
米連邦債務上限問題~金融市場からの目線~
既報の通り、米連邦政府債務が31.4兆ドルの法定上限に達し、米国政府の債務不履行(デフォルト)が発生するかもしれない「Xデー」が金融市場の注目材料となっています:
イエレン米財務長官はマッカーシー下院議長(共和党)への書簡において「連邦政府の税収を検証した結果、6月上旬までに政府債務の全てを履行することは不可能になる見通しが強い。デフォルトは6月1日にも訪れる」と指摘したことも報じられており、まず「リミットは今月中」というのが市場のコンセンサスとなっています。米議会はそうならないために債務上限の適用停止もしくは債務上限の引き上げを決める必要があり、恐らくそうなるだろうというのが市場のコンセンサスでもあります:
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0202D0S3A500C2000000/
言うまでもなく、米国の政治・経済に債務返済能力が無いわけではなく、あくまでテクニカル・デフォルトでしかありませんが、そうなってしまった場合の影響に怯える向きは多いと言えます。
小手先の手段として、政府による公的年金基金への投資などを停止したり、社会保障制度関連の支払いを停めたり、軍の給与支払いを停めたりすることで利払い費用を捻出すればデフォルトは避けられる可能性はあるものの、それが社会的反感を買うことは間違いなく、来年の大統領選挙を控えるバイデン政権(民主党)は避けたい意向でしょう。
もっとも、問題解決を阻んでいるのは野党・共和党の強硬姿勢でもあり、事態が長期化するほど共和党への風当たりが強くなるはずです。端的にはテクニカル・デフォルトが近づき、株価暴落に象徴される金融市場の混乱がクローズアップされるようになれば世論は政治、とりわけ解決を阻む共和党に矛先を向ける可能性が高いと言えます。そう考えると解決に必要なのは金融市場の混乱なのかもしれません。リミットぎりぎりまで市場の混乱は発生しないとすれば、やはり今月いっぱいはこの話題が続くように思われます。
「2011年の再来」に怯えるべきか?
もはや「ねじれ議会」における恒例行事と化した米国の債務上限問題ですが、2011年は本当に米国債の格下げが起きるという事案がありました。2011年の債務上限問題は「Xデー」とされていた期限当日(8月2日)に債務上限の引き上げが法的に承認され、テクニカル・デフォルトが回避されました。しかし、3日後の8月5日、米大手格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が米国の長期信用格付けを最上級の「AAA」から「AAプラス」に1段階引き下げ、米国債が歴史上初めて最上級の格付けを失うという事件が起きました。経緯としては当時のオバマ米大統領が8月2日に署名した債務上限引き上げ法案はその後の10年間について▲2.1兆ドルの財政赤字削減案が盛り込まれていたものの、S&Pが試算する必要な削減規模(▲4兆ドル)には遠く届かず、「債務安定化に不十分」と見なされ格下げに繋がったというものでした。議会合意を経てテクニカル・デフォルトを回避したにもかかわらず格下げという重大イベントが起きる可能性は払拭できないという意味で、金融市場は「2011年の再来」を警戒する向きもあるのは理解できます。
当時の金融市場の反応としては株価が急落し、ドルも売られたものの、米国債は逆に買われ金利は低下しました。具体的に米10年金利は8月5日の2.6%付近から9月下旬にかけて1.7%付近まで急落しました。米債務上限問題とそれにまつわるデフォルト懸念が「茶番」や「プロレス」と揶揄されることを象徴するような値動きだったと言えます。
もちろん、国際的に米国の影響力が落ちていると言われる昨今、今回も同じ反応になる保証はありません。しかし、それでも米国債市場が世界で一番大きく、深い金融市場であり、その利回りが世界の資本コストと概ね同義であるという事実は2011年当時と何も変わっていません。筆者は格下げというイベントそれ自体が米国債急落(米金利急騰)をもたらし、従前の銀行部門の不安をさらに大きくしてしまうという可能性は相当低いとは思っています。
政府機関閉鎖という円高リスク
ヘッドラインのインパクトがある米国債格下げよりも、債務上限問題をクリアするために政府機関の閉鎖(the government shutdown)という手段が取られた時の影響の方が為替見通しにとって重要です。
2011年の格下げ事件のほか、2013年や2018~2019年には債務上限到達に伴って政府機関の閉鎖が起き、2018~2019年のそれは史上最長の35日間(2018年12月22日から2019年1月25日)に及ぶということがありました。その間、連邦政府職員が一時帰休を迫られ、各種公的サービスの提供が停止されるという事態に直面した。象徴的には経済統計の発表が控えられたり、そもそも統計データの取得自体ができなくなったりしたという意味で「その時点で何が起きているのか分からない」という状況に陥りました。なお、空港関係の職員なども不足することになるため手荷物検査や入国にかかる時間が増えて経済全体に非効率が発生するということも指摘されていました。連邦政府のビルも閉鎖されるため、そこで働く清掃業者や警備員なども当然職を失います。政府機関閉鎖の影響は政府部門の中だけに限定されません。
インフレ高止まりに加え、利上げ効果が徐々に浸透し始めていると言われる中、実体経済にこうした追加的な下押し圧力が加わってしまうと、元々利下げを督促する市場心理をさらに強める可能性が高いでしょう。それ自体は米金利の顕著な低下と共にドル売りをもたらすため、想定外の円高リスクと考えられます。