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6月の米利下げは本当に無いのか?

メキシコ関税見送りより雇用統計を見るべき
金融市場では米政権によるメキシコからの全輸入品に対する関税発動見送りを好感し、とりあえずは安堵の空気が拡がっています。しかし、その方針がトランプ大統領より示された2019年6月7日にはアメリカの5月の雇用統計が発表されており、その結果がかなり悲惨なものとなったことを捨て置くわけにはいかないでしょう。率直に言って、いつ再発するか分からない対メキシコ関税問題の収束よりも、市場予想を大きく下回る結果になった雇用統計の現状と展望の方がよほど心配です。そのような認識は債券市場では顕著になっています。米10年金利と3カ月金利の「逆イールド」(長期金利が短期金利を下回る逆転現象)化は3週間以上に及んでおり、少なくとも債券市場は、「金融引き締め→金融緩和」という局面変化の到来に構えています。

市場と企業の「不透明感」は異なる
米経済に打撃を与えかねない「メキシコへの関税見送り」は確かに良い材料です。しかし、少なくとも2つの不安があります。

第1に、今回のメキシコ騒動を通じて「通商と無関係のトピックであっても関税で脅迫して戦果を得る」というアプローチが「あり」だということになってしまいました。そもそも不法移民の流入数と関税の水準の間には何の因果関係もありません。にもかかわらず、メキシコはあっさり譲歩してしまいました。今後、別の国(日本かもしれない)が同じようなアプローチを食らう恐れが出てきたという意味で、不透明感は増したように思えます。とりわけ民間企業はそのように考える向きが多いのではないでしょうか。日計りの動きを繰り返す金融市場と異なり、民間企業の投資行動はより慎重を期して行われるはずです。今回のメキシコ騒動は企業のリスク許容度を毀損した疑いが強く、メキシコに限らずアメリカと通商関係でもめそうな地域への投資計画は逡巡せざるを得ないでしょう。一口に「不透明感」と言っても、企業のそれは市場よりも粘着性が強く、払拭は容易ではないと考えられます。

第2に、アメリカへの不法移民流入を防ぐためにメキシコが打ち出した今回の施策が実効性を持たなかった場合、トランプ大統領は間違いなくまた同じことをやるでしょう。実際、メキシコからアメリカに入る不法移民よりも、それ以外のルートから入ってくる移民の方が多いという指摘は目立ちます。本当に不法移民は減るのでしょうか。今回の一件については、そもそも移民問題で強く出られない米議会がトランプ大統領を制止することができなかったという側面もあります。やはり再発性の高いトピックに思えます。

市場予想の下限をも破った雇用統計
一方、雇用統計の悪化は本質的な問題として気にしたいところです。5月の非農業部門雇用者数(NFP)は前月比7.5万人増と、市場予想の下限(同8.0万人増)をも下回った。3月分は18.9万人増から15.3万人増へ 、4月分は26.3万人増から22.4万人増へ、計7.5万人減の下方修正となっています。つまり、5月の増分は3・4月の修正分を加味すればゼロという計算です。平均時給の動きも勢いを欠いており、5月分は前年同月比3.1%増と市場予想(同3.2%増)を割り込んでいます。いよいよ景気の変動に対して遅れがちに変化する雇用・賃金情勢も失速し始めた、との疑いを抱かざるを得ないでしょう。


そもそも歴史的な低水準である「4%割れ」の失業率は持続可能ではありません。2013年5月、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長(当時)が量的緩和の段階的縮小(テーパリング)を示唆し、正常化プロセスの着手を宣言した時、FRBスタッフ見通し(同年6月)で想定されていた長期失業率(≒自然失業率)は5.6%でした。それが今は3.6%ですFRBの想定以上に労働市場の改善が進んでおり、「働きたい人はおおむね働けるようになった」というのが今の米国経済の概観でしょう。5月の雇用統計はこれを確認する1つのサインであったようにも思えます。

失業率を見て動いてきたFRB
金融市場からの注目は、米国の雇用・賃金の失速が本物だとして、それをFRBがどの程度深刻に受け止めるかです。雇用や賃金は、景気の変動に対して遅れがちに変化する、いわゆる「遅行系列」です。本来はその失速が明らかになる前に金融政策は調整される必要があり、「次の一手」へのヒントにはなり得ないものでしょう。しかし、過去を振り返ってみると、アメリカの政策金利である「FF金利」と失業率の軌道は歴史的におおむね一致してきました。結局、FRBは雇用市場の失速とともに利上げを止め、利下げに転じてきたというのが実情に近いのだと思います。現状、アメリカの失業率は3.6%という半世紀ぶりの低水準で推移しています。これは最新のFRBスタッフ見通し(2019年3月時点)が想定する長期失業率(4.3%)と比べても、まだ相当低いものです。真っ当に考えれば、ここからさらに失業率が低下してくるとは思えず、むしろ失業率の上昇に合わせてFF金利が切り下がってくる局面の方が如何にもありそうではないでしょうか。

6月利下げもなくはない、か?
では、合理的に予想されるFRBによる利下げのタイミングはいつなのでしょう。FF金利先物市場の織り込みは、「7月」が80%弱とほぼ既定路線になりつつある。実際に7月以降、債券市場がメインシナリオに据える利下げが立て続けに行われた場合(現在は2回利下げがコンセンサス)、ドル相場の修正は一段と進むと予想され、対円で1ドル=105円程度、対ユーロでは1.16ユーロ程度を臨む展開は想定しておきたいところです。


しかし、市場が7月以降の利下げを見込んでいるからこそ、サプライズ狙いで6月18~19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げという決断も、なくはないかもしれません。なぜかと言えば、日欧よりはましとはいえ、FRBとて残された金融政策のカードに余裕があるわけではないからです。例えば1回の利下げ幅を「0.25%ポイント」とした場合、政策金利がゼロに達するまでにFRBが出せる利下げカードは9枚です。これを最大限に活用するならば、本来は望ましくないにせよ、より大きな効果が出る可能性があるサプライズ狙いの政策運営が志向される可能性もあるでしょう。多くの市場参加者は6月のFOMCを「無風」と読んでいそうですが、思わぬドル安・米金利低下の圧力をもたらすイベントとして構える必要があります。

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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)

04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です

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