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 あこがれの都、東京

 私は、18才で実家のある山形県酒田市から上京し、それ以来、東京に40年以上住んでいる。この間、日本が大きく変わったし、東京も変わった。
 ただ変わらないのは、東京が常に私にとって新たな世界への扉を開く場所であり、人との出会いをもたらしてくれる刺激的な場所であることである。思い返せば、田中康夫氏のデート本を参考に、「東京ラブストーリー」もどきを演じていた若い頃は、今思えば恥ずかしくもあるが、その結果、伴侶にも出会い、今の家庭や人生がある。きっと東京都はこれからも、そんなある種の背伸びを通して、人が殻を破り、昨日の自分を超えることによって、人を新たな世界に導いてくれる場所であり続けるだろう。

 これまでの東京

 ただ、これまでとこれからでは、その背伸びの方向が大きく変わる。これまでの40年は、20世紀に端を発する規格大量生産の時代だった。ともかく標準化されたモノ、サービス、ストア、プロセスを規模拡大してあまねく届ける時代だったのである。東京は、その中で先端的な商品やサービスの市場拡大を牽引する中心的な場所ではあった。ただ、それがもらたしたものは、例えば中央線では、どこの駅前にいっても、同じようにコンビニがあり、ハンバーガーショップや牛丼屋があり、携帯ショップがありというそれぞれの町の付加価値の低い状況になった。これが規格大量生産の時代の象徴である。しかも、この状況は、人が求めるモノとずれてきている。もっと個人一人一人に寄り添い、多様で変化するニーズに応えることが求められている。時代はまずここで大きく変わりはじめた。

 人の要求の変化

 これからの東京はどう変わるべきであろうか。
 エイブラハム・マズローは、人間の本来もっている要求には6つの階層があることを指摘した。我々は、当然ながら(1)「生存」や(2)「安全」を希求する基本的な要求を持つ。さらに、人は一人では生きていけないので、コミュニティや家族の一部に(3)「帰属」することや周りからの(4)「承認や愛情」は求める。しかし、周りからの承認にいつまでも頼っていては、独り立ちできない。周りに頼る生き方からの脱皮を図るために若年期には反抗期が現れ、その後も違った形で(例えば脱サラという形で)独立する要求が現れる。そして、その人なりの生きがいや自分らしさの追求、即ち(5)「自己実現」を求める。しかし、結局、人は本来一人では生きていけない種であり、この「依存と独立」という二項対立それ自体が不安定の原因である。この不安定を克服し、持続的な幸せを得るため、人に自ら与えたり貢献したりして、そして、また人から与えられる関係、即ち自律的な相互依存の関係をつくる(これを(6)「超越や利他」と呼ぶ)要求を持つ。これらの6つの要求は、人類が種の繁栄のために、すべての人が本能的にもっている要求である(人格者だけが上位の利他の要求をもつというのでではない。階層の上下の意味は、下位の要求が脅かされた時には、一時的にそれへの対策行動がより上位の要求より優先されるという意味である)。
 このマズローの要求に照らせば、20世紀後半から今までの都市とは、テクノロジーを使って、比較的下位の「生存」「安全」「帰属」「承認」などの要求を満たしてきた場であった。基盤となる電気、水、家電、通信、道路、交通、流通網、物流網などのインフラ、さらに最近ではその上のソーシャルメディアは、下位の要求を満たすための限界費用を技術の力で下げてきたである。そして、そのために規格大量生産が必要だったのである。
 
 ハピネス&ウエルビーイング:最上位の目的

 マズローに照らして考えれば、今後の都市の姿は、最上位で、そして最も重要な要求を満たす場に必然的になっていくと思う。
 これは、「生きがい」「働きがい」「利他」「相互依存」を通じた「持続的な幸せ」の追求であり、まとめれば「ハピネス&ウエルビーイング」(Happiness & Wellbeing=H&W)を追求する場としての都市である。これが今最も答えられていない本質的な要求だからである。
 このハピネス・トーキョーの具体的な姿を想像してみよう。ハピネス&ウエルビーイングは、社会の最上位の目的である。しかし、この目的を追求する手段は、それぞれの地域や組織、さらには人ごとに異なり、多様である。これこそが、従来の標準化と横展開を基本とする時代との最も大きな違いである。すなわち、大きなハピネス&ウエルビーイングという共通の目的を追求するために、それぞれの特徴や強みを活かし、工夫し、挑戦し、学習することで、置かれた場所にふさわしい花を咲かせるのである。それぞれの人や組織や地域が、皆のハピネス&ウエルビーイングのために、常に試行錯誤をして学ぶのである。ハピネス・トーキョーとは、常に実験と学習を行う場所である。安易に標準化や横展開をせず、それぞれの地域や人が、実験から学ぶことによって、地球上の生命の信じられない多様性に学び、その結果、どの駅前もコンビニと牛丼と携帯ショップという付加価値の低い状態から卒業するのである。

データとAIの役割

 そして、その実験のコストを抜本的に下げるための手段が、データの収集とAIによる学習である。ハピネス・トーキョーは、常に人や組織が実験を通して新しい探索を行い、そのためにデータとAIを最大限活用した都市になるであろう。
 よくある誤解が、データを集約し、AIを使うことで、皆が同じ答えになる、という見方である。阿佐ヶ谷も高円寺も差がなくなるのではという心配である。これはAIやデータの不理解に基づく誤解である。Amazonでは本がAIのアルゴリズムによってレコメンドされている。ここでAmazonでレコメンドされる本が、人によって全く異なるのは、データとAIを使った答だからである。これに対し、従来の書店でのお勧めは固定的である。最近の売れ筋や書店としてのお勧めを目立つところに置くのが普通だが、この従来のやり方こそが、個性が出なくなる原因である。AIやデータはより個別化された答をだすための手段なのである。
 
 最も大事なこと「心の資本」

 このような実験と学習を通じたハピネス&ウエルビーイングへの挑戦を常に行うためには、人には精神的なエネルギーが必要である。これを経営学の言葉では「心の資本」と呼ぶ。心の資本とは、人が持続的な幸せを持つために重要な心理的な要因を明らかにしたもので、4つの要素からなる。即ち、自ら道を見出し、自信をもって行動し、困難には立ち向かい、常に前向きなストーリーを描く力である。これはHope、Efficacy、Resilience、Optimismの頭文字をとって、HERO withinと呼ばれている。この「心の資本」の数値は、持続的な幸せ、心身の健康、業績や生産性、離職などと強く関係することが既に確かめられている。
 ここで「心の資本」が低い状態を想像してもらいたい。自分では道を見出せず、自信がないので行動できず、難しいことを前にすると立ち止まり、常に物事を後ろ向きに捉える状態である。そのような人が多い都市は、幸福度が低く、心身の調子が低下し、業績や生産性が下がり、離職が増えるのは当然である。そのための社会コストもかかる。
 ただ、この「心の資本」の理論から明らかなことは、持続的な幸せは、決して「楽(らく)ではない」ということである。我々が生きがいを持ち、働きがいをもつためには、常に心の資本を高め、工夫し挑戦していることが必要なのである。ハピネス・トーキョーは、常に実験と学習を通じて挑戦する人の都市である。そして、常にその目的は、皆のハピネス&ウエルビーイングなのである。
 
 加齢の意味が変わる

 この実験と学習を通じた継続的な挑戦が特に重要なのは、高齢者であろう。
 実は、従来の規格大量生産の時代に必要だったのは、標準化されたルールやマニュアルに書かれていることを素直に従う人なので、元気で若くて、従って給与も低くてよい人が求められたのである。そして、ある年齢を超えた人は、この条件から外れるので、一律に退場してもらう仕組みである「定年制」が設けられたわけである。この仕組みは、この規格大量生産時代のモデルに則ったものである。今、このような仕事はコンピュータで置き換えた方がよい仕事になった。今や、全ての人は実験と学習の主役になる時代がやってきたのである。
 この実験と学習には、年齢は全く関係がない。むしろ、年齢を経た人の方が、経験を通して、未知のことに関する勘が働く可能性もある。これからの都市は、高齢まで「心を資本」を高く維持し、常に実験と学習を通して、挑戦し続ける都市をめざすべきだと思う。それは生きがいに繋がり、心身の健康にも社会の生産をも高める可能性が高い。
 このように、ハピネス・トーキョーをつくるには、全員が前向きに、幸せな社会をつくるためにそれぞれができることで貢献することが必要である。見えるのは、日々の生活や仕事の中に小さな挑戦やそれによる小さな勝利を埋め込むことにより、命が続く最後の日まで、実験と学習を続け、周りの幸せに貢献し、日々小さな勝利をおさめる姿である。
 
 ハピネス通貨/ハピネスインフラ

 ハピネス&ウエルビーイングの世界の都(みやこ)としての東京は、人々が周りと共感や信頼を生み、周りを幸せする場所にしたいものだ。
 この仕組みについても、テクノロジーが活用できる。最新のセンシングとAIのテクノロジーを使えば、共感や信頼を生むことによって人が周りを幸せにしていることをスコア化が可能である。このスコアを例えば地域通貨に変換できる仕組みなどを作れれば、多くの人々が、楽しみながらハピネス・トーキョーに貢献できる仕組みが可能になるだろう。
 この仕組みがあれば、交通、水道、ファイナンス(融資/出資)、エネルギーなどのあらゆるインフラの制御や判断は、このハピネス&ウエルビーイングを高めることを目的変数として、データによる的確な制御や判断が可能になる。このためには、従来固定ルールで運用されているこれらのインフラを、より柔軟かつ動的に変更できることが必要になる。そのような先進的なハピネス・インフラによって、東京は、世界的な都市作りの見本となるであろう。
 
 ハピネス&ウエルビーイングの世界の都に向けて

 このように、東京は、このハピネス&ウエルビーイングという潮流において世界を牽引する都市になれると思う。即ち、世界の都になれる潜在力があると思う。夢を皆さんと実現したい。

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