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「リスク管理」に鈍感な人をマネジメント層に引き上げてはいけない理由。“攻め”と“守り”がセットで企業の持続的成長につながる。

皆さん、こんにちは。今回は「リスク管理」について書かせていただきます。

2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災、2020年の新型コロナウイルス感染症によるパンデミック、2022年ロシアのウクライナ侵攻など、近年は想定外の出来事が次々に起こっています。さらに、自然災害や地球温暖化に伴う異常気象なども含めると、私たちの日常生活や経済活動において大きな被害や損失につながる現象が次々と発生し、ありとあらゆるリスクとともに共存していかなければいけない状況になっています。

引用した記事にあるように、東京五輪・パラリンピックを巡る入札談合事件も記憶に新しいですが、これらの事件を教訓に、多くの企業が不正防止の取り組みやガバナンス体制を強化する必要性を認識しているはずです。

日本では不正防止の取り組みが始まったばかりだ。スポーツ庁が一連の事件を受けて3月にまとめた大会運営に関する指針や東京都の監査報告書は、出向者らによる利益相反を防ぐ仕組みづくりや代理店に依存しすぎないよう人材育成を進めるべきだとした。
ガバナンスに詳しい青山学院大の八田進二名誉教授は「利益相反防止や監視体制の仕組みを整えても、法律や規範などを十分理解し、かつリスク感覚に富んだ人が運用しなければ形骸化してしまう」と指摘。大会運営を担う幹部の人選を適切に検討したうえで「ルール順守を求める誓約書の提出など一歩踏み込んだ取り組みも必要ではないか」と話している。

社会情勢や環境が大きく変化し続け、企業内外に様々なリスクが顕在化する今、私たちはどのようにリスクと向き合っていくべきなのでしょうか。具体的に考えていきます。

■攻めと守りの両輪としてのガバナンス

リスク感覚に富んだ人を採用・育成し、企業の中にモニタリングの仕組みを機能させたとしても、結局はモニタリングよりも、どのように経営していくのかという中身が重要です。社外取締役がコンプライアンスや内部統制を含めた“監督”さえしていれば経営がうまくいくわけでもありません。また、社内の取締役にはない知見やノウハウを持った人を確保し、どのように経営判断の多様性を担保していくのかという発想で人選していかなければならず、ガバナンスコードに合わせるために適当に人選したり、選任した人の役割を最小限にするという発想を持っていては、企業経営がうまくいくはずがありません。

2021年の会社法改正で社外取締役の設置が義務化されてから、会社経営のコーポレートガバナンスの強化を目的として、ほぼ全ての上場企業が社外取締役を設置していますが、多くの企業が

  • 自社に不足する経験やスキルを保有している人

  • 財務や法律の専門的知見を持つ人

  • 経営の監視・監督を行うためにリスク管理やリスク判断ができる人

を選出する傾向にあります。会社と株主の利益を最大化するために不正のない健全さを保ち、ディフェンスに強い人材を選出する企業が多いのです。

引用した記事には、

コーポレートガバナンスの本質は持続的成長のための「攻めと守り」にある。経営は未来を創ることであり、それにはリスクテイクも必要になる。

とあり、攻めの経営を行うフェーズにおいては、自社に不足するスキルを補い実効性を高めることが重要であると記載があります。「監視」機能だけを高め、リスクヘッジ能力を重視したガバナンス体制ではなく、会社全体のパフォーマンスを上げるために、各取締役が持つ異なる強みを発揮していくことが重要で、「攻めと守りのガバナンス」によって初めて企業価値を高め、企業の持続的な成長につなげられるのだと思います。

しかし、「守り」の機能を強化するには、ある程度の“型”に沿って仕組みを整え、やるべきことをしっかり遂行できる人材を配置することで実現可能ですが、「攻め」の機能の強化することは口で言うほど簡単ではありません。攻めの経営を実践するには、事業環境変化の不確実性や複雑性が増す中でそれ相応のリスクテイクも必要になり、成功確率が高くないからです。リスクテイクした結果失敗してしまった場合、たいていのケースはそれ以降アグレッシブな「攻め」がなかなかできずに、監視機能だけを働かせることを考えてしまいがちです。

だからこそ、失敗を許容する文化を最初から作り、失敗を恐れず安心して「攻め」に向き合える風土を醸成するだけでなく、失敗した場合にそこから学び、血肉化するという、攻めと守りの両輪としてのガバナンス強化が不可欠なのではないかと思います。

■「想定外」を予測する重要性

こちらの記事の中には、リスクを考える際(※記事では銀行におけるリスク管理)、

「ストレスのかかるシナリオを考え、それが銀行のバランスシートにどんな影響を与えるか判断するよりも、この金融機関をつぶすにはどうすればいいかを考えてみればいい

とありました。つまり、「この金融機関を破綻に追い込む可能性のある要因は何か」と最悪の事態を想定することが、リスクを考える上では一番想像力が働くということなのです。

企業経営において常に「想定外」をなくすためには、長期のシナリオからバックキャスティングで中期のとるべきアクションを考えることが大事です。「これまでの成功モデルが続かなくなるとしたら?」「競合が価格競争を仕掛けてきたら?」などと、もしこうなったらどうするか?という大胆な発想を持ち、あらゆる変化に直面してから解決策を模索するのではなく、世の中の変化と流れを読み解きながらその一歩先の打ち手を示すとともに、先んじてリスクに対処する仕組みを構築する必要があるのです。

新型コロナ、高インフレ、ロシアのウクライナ侵攻、急速なデジタル化など、想定外の未曾有な出来事に直面した時に、極端な「想定外」をあらかじめ想像し、乗り越えるための打ち手を考えている企業の方が、粘り強く業績を伸ばしていけることは明らかです。

通常、企業は、現在直面している状況をもとに将来の売上や収益がどうなるかを見込んで具体的なアクションプランを決めていきますが、多くの場合、経済の見通しには楽観的なバイアスがベースにあります。それが中長期の予測となった場合、その誤差がどんどん大きくなっていくのです。ただでさえ予測とのギャップがあるのに、何か想定外の負のショックが起こると、そのギャップはさらに大きくなることは言うまでもありません。

■リスク管理に鈍感な人が管理職にならない方が良い理由

少し話が逸れますが、最近、社内で実施した研修の中で、「経営はそんなに楽観的なことばかりではない。ポジティブな予測だけで乗り切れるほど甘くない」「リスクに気づき、ダウンサイドをケアすることをしないと」と、社長の藤田から指摘をもらう場面がありました。

基本的にマジョリティが常にポジティブで、人のやる気を引き出し、チームワーク良く成果にコミットするという、私たちのような社風がある組織においては、他者の意志や意見を尊重し、自由に挑戦できる雰囲気も仕組みもある分、ある程度のリスクを取り大きなチャレンジをすることが前提となっているところがあります。とは言っても、会社の規模も大きくなり、お客様や株主からの期待値も高まっていく中で、リスクサイドに敏感になり、適切なリーダーシップとリスク管理能力を両方持ち合わせていくことが、必要不可欠になっています。

リスク管理に鈍感な人をマネジメント層に引き上げてしまうと、以下のような状況に陥ってしまいがちです。

●重要なリスクが見落とされ、会社に大きな損失を与える
重要なリスクが見過ごされると、適切な対策が講じられなくなり、結果として会社に大きな損失を与え、困難な状況に直面することになります。リスク管理は、ビジネスの成功において必須の要素です。

●組織の安定性と信頼性が低下する
→全くダウンサイドをケアしない人が組織の責任者になってしまった場合、当然組織の安定性が損なわれ、部下だけでなくステークホルダーからの信頼を失ってしまう可能性が高まります。

●チームのモチベーションが低下する
→管理職は、チームメンバーに対してリスクの認識を持たせ、適切な対応策を取るよう、指示・指導していく立場です。その立場の人がリスク管理に鈍感だと、チームメンバーに対して十分なサポート体制を整えることができず、チームの信頼やモチベーションを損なってしまいます。

●変化への対応スピードが遅れる
→ビジネス環境が常に変化する中、リスク管理が後手にまわると変化に対応する能力が低下していきます。変化に鈍感になるだけでなく、新たなリスクの出現を見落としてしまったり、戦略的な判断を下せなくなったりする傾向も強まります。

これらの逆で、リスク管理に敏感で、注意深く市場環境の変化を捉えていたり、リスクの芽を早期に摘むことが習慣化されているような人が組織に複数いると、変化を素早く察知し、状況に合わせて柔軟に対応することができます。

情報を収集・分析し、リスク範囲や影響などを踏まえて適切に評価したり、事前にリスクを予測するだけでなく、過去の経験からリスク管理のベストプラクティスを熟知して効果的なリスク管理を実践しているような、リスク管理能力に優れている人ばかりではないかもしれませんが、後天的にこのような能力やスキルは、実践を通して身に着けられるものではないかと思います。

リスク管理は、コーポレート部門など一部の部署の人が役割として担っているだけでは不十分で、全ての管理職が、マイナスとなる事態を引き起こさないために、先んじてどのような対策を講じるべきかを考えていかなければなりません。あまりにもリスク管理に鈍感な人が多くいる場合は、チームだけでなく、会社全体に悪影響の範囲が広がってしまう可能性があることを、十分認識しておくべきです。

■「リスクの最小化」が「企業価値の最大化」につながる

企業経営においては、事前にリスクを想定し、対処し、最小化することが企業価値の最大化に直結します。これまで述べてきた通り、世の中の不確実性が高まれば高まるほどリスクに直面する機会が増え、発生するリスクを上手にマネジメントしていくことが求められるのです。

リスクマネジメントをする上では、以下の3つのステップが必要です。

①何のためにリスクマネジメントを行うのか、目的を明確にする
②自社の取り巻くリスクを的確に把握する
③洗い出したリスクに対し、何をどこまで管理していくのかを明確にし、具体的な手法を決める

たとえば、AI技術の飛躍的な進化によって、私たちの暮らしや経済活動は、これまでにない大きな変化に直面しています。

医療や科学分野では、数十年分の作業を数日に短縮するような進歩が起こるのは確かだ。最強のAIツールは、より長く、健康で豊かな人生を送るのを可能にする。かたや、備えるべきリスクもある。最も重要な4つのリスクは「偽情報」「拡散」「大量解雇」「人間の代わりになる」ことだ。

「機械が人間の能力を超える日が来る」と見て間違いなさそうですが、デジタル技術の進歩により、既存の業界の外のプレーヤーが自社の事業領域に浸食してきたり、既存のビジネスモデルに破壊的な影響がもたらされる可能性もゼロではありません。また、気候変動や脱炭素の動きがグローバルで加速する中で、カーボンニュートラルへの対応は、企業の未来を左右するほどの可能性も十分出てきています。地政学リスクの高まりも今まで以上にシビアに捉え、リスクと機会を見極めながらグローバル戦略を設計し直さなければなりません。

このように、中長期のトレンドを予測しながら、一定の未来を設定し、そこから現在の課題は何か、そして何をするべきかを導き出す重要性が非常に高まっているのではないかと思います。

将来のシナリオ設計がうまくいかないケースとしては、

  • そもそも未来のトレンドを予測できていなかったパターン

  • 未来のトレンドは見えていたものの、経営課題として捉えていなかったパターン

  • 経営課題として議論はしていたものの、何も決めていなかったパターン

など、「リスクと機会」を適切に見極められないだけでなく、社内で話し合っていたとしても実際に行動に移せなかったというパターンです。

未来は誰にも完璧に予測ができません。予測したところで、必ず「ブレ幅」が存在します。その幅を想定した上で世の中の大きな流れやトレンドを掴み、様々な角度から議論を進め、予め対策を取っておくことが何よりも重要ではないかと思います。

言うまでもありませんが企業にとって大事なポイントは、「どのように成長し続けて企業価値を上げていくか」です。そのために、あらゆる不確実性に備えて、勝ち続けていくための「機会」を先取りしていくこと、負けないための「リスク」の芽を先回りして摘んでいくこと、そのどちらもが必要なのではないでしょうか。


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