オンライン時代の小説のゆくえ(3)――ウェブトゥーンと接続する未来
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オンライン時代の小説のゆくえ(3)――ウェブトゥーンと接続する未来

まつもとあつし

三木一馬さんのLINEノベル終了を振りかえる記事を受けて、オンライン時代の小説がこれからどうなっていくのかを考えています。

日本最大のメッセージプラットフォームであるLINEを持ってしても、小説の展開が上手く行かなかった原因として、三木さんが挙げた要因の他に、LINEの実名性が拡散・共有に向いていなかったのではないか、という推測をしました。「小説家になろう」のようにパソコンでの閲覧・投稿を前提としたオンライン小説サイトは確固たる存在感を示しつつも、スマホネイティブな小説サイトがなかなか確立しない現状があります。

一方で、アニメ・映画といった映像コンテンツも、マンガやゲームも、はじめに「物語」が求められます。(いきなり映像やマンガなどになる場合も、クリエイターの頭の中には物語が存在しています)小説はエンターテインメントコンテンツの源泉であり、多種多様な物語が生まれ、多くの人に読まれ、何よりも才能あるクリエイターに創作の継続に必要な収益が還元される必要があります。そういった「場所」が従来のPCベースの小説投稿サイトに加え、スマホネイティブな場所で成立するに至る試行錯誤が続いているのだと言えるでしょう。

そんな中、三木さんがまたnoteに記事を投稿しています。冒頭で紹介した記事でも「これからはウェブトゥーン展開を強化していく」ことが宣言されていましたが、さらに詳しくその意図や狙いも説明されているのです。

端的に言えば、ウェブトゥーンは世界に読者が拡がっている。週刊誌→単行本という伝統的なバリューチェーンではなく、ウェブに直結したマネタイズを図ることができる。プラットフォームの優勝劣敗が確立しておらず、そのレイヤーからチャレンジをすることができる、といった点が非常に魅力的であると捉えることができます。

もう少し私なりの読み解きをすると、スマホでのコンテンツ消費はウェブ以上に極めてパーソナルで「動物的・本能的・直感的」なもので、ウェブトゥーン原作として期待されているジャンルとしての以下のようなリストが挙げられていることからも見て取れます。

・異世界転生もの(いわゆる現地転生含む)
・悪役令嬢もの
・復讐劇
・特定の知識が得られて爽快感に浸れるもの
・見た瞬間に狙いがわかるシンプルな願望充足系
・男性の欲望を掻き立てるエロもの
・同じく女性の欲望を掻き立てる耽美もの

逆に言えば、群像劇のように複雑な人間関係が描かれ、何度も読み返すことで味わいが出てくるような物語や、ミステリーのように伏線が幾重にも張られた物語は、少なくとも現時点ではウェブトゥーン原作としてはあまりマッチしないといえます。小説愛好家や従来の見開きベースのマンガ編集者からすると、「なんだか直線的で物足りない」とも感じられるような物語ですが、スマホベースのグローバル市場ではまずこれこそが求められている、ということが現状のウェブトゥーンのトレンドや各社の好調な売上から認めるほかない、といったところでしょうか。

小説(物語)はグローバルとローカルの2極化へ

では、これから小説はどうなっていくのでしょうか? 1つにはウェブトゥーンの原作となるような、普遍性をトコトン追求したグローバル型の作品が量産されるという方向性があるのは間違いなさそうです。これは何も悪いことではなく、多種多様な物語を生み出す土壌がある日本の強みを、スマホに最適化するために必要不可欠な第一歩と捉えるべきしょう。年齢を重ねると求める読書体験が変化していくように、新興国も含めた世界の読み手が経験を積み、より重厚・複雑な物語を求めるようになれば、物語の市場とバリエーションも拡がっていくわけです。

この方向性がグローバルなものとすると、もう一つの軸はそれとは全く逆の極めてローカルなものであるとわたしは考えています。日本国内でも、都市と地方で見えてくる景色が全く異なり、所得格差の拡がりから分厚い中間層というのはもはや幻想となりつつあり、価値観の多様化とコミュニティの分断が進んでいます。そこで求められる物語も「国民的」と呼ばれるようなものはもはやなかなか成立は難しく、「わたしたち(と社会)」ではなく「わたし(と社会)」のための物語へのニーズが急速に高まっていることを感じます。ごく小さなコミュニティの中でしか成立しない約束事、文脈、希望や絶望などを濃密に描く物語こそが求められ、時にそれは、同じ国や地方のなかでも文化人類学的に異国を訪ねるような体験を擬似的に提供するものとして、紹介され、消費される得るものになりつつあります。

ホームレスや社会的スティグマの立場に置かれた人々の絶望や希望を描いたこれらの作品は、分断を内側から深く描いたものとして象徴的だと感じます。もちろんスマホでサクッと読めて爽快感を得られるものではなく、読後はドッと疲労感を覚えるような種類の作品です。しかし一方で、こういった極めて(地理的にというよりも人間社会的に)ローカルな物語が重要性を増しているはずなのです。ビジネスという観点からは市場も分断される以上、ここに積極投資をするという動きはなかなか大きなものにはなりにくい(とはいえ、YouTuberのように個人・グループ単位であれば収益化が期待できる可能性もある)のですが、「読みたい」「書きたい」というマグマのようなものを私も地方にいて目の当たりにします。それを具現化した取り組みの1つが今年度も開催する「阿賀北ノベルジャム」とも言えると思います。

グローバルとローカル、一見交わらないようにも思える2つの方向性ですが、前述のとおり読み手の成長に応じて、求められる物語の「深み」も異なってくるはずです。また読書デバイスとしてのスマホも例えば2つ折りの端末=見開き読書体験を提供できる端末が登場してきています。

社会・コミュニティの分断は日本に限らず世界で進んでおり、そこ(スマホベース)で求められる物語も、いずれローカルなものに転換していく可能性もありうるでしょう。ローカルで鍛えられた物語の作り手がウェブトゥーンのようなグローバルな場で活躍する、そんな未来に期待をしたいと思います。

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。


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まつもとあつし
日経COMEMO KOL。ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。新潟の小さな大学でメディア・コンテンツを教えています。 → http://atsushi-matsumoto.jp ※ヘッダー画像はうめ先生。同じ記事に繰り返し「スキ」を送信される方はブロックする場合があります。