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足元を見られるEU【当事者不在の危うさ】

着地点は依然見えず
ブレグジットを巡る状況が混迷を極めています。英議会はノーディール離脱に突っ走るジョンソン首相に対し、EU離脱延期を政府に求める法案(≒合意無き離脱を阻止する法案、以下離脱延期法案)を突き付けました。同法案は「10月19日までに議会が離脱案を可決するか、合意無き離脱を承認しない限り、首相はEUに対して2020年1月31日までの離脱期限延長を要請すること」を要求するものです。合意無き(ノーディール)離脱のシナリオを一旦退けたことを市場は好感していますが、着地点の見えない状況は全く変わっていません。今の英議会構成では「ノーディールは嫌だ」という意思表示はできても、EUを納得させるだけの代案を提示するのは不可能だからです。また、離脱延期法案の成立後に総選挙が実施され、その上でジョンソン首相が勝利を収め心置きなくノーディール離脱に踏み切るという可能性も残されています。事態は予断を許しません。

足元を見られるEU
一連の騒動で気がかりなことは、そもそも交渉相手である先方(EU)の事情が全く考慮されていないことです。「離脱期限延長を要請すること」が好感されている現状は、「EUが再交渉に応じる」ということが自明の前提となっていることを意味します。しかし、協定案の争点となっているアイルランド国境問題の解決策であるバックストップ(安全策)を一方的に削除しようとするジョンソン政権のアプローチについてEUは痛烈な批判を展開しており、再交渉の余地を全く認めていません。「メイ前政権時代に合意した離脱協定案は不変」というのがEUの一貫した基本認識です。また、8月22日には再交渉否定派の急先鋒であるマクロン仏大統領がジョンソン首相との共同会見の場で「われわれは(ノーディール離脱に向けて)既に準備できている」と強硬姿勢を見せています。筋論から言えば、現状で懸念すべきは「英国の意思にかかわらずノーディール」というシナリオでしょう

しかし、離脱延期法案の成立を見て安堵する金融市場を見る限り、「それはさすがにない」という市場の思惑が先行しているのが実情と見受けられます。筋論から言えば交渉優位に立っているはずのEUは英国からも金融市場からも足元を見られているという皮肉な状況と言えるでしょう。EUにとってみれば見くびられている以外の何物でもなく、屈辱的な状況です。そもそもジョンソン首相が7月24日に政権を発足させて以降、真摯に議会や国民に説得した様子は全くありません。その上で英議会はこの非常事態の中でしっかり夏休みを取りました。そして休みが明けた途端に「やっぱり3か月延期させてくれ」と議会が意思表示をし、この法案をジョンソン首相が「EUに主導権を渡す」と非難する始末です。EUからすれば馬鹿にするにもほどがあるという話であり、情状を酌量する余地が全くないという状況ではないでしょうか。

もちろん、「大人の対応」を心掛ける限り、EUはノーディールに伴う混乱を引き起こさないようにしたいはずあり、延期要請に応じる可能性はあります。しかし、マクロン大統領を筆頭として一部のEU加盟国首脳は「もう早く出て行ってくれ」という強い思いを持っており、彼らが同意しない限りにおいて延期は認められない(つまり10月31日で離脱)というシナリオがあり得ることを忘れるべきではないと思います


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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)

04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です

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