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ドラギECB総裁は利上げできずに退任へ

3月7日に実施されたECB政策理事会の決定が市場に変動をもたらしています。大きな変更点は2つ。1つ目はフォワードガイダンスが修正されたこと、2つ目はターゲット型長期流動性供給第三弾(TLTRO3)の実施方針が示されたことです。前者は予想通りで、後者は予想外でした。

まず前者。フォワードガイダンスはこれまで現行の「少なくとも2019年夏までは」という表現を使用し、夏明け(9月頃)の利上げを示唆していましたが、もはやこれを市場で信じる向きはなく形骸化していました。それゆえ修正は必至と見られていました。しかし、修正された表現が小刻み過ぎるのではないかという懸念が私の第一印象です。9月を12月に伸ばしたことになるわけですが、金融市場は2020年春まで利上げはないと思っています。無理に「年内」という約束をする必要はなかったと思うのですが、やはりドイツを筆頭とするタカ派勢に利上げ後ズレを分かって貰うためにはこれしかなかったということなのでしょうか。私はこれも近い将来、修正する必要が出てくると思っています。いずれにせよ年内の低金利を約束したことによって、10月いっぱいで退任するドラギ総裁は1度も利上げすることなくその座を去ることになります。ドラギ時代は危機対応に支配されたまま幕を閉じます

一方、後者には意外感がありました。もちろん、2020年6月に既存の流動性供給策(TLTRO2)のまとまった幅の償還が行われることを踏まえれば、1年以内の流動性比率を改善することを企図したTLTRO3は2019年6月までに実施する必要がありました。しかし、1月会合でこれといった予告が行われていたわけでもなく、ドラギ総裁もあくまで1月はリスクバランスの修正に議論の大半が費やされたと話していました。それだけに今回、一足飛びに実施の決定まで至ったのは驚きです。今回、市場がユーロ売りで反応したのは明らかにTLTRO3に構えてこなかった市場の動揺を表していると思います。

なお、上記2点の修正に加え、3点目として見るべきポイントがありました。それはECBスタッフ見通しの修正幅です。平時においてこれほど大きな下方修正はかなり珍しいものであり、その意味において「平時とは言えない」という意図も私は感じました。昨年12月時点の予測と比較すると、実質GDP成長率に関し、2019年は+1.7%から+1.1%へ、2020年は+1.7%から+1.6%へ、2021年は+1.5%で据え置きとなりました。たった3か月で目先のGDP見通しが▲0.6%ポイントも引き下げられるのは異例です。この間、特別なショックが起きたわけではないことを思えば、やはりユーロ圏経済を最もウォッチしているはずのECBでもドイツを中心とする失速の度合いは単に甘く見ていたということなのかもしれません(ちなみに3/6に公表されたOECD世界経済見通しでは+1.0%とさらに弱気です)。なお、ユーロ圏消費者物価指数(HICP)に関しては、2019年が+1.6%から+1.2%へ、2020年は+1.7%から+1.5%へ、2021年は+1.8%から+1.6%へ引き下げられました。GDPの▲0.6%ポイントと整合的にHICPも▲0.4%ポイントとかなりまとまった幅で修正されています。正常化プロセスの手を止め、流動性供給策を(事前予告無しで)打ち出す以上、それと整合的なスタッフ見通しが必要になったということなのでしょう。

しかし、そのようなスタッフ見通しとの整合性を意識するのであれば、フォワードガイダンスはやはり中途半端な修正にとどまった感があります。直感的に「2019年のHICPが+1.2%なのに年内利上げを示唆するのは適切なのか」という疑問はあります。

【為替相場への影響】
 2019年を中心としてこれだけ経済・物価見通しを大幅に引き下げた以上、よほどの想定外のショックがない限り、経済・金融認識の修正に伴う追加緩和は難しくなったようにも思えます。実際問題として、「拡大資産購入プログラム(APP)の再開」という大きな一手を除けばECBにはもう殆ど手が残されておらず、これを使うタイミングは相当慎重を期してくるでしょう。もちろん、フォワードガイダンスを再び伸ばすことは大いに想定されるがそれは市場予想の後追いであり、今回がそうだったようにそれほどユーロ売りには効かないと考えたいところです(今回のユーロ売りはTLTRO3決定に反応したものでしょう)。

かかる状況下、当面、ECBがさらなるユーロ売り材料を提供してくる可能性はあまり高くないというのが私の見立てです。一方、会見でもドラギ総裁が言及していたように、2019年の米国経済はトランプ減税の効果が徐々に剥落していく(a waning effect of the fiscal package)ことが予想されます。ドルは金利も通貨も頭一つ抜け出たポジションにあることを思えば、より調整に晒されやすい通貨でしょう。対ドルでのユーロ相場は今が底値付近にあるかも・・・私は今のところそんな印象も抱いています。

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