幸せの俯瞰図

幸せの俯瞰図(その1):ホメオスタシスとの関係


 「幸せ」について講演する機会が多い。今週だけでも、中東からの使節団、経済大国の大使、政党の勉強会、若者向けなど、4回講演させていただいた。さらに、これに関連して、今週は日経新聞の一面(2019/11/27朝刊)に名前を出していただいた。
 このように、幸せについて関心を持つ人は多いし広い。皆がどうしたら幸せになれるかを知りたいのだ。しかも大変熱心に講演を聞いてくれる。ある意味で当然かもしれない。明らかに最も大事な問題だからである。
 一方、幸せという言葉はあいまいだ。このため、自分として、どう受けとめてよいかがわからないという反応も見受けられる。
 これもある意味当然である。自分と直接関係のない学問(生物学や建築学)の勉強なら、知らないことを勉強して知識を得るだけである。
 しかし、幸せとなると事情は異なる。毎日の人生や仕事と直接関わってくるので、自分もある意味で当事者としてある程度知っているし、自分なりの理解もある。この自己の経験や自己流の理解と、科学的に得られた知見を、どう折り合わせるかに迷うのだと思う。
 これを整理して分かりやすく、しかも科学的な正確性を落とさずに伝えられないか、といつも思ってきた。そこで、本稿、および次稿では、2回に分けて、この幸せという概念の整理に挑戦してみたいと思う。このために、これまでの既に知られている様々な科学的な知見をフルに活用したいと思う。
 
 まず幸せに関する概念としては、「幸せ(あるいは不幸)という状態」と「幸せ(あるいは不幸)に影響を与える要因」(行為や環境など)に明確に分けるのは重要である。前者は幸せという「人のよい状態(よくない状態)」のことで、後者は「よい状態(よくない状態)になるための手段」であり、具体的な行為や環境などのことである。
 例えば「甘い物を食べるのが幸せ」「子どもと一緒にいるのが幸せ」「人生の目標に近づくのが幸せ」「エアコンで冷えた部屋にいるのが幸せ」などと言うときの「幸せ」は、いずれも後者の「よい状態になるための手段」のことを指している。「甘い物を食べる」「子どもと一緒にいる」「人生の目標に近づく」「エアコンで冷えた部屋にいる」という手段(行為や環境)が、その人にとっては、幸せになるために有効だといっているのである。この意味での手段としての幸せは、人それぞれ、また文化によって多様で異なるものである。
 一方、「幸せ(あるいは不幸)という状態」は、科学的には体内で生じる生化学的なフィードバック現象と考えると実態が明確になる。即ち、「幸せ」という「よい状態」は、生理的な現象と理解できる。
 我々の身体では、環境の変化に反応して、無数のフィードバックが常に起きている(これは「ホメオスタシス」とも呼ばれており、これがないと生きていけない)。例えば、身体を通る無数の血管の弛緩や収縮である。また血液中のホルモンや免疫反応などに伴う分子の増減である。これには、コレステロール、コルチゾール、セロトニン、ドーパミン、オキシトシンなど一般の人にも知られるようになったもの以外にも免疫にともなう反応に伴って生成される多様な分子が血液中で増減している。さらに筋肉の弛緩や収縮である。それに伴う内臓(胃、腸、消化管、心臓、肝臓、膵臓他)の変形と内臓活動や特に生成される酵素量も増減する。心を表す表現に内蔵がらみの表現(腹が据わる、ガッツ(腸の意味)を出す、胸に迫る)が多いのはこのためである。そして、そして、これらと連動して脳を含む全身の神経系の活動も変化している。特に、脳では、視床下部、脳幹、前頭基底部などの活動変化を伴う。
 しかも、これら血管、血液、筋肉、内臓、酵素、脳、神経の変化は、互いに連動し合い、相互に影響を与えあっている。その一つだけを取りあげても全体像は捉えられない。その意味で、この中の一部のホルモンや脳活動だけに注目するのではなく、全体を捉えることが必要である。
 生物は、この身体内で起こる(あるいは起こせる)フィードバックをうまくつかって、ある種の状態を奨励するポジティブなフィードバックと、ある種の状態を避けることを奨励するネガティブなフィードバックを40億年の進化の中で生み出した。これは、そのようなフィードバックの仕組みを持っている方が、種として生き残りやすく、繁栄したからである。
 人類も例外ではない。このポジティブ、あるいはネガティブなフィードバックを「幸せ」(あるいは不幸)と呼ぶのが、最も明確な「幸せな状態」の定義であろう([1,2]を参考にした)。
 この「幸せ」という体内のフィードバック反応に沿って生きることは、40億年かけて生命が培ってきた、生存と繁栄のための自然の理(ことわり)に沿って生きるということである。
 これを、単に「快楽」を求めることを誤解しないで欲しい。生命が見出した自然の理はそんなに単純ではない。一時的な快楽を超えて、時間軸の異なるフィードバック現象があるからである。この点で、ユヴァル・ハラリ氏『ホモ・デウス』で生化学現象を狭く一時的なものと捉え、究極的には薬物による一次的なすなわち快楽に向かう可能性を指摘している[2]。しかし、それは生体のフィードバックの一面に過ぎない。

 実は、ポジティブ、ネガティブなフィードバック現象の変化には、その変化の時間スケールがあり、この時間スケールの違いよって、大きく3種類に分類される[3]。
 第1は、10年あるいはさらに長期でゆっくりとした変化しか起きない成分である。即ち、変えにくい成分であり、「性格」を含む。これは遺伝や幼児期などの成長過程での生活習慣などが上記のフィードバックの仕組み(あるいはホメオスタシス)に与えた影響と考えられる。これらに影響を受けて、ポジティブなフィードバックを受けやすい体質が生まれ、例えば「いつもご機嫌な人」はこんな場合が多いかもしれない。これは人によって違い、同じ人の中ではそう簡単には変わらないのである。
 もちろん変化する成分もある。それが第2、第3の成分である。第2、第3の成分については次稿で書きたい。次稿をリンクします。

https://comemo.nikkei.com/n/n8c26b319f053

[1] アントニオ・ダマシオ『進化の意外な順序』
[2] ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』
[3] ソニア・リュボミルスキー『幸せがずっと続く12の行動習慣 』

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