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「マクロのアベノミクス」から「ミクロのスガノミクス」へ?~金融政策→構造改革~

16日、菅義偉官房長官が臨時国会で第99代首相に選出され、いよいよ菅新内閣がスタートします。任期は安倍首相の残した2021年9月までの1年間となります:

目先の注目点は内閣改造の是非となりそうですが、やはり2021年10月に任期が切れる衆議院議員の解散総選挙、そして2021年9月の自民党総裁選挙が政治的にはより重要なテーマになってくるのでしょう。下馬評では前者が近い将来に到来するとの見方が多く、10月解散シナリオがまことしやかに囁かれています。選出後、菅氏は記者会見で「規制改革は徹底してやりたい」と表明し、携帯電話の料金引き下げや中小企業や地方銀行の再編、そして行政のデジタル化を含めた新型コロナウイルス対策への意欲を示しています。

こうした一連の動きについて、金融市場は「既定路線の確認」と受け取る向きが殆どで、事実、値動きは穏やかです(海外要因で今はやや円高が進行中ですが)。菅新政権はあくまで「安倍政権の居抜き」であり、レジームチェンジトレードを展開することは難しいと考える向きが多いのでしょう。

安倍政権の爪痕が残る「政治と金融政策」というテーマ
今回、「菅官房長官が総裁選に出馬」という一報を受けてから、最も受けた照会が「菅次期政権における金融政策運営の展望と相場への影響」でした。7年8か月前、民主党から自民党への政権交代と共に大相場が到来したことを思えば、そのような関心の持ち方は理解できます。

ですが、「政権が代われば金融政策も大きく変わる」という考え方は本来不適切なものでしょう。政府・与党が抱く金融政策の志向に着目し、その志向に沿って政策運営が展開されると予想することは無意識的に「中央銀行の独立性」を放棄しているようにも感じられます。もちろん、世界的に「物価が上がらない」ことが問題視されている状況下、そもそも「中央銀行の独立性」は必要なのかという根本的な議論はあっても良いと思います。しかし、それは非常に大きなテーマですから、今回の本欄で是非を議論することはしません。重要なことは、今回の突発的な政権交代劇を受けて、多くの人々の意識が反射的に金融政策運営に向かったことは「政治と金融政策」というテーマに対して安倍政権の残した爪痕が非常に深いものである、ということではないでしょうか。

もっとも、幸か不幸か日銀の「次の一手」は枯渇していますし、市場もそれを分かっています。日銀は今や日米欧三極で最も論点の少ない中央銀行です。イールドカーブコントロール(YCC)導入で表舞台から存在感を消すことに成功し、無為な市場期待に付き纏われなくなったという事実は、黒田体制下の日銀が成し遂げた「地味な偉業」だと筆者は考えています。そして、市場だけではなく、日本の政局からも日銀の存在感は消えかかっており、今回の総裁選でも、市場の注目とは裏腹に殆ど議論の対象にはなっていませんでした。恐らく次回、政治と日銀が交錯する局面が来るとしたら、来年3月、桜井審議員が交代するタイミングでしょうか。

コロナ禍が続く以上、機動性に優れた金融政策への期待が消えることはないでしょうが、世界的な潮流も踏まえ、その政策対応の中心は財政政策、すなわち政府にならざるを得ないと考えます。

「マクロのアベノミクス」から「ミクロへスガノミクス」へ?
では、政府の役割という点に関し、菅氏の胸中はどのようなものなのでしょうか。既に色々な報道が出ています。菅氏は総裁選最中の公開討論会で新型コロナウイルスの感染拡大を受けた経済政策について「これで(影響が)収まらなければ次の手を打っていく」と述べており、財政出動に関し「次の一手」の可能性を否定していません:


ただ、事前報道を見る限り、菅氏は「財政政策で景気を押し上げる」というよりも「構造改革を通じて効率性を高めたい」という意欲が強そうです。携帯電話料金の引き下げや地銀・中小企業の再編、厚生労働省の再編、各省の政策を一元化するデジタル庁の創設などは目先の景気刺激よりも構造改革を通じた日本経済の潜在成長率向上を企図しているようにも見えます。とりわけ総務大臣(2006年)および副大臣(2005年)を歴任した知見を活かして通信業界へ深く切り込んでいくとの見方は根強く、「菅首相 vs. 通信大手企業」は既に次期政権のアイコンのように扱われています。当然、株式市場ではこれに応じた動揺もはっきり見られています:

通信費引き下げはリフレ政策との整合性に難があるように思えますが、世論の支持は高いはずです。携帯電話料金が下がって嬉しくない人は基本的にいないでしょう。解散総選挙を睨むならばこのテーマへの語気が強くなることが予想されます。また、菅氏は総務大臣時代、内閣府特命担当大臣として地方分権改革に当たっていた経験もあります。地方経済振興の主柱であったインバウンド需要が消滅した今、菅氏がこのテーマにどう切り込むかは手腕の見せどころに思えますが、コロナ禍で実体経済が委縮する中、そこまで意識が及ぶのは難しいかもしれません。

コロナ対策を脇に置いた上で次期政権を展望するならば、アベノミクスが「金融政策を中心としたマクロ経済政策運営」を主眼としていたのに対し、スガノミクスは「構造改革を中心としたミクロな産業政策運営」の色合いが濃くなりそうな雰囲気があります。新総裁に選出された直後の挨拶で「役所の縦割り、既得権益、あしき前例を打破して、規制改革を進めていく」と述べた以上、やはりテーマは構造改革になるのだと思います。

とはいえ、菅氏が「やりたいこと」に注力するためには今年の秋冬の新型コロナウイルス感染拡大について大過なく切り抜ける必要があるのも事実でしょう。「感染症と戦うための非常事態モード」は未だ不変であり、政策選択には強い制約が出てくるはずです。また、金融市場は構造改革のような長い目線の話を材料にすることはありません。市場参加者が注目するのは感染症対策について大きな失点なく最初の半年間を手堅い支持率と共に切り抜けられるかという点でしょう。この意味においては、まずは解散総選挙を経て「民意を獲得した政権」という建付けを築き、秋冬は無難な安全運転を心掛けた方が良いのだと思われます。

試乗の発射台は高め。下方リスク大きめ
最後に金融市場の目線から付け加えておきたいこともあります。歴史を紐解けば、日本経済(ひいては時の政権)の不幸は円高ともに到来することが多かったのは周知の通りです。対米金利差が消滅していることや、貿易収支構造が変化していることなどもあって安倍政権はコロナ禍の中でも円高に見舞われずに済みました。恐こうした市場環境は菅政権にも引き継がれていますので、円高に付き纏われ無力感を感じる民主党政権のようなことはならないと思われます。

しかし、今から思えば超が付くほどの円高・株安と言える水準、言い換えれば「どん底」から始まった第二次安倍政権とは異なり、菅政権の発射台はかなり高いところから始まるのも事実ですそれなりに下方リスクが大きめの市況を引き受けたと見ることもできます。実質実効為替相場ベースで見れば、第二次安倍政権が発足した2012年11月は今より2割ほど円高でした。
足許では新型コロナウイルスの感染拡大が抑制傾向にあり、世界的にも感染者数は再加速しているが死者数が増えないという傾向も指摘されています。その科学的根拠について筆者は多くを語れませんが、弱毒化を指摘する声も出始めているようです。そうであれば良いなと願うばかりです。

もし、巷で言われる通り、10月に解散・総選挙となり、政府・与党が勝利を手にした場合、菅政権は名実ともに民意を得たことになる。11月以降、本格的に菅政権が始動し、無事に越冬することができれば「一番大変な時にバトンを渡され、それを乗り切った首相」として長期政権への橋頭保を築くことになる可能性も秘めているでしょう。

少なくとも、新型コロナウイルスとの兼ね合いを踏まえれば、金融市場は秋冬を挟んだ今から半年程度が山場となる可能性が高そうです。ここを乗り切れば米金利の上昇と共にドル/円相場が盛り返してくる公算が大きいはずです。そうなった場合、日経平均株価も底堅く推移するでしょう。円安・株高を前提とすれば、政権支持率も堅調を維持できるはずです。その上で構造改革を中心とする菅政権の真価が春先以降、試されてくるというのが現時点で抱ける最大限の展望でしょうか。

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