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「社内起業」と「起業」のちがい 〜企業と社員が気をつけるべき「私たち(we)」の視点

お疲れさまです。uni'que若宮です。

日経COMEMOからこんなテーマが出ています。

#日経COMEMO #社内起業家になってやりたいこと

企業内新規事業を長くやってきた僕としては苦労や失敗もたくさんあるのでこれは書かざるを得ないテーマ。ということで今日は「社内起業」について書きたいと思います。


「起業」と「社内起業」は似て非なるもの

資生堂さんをはじめ、起業の新規事業や社内起業のプログラムに伴走することも多いのですが、そうした時にまずお話することに、前提として「起業」と「企業内新規」はまったくちがう、ということがあります。

以前、こちらの記事でも書いたのですが、

最大の違いは「オーナーシップ」です。

起業家は基本的に創業者が株式をすべてもったところからスタートしますが、企業内新規事業では「事業オーナー」と呼ばれようが基本的に1株も持っていません。

株式というのは事業のオーナーシップそのものですから、究極をいえば事業の生殺与奪の権利をもっていない、ということになります。事業が伸びようとユーザーがつこうと、会社の経営状況が変わったり、社の戦略的方針に合わず「これうちでやってる意味なくない?」と言われれば、お取り潰しになるのが社内起業です(カーブアウトやMBOする、という手はありますが、これについては後述します)。

これに対して起業家は赤字であろうがユーザーがつかなかろうが、お金を引っ張ってこれる限り、そして自分が諦めない限り事業を続けることができる

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これが最も大きなちがいですが、それだけではなく、社内起業ではヒト・モノ・カネといったアセットについても、基本的にすべて借り物です。

起業家はチームもお金も自分で調達しなければならない代わりにそれを自由に使えますが、社内起業では(社内で口説いたり根回ししたり多少はできるものの)メンバーはアサイン(割り当て)されるものです。会社のジョブローテーション・ルールの中でメンバーが(場合によっては自分すら)別の事業に異動させられたり、「まあとりあえず兼務で」というのは非常にあるあるです。

大企業だからお金を潤沢に使えるようなイメージもあるかもしれませんが、多くの企業では100万円くらいのお金でも「決裁」を取らなければなりません。決裁には多くの説明が求められ、社内資料をつくって会議で承認を受けるのに一ヶ月かかる、みたいなこともザラです。説明プロセスで時間がかかるだけでなく、施策の内容や方針が捻じ曲がっていくことも多く、自ら意思決定できる起業家とのマーケットでの勝負では圧倒的に不利になってしまいます。


社内起業家が気をつけるべきこと:「私(I)」ではなく「私たち(we)を主語にする

自分ではなく企業がオーナーシップを持ち、ヒト・モノ・カネのアセットを企業から借りて行う事業ですから、「社内起業」では必然的に「その事業で社にどのように貢献するのか」を示すことが最重要となります。

事業オーナーは実態としては「オーナー」ではなく、実はどちらかといえば「雇われ店長」なのです。とはいっても言われたとおりにやるだけわけではなく、ある程度「店舗運営」には自由度はありますが、会社が求める実績を出せなければ別の店長に変えられたり、閉店させられることもあります。

社内起業家がしっかり認識しておいた方がよいことは、「社内起業」は本質的には「自分がやりたいこと」の実現ではないということです。第一義的に大事なのは会社のアセットをつかって会社に貢献する、ということ。

もちろん「会社への貢献」というのは売上だけを指しません。売上では貢献しないけれども、ユーザーを獲得しコア事業に送客できるとか、新しいコンセプトを提示することで広報効果があるとか、チャレンジを示すことで採用や若手をモチベートするとか、色々な貢献の仕方があります。

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これらのうち、どんな風に社に貢献するのか、それを明確にしっかりと示していくことが必要です。また、「会社がなにを求めているのか」は、「そもそもどんな事業を選ぶか」にも影響します。

たとえば、会社側が大きな規模の売上が立つことを期待して「社内起業」を求めている場合、いわゆる0→1型のニーズもまだ存在しないようなイノベーションではなく、すでに立ち上がっている市場に後発で「新規参入」し自社のアセットでブーストする方がいい場合があります。あるいは逆に広報効果やブランディングのために「新規性」こそが求められている時には、最重要KPIは売上ではありません。これからはSDGs的な事業も求められてくるでしょうが、こうした領域での事業を立ち上げる場合にも短期だけでなく中長期的な視点も含めて、会社にどう貢献するのか、段階的に示していく必要があるでしょう。


上記のように「雇われ店長」だと言われると、「社内起業」には自由度がなくつまらない気がしてしまうかもしれません。しかしそんなことはありません。

注意すべきことは「社内起業」は「起業」とは主語がちがう、ということです。ぶっちゃけいうと個人的には、「私(I)」がやりたいことを実現するなら、社内起業ではなく外で起業してやったほうがよいと思っています。今は10年前にくらべ、複業も圧倒的にしやすくなっています。「私(I)」がやりたいことを実現するなら会社で働きながらまずはサービスや事業をつくり始めてみる。その方が後々含めて圧倒的にオーナーシップをもって事業ができます。

社内起業ではむしろ「私たち(we)」がやるべきこと、「私たち(we)」だからこそできることをすべきだと僕は考えます。これを足かせに感じるでしょうか?しかしそもそもあなたも何か自社に惹かれてそのメンバーになったはずです。自社というチームで、自社だからこそできること、すべきことを成し遂げること。それは裏を返せば、「私(I)」ではできないことをやるということです。こうした「私たち(we)」だからこそできる事業を楽しむことができるのが、社内起業の最大のメリットですし、もっとも理想的な形だと思います。


企業が気をつけるべきこと①: 「あれもこれも」ではなくしっかり事前期待をすり合わせる

上記のオーナーシップの問題は、社内起業をする社員だけではなく、企業側もよく理解しておくべきです。

「社内起業家」を幅広く募集するのはいいですが、よく考えずにやってしまうと半年くらいするとこんな風になります。

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結果として、アントレプレナーシップをもった優秀な社員から辞めていく、ということが起こります。

これを避けるためには、なんのために社内から起業を求めるのか、会社はそれによってどんな貢献をしてほしいか、ということを明確にし、十分に社員とすり合わせる必要があります。

ここでよくあるのが、「あれもこれも」になっているケースです。「事業領域は問わない」「売上の規模は求めない」など、めちゃくちゃ曖昧なことしか言っていないケースをよくみます。こういう幅広い募集は一見自由度が高く懐が深いように見えますが、実態としては「社として社内起業に何を求めるのか」ということに優先順位がつけられていないだけの、会社側の優柔不断と無責任だったりします。

一見相手思いのように見せてその実ただの怠慢である点は、「何食べたい?」と聞いてるのに「何でもいい」としか答えない人によく似ています。相手側としてはそれが一番困るのです。ちゃんと考えて答えるか、少なくともすり合わせていく努力をしましょう。

「何でもいい」といった割にあとから色々難癖をつける、というのも企業でもよく起こります。「高い」とか「重い」とか「量が少なくて不満だ」とか後から言うなら、もうちょっと事前にすり合わせをしましょう。新規事業はうまくいかないことの連続です。1以外の目が出たらビンタされるような確率のゲームを、それでもサイコロを振り続けながら、心的ストレスを抱えつつなんとか自分を鼓舞し、事業を続けていくのです。その挙げ句会社から「これうちでやってる意味ある?」とか言われたら「ですね、ていうかうちにいる意味がなかったです」となってしまいます。


新規事業をちょっとやったことがある方なら、

会社が新規事業が必要っていったはずなのに、なんでこんなに逆賊みたいに扱われているんだろう

と思ったことが一度はあるのではないでしょうか。そもそも社内起業にアプライする社員は優秀な社員ですから、「社内起業」を求めたばっかりにがっかりして辞められるなんてことになったら本当にもったいないです。ちゃんと事前の期待をすり合わせましょう。


企業が気をつけるべきこと②:株式を含めて制度設計する

もう一つのあり方として、そもそもオーナーシップをちゃんと持てる制度にする、という方向性もあります。

弊社のYourでは、分社化をする際に最低でも3分の1以上の株式は必ず持ってもらう、ということにこだわっているのですが、

これは、事業へのオーナーシップを本質的にもってもらうためには株式もしっかり持ってもらうことが大事だからです。

さきほどMBOやカーブアウトの可能性について書きましたが、これも最初から設計をしておかないと、後でこじれてしまうことがあります。事業がある程度軌道に乗った段階になってから考え出すと、すでに事業価値が数億円とかになってしまっているからです。ここから事業を立ち上げたオーナーが株を持とうとすると、たとえば2億円の事業価値で過半数を持とうとすれば1億円現金が必要なことになります。問題は創業者が「個人」としてお金を用意しなければならないことで、銀行からの借り入れをするにしても法人であればまだありえますが、個人での1億円はほとんど不可能です。

まったく「社内起業家」にオーナーシップをもたせず、「雇われ店長」のままで事業を頑張ってもらう、という手もありますが(実際多くの日本の大企業の子会社は「雇われ店長」です)、これからの時代、新事業領域を含めて経営を多角化していくには株式を含めてしっかりオーナーシップを持ってもらうことも大事になってくるはずです。

「社内起業」の話をすると、制度設計側の経営企画部や人事部が「本人のやる気の問題」と事業がうまくいかないのを本人のせいにしているのもよくみます。もちろん本人のwillは大事ですが、本気でそれをうまくいかせようとするなら会社側も環境づくりを本気でやるべきです。社内起業は「彼(he)」の問題ではなくこれまた「私たち(we)」の問題だからです。

(あるいは「社内起業」に関する制度設計がうまく行かないのは、制度設計側に社内起業経験者がいないということもある気がしています。制度設計をする人が既存事業しかしたことしかなければ「社内起業家」の苦しさや悩みはわからないですし、経営トップは「起業」はやってきたけど「社内起業」をしたことがないのでそれ独特の問題に気が付きづらいのです。結果として「社内起業家が本気でやりたければ事業は立ち上がるんだ!」と精神論みたいなことが繰り返されていたりします。willは大事ですがそもそもゲームがちがう、ということもしっかり認識しましょう)


「社内起業」だからこその可能性

最後に改めて強調しておきたいのは、「社内起業」は個人にとっても会社にとっても「新たな自分たちと出会う機会」としてとても有意義だということです。社員がキャリアの中で自ら新しいことにチャレンジできる機会としても重要ですし、それによって会社も新たな事業機会にきづくことができるでしょう。

大事なのは、「社内起業」は「起業」とも「既存事業」ともちがうゲームだということを認識することです。そしてだからこそ、社内起業では「私(I)」ではなく「私たち(we)」の視点で、自分たちにとって意義があることをすべきだ、ということです。

繰り返しになりますが、単に「私がやりたいこと」を実現したいのなら(複業でも)「起業」してみる、という選択肢もあります。その方がオーナーシップを持って進められます。よく社内起業をやって経験を積んでからいつかは起業を、という方がいますが、社内起業と起業を両方した方ならよく知っているように、「社内起業」の延長に「起業」はありません。それはまったくちがうゲームです。起業がしたいのなら、起業してみるほうが圧倒的に早いです。

だからこそ、せっかく「社内」でやるなら「その会社だから実現したいこと」をすべきです。よく新規事業に関わる人から「私がやりたいことを会社が理解してくれない」とか「あいつらは自分がやりたいことだけで会社に貢献してない」という愚痴を聞くことがありますが、そもそも「私」と「会社」が分離していることが問題なのです。

「私」と「会社」が重なるところに「私たち(we)」らしい「社内起業」が増えていけば、もっともっと私と会社が融合し自分ゴトとして進化していけるのではないでしょうか。

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