなのか、について。
海外にマーケットを求めることが出来る事業であれば、海外展開を積極的に進めなければ、人口が減り市場が縮小する日本だけではじり貧になることは誰の目にも明らかなことだろう。その点で、事業成長を目指すのであれば、海外展開を視野に入れる必要があることは、企業規模の大小を問わない。
日本は、人口規模の大きさもあって一時は世界第2の経済大国であった。このため、日本市場だけを見ていたり、海外事業を取り組むにしても国内事業が「本業」で海外事業は片手間、というところも見られたが、それはすでに過去の話になった。
国内事業のみで事業拡大を目指すのであれば、まったくの(他社も取り組んでいない)新規事業にゼロからとりくむか、競合相手との飲み込むか飲み込まれるかの競争に勝ち抜いていく必要があるだろう。ゼロサムどころかマイナスサムな国内市場で、競合を打ち負かしながら成長できるのか、あるいは海外市場に活路を見出すのか。
国内市場縮小という成長の限界による制約を避けるためには、海外事業を伸ばしていくことが避けて通れない。もちろん、海外の事業展開も簡単なことではない。ただ、国内事業で競争することと比べると、成長余地ははるかに大きい。国内であればどこまで大きくなっても日本市場より大きな規模にはなれないが、海外の市場に関しては、理論的には全世界の市場より大きな規模にはなれないものの、実際問題としてそこまでの事業展開を行うことは事実上不可能に近く、伸びしろは大きく残されている。
この面で、記事でもインフォステラの事例で触れられているような、大企業とスタートアップがタッグを組み、役割分担をしながら海外進出を目指すスタイルの重要性は一層高まるのではないだろうか。お互いに持っている強みを活かし補完しあうことで、海外での事業展開の成功確率を高められる可能性がある。
ディープテックのスタートアップは、たしかにプロダクト・サービス自体はSaaSに比べて言葉や文化にしばられないかもしれないが、事業展開するには、結局言葉や文化の問題を避けて通れない。ディープテック・スタートアップが増えれば海外展開が容易になる、というほど簡単なものではないだろう。
と指摘されているように、「オープンイノベーション」という言葉には手垢がつき、またそれを目指して設立されたであろうCVCも、昨今では本来の目的や意味内容からかけ離れてしまったように感じることも少なくない。これは、大企業側の人材教育・育成が追い付いてないことも一因ではないか。自社人材を育成せず外部パートーナーに丸投げで任せている、ということはないだろうか。この点で、海外でもビジネスが可能な人材の育成とともに、オープンイノベーションの知見と経験を有する人材の育成も、引き続き課題であると感じている。
これまでの経験からも、日本のスタートアップの海外展開の大きなネックは、この言語と文化の壁にある。この問題をどうクリアしていくか。知恵と工夫も必要だが、結局は地道なスキルアップと場数を踏むことが求められるように思う。おそらく大企業の海外展開でも同じことではないだろうか。
若い人でも、そしてスタートアップ企業でも、英語を使ったビジネスが苦手で、海外でビジネスすることに必ずしも前向きではないケースは多い。この点は、日本人の英語力自体の問題というよりは、日本人に多くみられる「恥ずかしい」という気持ちが障害になっているように思うが、それによって英語を使う機会の場数を踏めなくなっており、そのために英語を使うことに慣れることができず、恥ずかしいという気持ちが温存されるという悪循環があるように思う。また努力して能力を身につけたことにどう報いるのかという、社員の評価制度の問題とも関係しそうだ。
最後に、ユニコーンについて。
これはスタートアップ固有の話になるが、記事中でも指摘されている通り、ユニコーンの定義に満たない企業規模でも上場しやすい日本の株式市場の環境を考慮しないままに、ユニコーン数を目標とするようなスタートアップ振興施策のあり方は問題があるだろう。国際比較の上では便利な指標だと思うが、こうした上場環境の違いを踏まえることは景気とは関係なく検討されるべきことだ。また、上場だけでなく、大企業による好条件でのスタートアップのM&Aが活発化することも有益なことと思われるので、こうした点も加味した指標があればと思う。