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3月11日、東京の保育所で亡くなった小さな命のこと

今日は3月11日。東日本大震災から8年という月日が経った。多くの方が、東北で亡くなられた人々の命を悼む今日、もう一人、私の中で思いを馳せたい男の子がいる。

2016年3月11日、1歳2カ月だった甲斐賢人くんが、東京都内の認可外保育所で亡くなった。別室で一人、うつぶせのまま長時間、呼吸を確認されないまま寝かされていたことが明らかになっている。

報告書によると、事故が起きるまで、様々な要因が絡み合っていたことが分かっている。当時の施設長さんは保育経験が通算で3年3か月、ほかの職員さんたちも同様にまだ経験が数年の保育士さんたちだったという。本社に十分に相談できる体制も整えられていなかった。

かねてから、子どもたちの安心、安全を守るためには、保育士さんたちの待遇が改善されるべきでは、ということが指摘され続けている。そこに営利企業が参入していけば、どうしても経費を削るため、人件費を削減してしまうことがある。人件費が削られれば、ベテランの保育士さんたちは集まりにくくなる、という悪循環が生まれてしまう。加えて保育所の満杯状態が続き、保護者さんたちに「より安全な保育所を」という選択肢は限られてしまっている。

賢人君の親御さんに、生前の様子を伺ったことがある。好奇心旺盛で、家族からも道端で出会う人にもにこやかに接している様子が、残されていたビデオや写真から伝わってきた。親御さんの悲しみの深さは、賢人くんに対する愛情の深さの表れだった。

(亡くなった日に身に着けていた衣服は、蘇生のために切られた状態で両親の元に戻ってきた。)

(賢人くんの靴には、一生懸命に歩んでいた、その痕跡がしっかり刻まれていた。)

なぜ、賢人君はなくならなければならなかったのか。事故の真相は中々家族の元には届かなかった。だからこそ悲しみの中でも、事故後の聞き取りや調査を親御さん自身が行わなければならなかったという。なぜ、傷ついた方々に、さらなる負担を強いてしまうことになるのだろう。

賢人君が亡くなってからの三年という月日の中でも、保育所での事故は相次いでいる。

私たちは被害に遭った方々を、二度苦しめてはならないのだと思う。一度目は事故そのもの、二度目は同様の事故が繰り返されたときに、「自分たちの教訓は活かされていなかったんだ」と苦しむときだ。子どもの問題の当事者は、大人自身だ。賢人くんのご冥福を心より祈るとともに、子どもたちの安心安全が守られる環境を築いていきたいと思う。


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安田菜津紀(フォトジャーナリスト)

フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。J-WAVE「JAM THE WORLD」水曜日ニューススーパーバイザー。TBS「サンデーモーニング」コメンテーター。

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