見出し画像

入社後3年間のキャリア提示が採用の成否を分ける

「一流大学に入り、一流企業に入れば将来は安泰」

90年代後半にキャリア教育の重要性が叫ばれるようになってから、このような価値観が疑問視されてきた。その反面、学生の大企業志向が変化することはなく、大企業も中核人材は終身雇用制で活躍してきた高学歴人材であることが多かった。そのため、大学新卒の大企業志向は30年間、いつか変わるだろうと思われつつも、大きな変化が起きることもなかった。

しかし、日経新聞の記事にある通り、「一流大学に入り、一流企業に入れば将来は安泰」という構図が、いよいよ本格的に過去のものとなりそうだ。


変化は、希少な専門性を有した学生から起きる

日経新聞の記事では、東京大学のITエンジニアを中心に、NTTのような伝統的な大企業ではなく、プリファード・ネットワークスのような新興企業が選ばれるようになっていると紹介している。

AIやロボティクスなどの先端技術を持つ人材は、全世界的に人手不足であり、人材獲得競争が激化している。そのため、学生の志望度を上げるために、採用条件や労働条件に柔軟な対応が求められている。米国ではそのために行き過ぎた福利厚生や高収入に疑問視する声も出てきている。一方、日本では活躍する保証のない学生に対して、高額な報酬や労働環境整備に投資することに及び腰な企業が多い。DeNAやサイバーエージェントなど、高額の報酬を支払う企業も出てきてはいるが、それでも米国や欧州の他の先進諸国と比べると決して好待遇とは言えない水準だ。

そのような中、労働条件に柔軟性を持たせることができていない大企業が、学生から選ばれないのは資本主義経済の原則に従えば至極当たり前のことだ。また、彼らは自分の専門性の賞味期限に対して敏感だ。現在はAIブームのためにもてはやされているが、いつ新たな技術に取って代わられるのかはわからない。そのため、現在の専門性を高く評価し、同時に新しい専門性を身に着けることのできる企業に魅力を感じる。そうすると、雇用は保証されるがスピード感の欠ける大企業は、自分の専門性が陳腐化するリスクが高まってしまう。

現在は、ITエンジニアで主にみられるこの現象だが、同様のロジックは様々な学生にも当てはまる。例えば、グローバル人材や優れた起業家精神を有する人材もニーズが高まっているが、大学を卒業した直後の新人がグローバル・ビジネスのプロジェクトや新規事業開発の中核メンバーとして活躍できるケースは大企業では稀だ。

クラウド技術が全世界に浸透する2010年代までは、グローバル・ビジネスや新規事業開発は大企業ではないとできない仕事だった。中小企業のグローバル化は、取引先の大企業の海外進出に引っ張られるケースがほとんどで、その時の段取りは護送船団方式で銀行や総合商社が助けてくれていた。しかし、クラウド技術がゲームを変えてしまった。企業規模に関わらず、ビジネスを全世界に展開することを可能にしてしまった。メルカリのようにベンチャー企業が独力でグローバル化を果たすケースが増えており、大企業でしかできない仕事が減っている。


優秀な学生は成長機会を求める

優秀な人材を採用するときに、給与や処遇面に目が行く採用担当や経営者は多い。曰く、「優秀な人材が採用できないのは、給与面での差が大きすぎるためだ」という。たしかに、報酬の提示額は求職者にとって大きな判断材料だろう。しかし、給与差が必ずしも良い影響を及ぼすとは限らない(尤も、提示された給与差が1.5倍や2倍も開きがあると異なるのだろうが)。

スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授が1980年に発表した論文によると、スタンフォード大学でMBAで取得した学生で、給与に魅かれて就職先を決定した場合には「将来も長く働きたい」という意欲を高める効果があるが、仕事に対する満足度が低下する傾向にあるという調査結果を出している。一方、仕事そのものへの興味や成長機会に魅力を感じて就職先を決めた学生は、仕事への満足度も貢献意欲も高まる傾向にあった。

同様の結果は、筆者の調査でも明らかになっている。日本企業で働くインド人エンジニアに、日本本社とインドの現地法人の両方でインタビューを行ったところ、ほぼ全員が就職先を決める上で最も重要なことは「成長機会」であり、労働市場における自分の価値を高めることが誘因となっていた。

また、シリコンバレーのロボティクス会社の採用担当者にインタビューした際にも、同様の答えを聞くことができた。なぜ優秀な人材を高額な報酬を払わずに採用できたのかを質問すると、ロボティクスに関わるプロジェクトに参加することがエンジニアにとって市場価値を高める結果になるためだという返答があった。

つまり、会社に入ることで、どのような成長機会が得られるのか、魅力的なストーリーの提示が優秀な学生を獲得する上で重要なファクターとなる。しかし、残念ながら、入社後の仕事内容を保証しているような大企業はほとんどない。また、入社後の仕事内容を保証するには、ゼネラリスト志向や会社主導の人事異動という従来の人事システムを変えるには大きな労力が必要となるため、軽々に動くことができないという事情もある。


まずは、入社後3年後のキャリアと成長機会を明示化させよう

それでは、優秀な学生を採用するために、企業は何をすべきなのだろうか。

筆者は、入社後3年間のキャリアと成長機会を明示し、自社に入ることのメリットを保証することだと主張したい。これは、「実際の業務にあたることで、高い営業力を身に着けることができる。」「様々なプロジェクトに参加することで、エンジニアとしての基礎力を高めることができる」のようなボンヤリとした内容ではない。「〇〇というプロジェクトに参加し、1年目には自然言語のスペシャリストのスキル取得、2年目にはプロジェクトの補助をこなすコーディネーション、3年目にはプロジェクト・リーダーとしての経験を積ませる」くらいの具体性が必要だ。

筆者が調査したIT企業では、定着しない中途採用者への対策として、入社直後に配属する部署を固定化し、そこで育成した人材を他の部署に異動させるというルートを作っていた。そのことによって、「入社することで成長できる会社」というブランドを構築し、定着率の向上と採用力の強化に成功していた。

また、欧米企業においても、優秀人材に対して入社後数年のキャリアを明示化することで誘因としている企業も増えている。AXAやAirbus、Pepsi-co、ORANGEなど、新卒向けの入職経路として、人材育成を主目的として3年前後のキャリアを明示したプログラムを設けている。


「学生は真っ白な方が良い。仕事に必要なことは会社に入ってから教えます」

このような口説き文句で、トップ層の学生を採用できた時代は終わりを告げようとしている。優秀な人材を採用したいのであれば、人材育成の制度を見直し、市場価値の高い人材の育成を強みとすることが求められている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?