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【レポート②】デザイン・マネジメントの国際学会に初めて参加してみた:「感性」を軸とした日本型デザイン思考

自国の言語では細かいニュアンスまで翻訳することができない外国語を表現する場合、外国語の表現のまま使われることがある。日本では、リーダーシップやコミュニケーション、キャリアなどの言葉がそうだろう。そして、英語圏にとっては、カイゼン(改善)やカロウシ(過労死)が日本語のまま使われている。このように、日本語のまま海外で使われるようになった言葉の中に「感性」がある。その切っ掛けを作ったのは、広島大学工学部の長町 三生教授だ。

長町教授の提唱する、感性を基軸としたエンジニアリングの在り方「感性工学」が、今回の学会で筆者が参加したセッションの中で最も興味を惹かれるものであった。本稿では、長町教授の提唱する感性工学について簡単に触れると共に、人材マネジメント領域へ応用して考えた際のユニークさについて考えていきたい。


そもそも、感性とはどのような言葉だろうか。一般的には、「感性が鋭い」「豊かな感性」というように、物事を心に深く感じ取る感受性や情緒といった感覚的認識能力を総括した言葉として捉えられるだろう。感性という言葉には、感情や精神面の動きだけではなく、外界の刺激に対して知覚や感覚を生じるといった身体的な要素も多分に含まれる。

長町教授は、新製品開発や新規事業開発において、ユーザーや消費者の感性を軸として設計する工学的なアプローチを用いることでイノベーションを生み出すことができると述べる。そもそも、工学の領域では論理的で分析的な客観を重んじ、情緒や感情といった主観的な側面は重要視されない傾向にある。感性工学では、主観的な側面を強く持つ感性と工学の科学的手法を融合させ、新たな価値を創造する比較的新しい技術工学である。

1998年に日本感性工学学会が組織されているが、日本よりも海外の大学や研究所で注目を浴びてきた歴史がある。"Kansei engineering" や "Affective engineering" と翻訳され、感性工学の手法は高度な統計処理や人工知能を活用して、ソフトウェア開発も進んでいる。長町教授は、感性工学における貢献で、1993年にはアメリカ人間工学会より、日本人としては3人目となる「優れた外国人研究者賞」を受けている。


感性工学では、商品やサービスのコンセプトが決まると、顧客やユーザーの心を動かす「感性」は何かを探ることから始まる。例えば、若者の心を躍らせるスポーツカーを開発したいと思ったのならば、スポーツカーのどのような要素が若者の心を躍らせるトリガーとなるのか、カギとなる刺激と感性を徹底的に観察手法で調べ上げる。そうすると、スポーツカーの最高速度や最先端のメカニズムといった機能面ではなく、新たな価値が浮かび上がる。それは、発進時や加速時に聞こえるマフラーからのエキゾースト音であったり、道行く人が思わず振り返ってしまう後ろ姿の流線形、初めてあった人に助手席に乗りたいと言わせる座席周りのデザインであったりする。

ユーザーや消費者の感性に直接訴えかける新たな価値を探し出し、新商品やサービスが訴求すべき感性を軸として開発プロセスを進めていくことが、感性工学のユニークなところだ。実際には、感性を探し出し、開発プロセスに落とし込んでいくには熟練やノウハウが必要であり、長町教授は膨大なデータベースや人工知能などのツールを駆使することで実現している。


感性工学は、直感や感動といった右脳的な認知能力と科学的な手法という左脳的な認知能力を組み合わせることでイノベーションの創出を狙いとする。このような右脳的な認知能力と左脳的な認知能力の組み合わせが、近年、イノベーションの源泉として注目されている。

ミハイ・チクセントミハイ教授の「フロー体験」やテレサ・アマビレ教授の「内発的動機と創造性の発揮」、エドワード・デボノ教授の「水平的思考」に代表されるように、漸進的ではない大きな変化を生む発想は右脳的な認知能力が強く作用することが指摘されてきた。論理的思考や批判的思考のような左脳的な認知能力からは、大きな変化を生む発想は生まれにくい。一方で、突飛で独創的な発想は、実現可能性に乏しく、荒唐無稽であると判断されがちだ。そのため、右脳的な認知能力と左脳的な認知能力をどのように組み合わせるのかが重要なテーマとなってくる。

感性工学は、右脳的な認知能力と左脳的な認知能力を組み合わせ、イノベーションを生み出すためのツールとして実績のある手法だ。右脳的な認知能力である感性は、顧客やユーザーに提供する新たな価値であり、競合他社との差別化要因となる。それは前稿で述べた、ビジョン先行のデザイン思考と通じるものがある考え方だ。左脳的な認知能力は、感性を顧客やユーザーに届けるためのデザインやプロトタイピングといった開発プロセスで活用される。

つまり、イノベーションを志向するのであれば、右脳的な認知能力と左脳的な認知能力を活用する場面を目的に応じて使い分けることが重要になる。感性工学では、右脳的な認知能力は専ら顧客やユーザーに提供する感性を明らかにするプロセスで用いられる。このプロセスは、最近、注目を浴びている顧客体験(User Experience)の概念と共通するところがある。そして、顧客やユーザーに対して、どのような方法で伝えたい感性を届ける(デリバリーする)のかという開発プロセスで左脳的な認知能力を使い分ける必要がある。この使い分けを学び、漸進的ではない、新たな価値を顧客やユーザーに届ける手法として、感性工学から学ぶことは多い。


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