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調達は地味だが、役に立つ

経営トップが、営業秘密にあたる仕入れ情報を、競合会社から不正に持ち出したとされる事件で、調達という普段は日の当たりにくい業務が、クローズアップされている。

調達は、経営にとって、地味ながら重要なレバーだ。苦労して売り上げを上げても、変動コストがあるので、売上増加分がそのまま収益増加になるわけではない。しかし、調達コストを下げれば、そのままボトムラインに効く。また、企業にとって、顧客に対してよりサプライヤーに対する方が、強い態度で交渉に臨みやすい。あまり知られていないが、調達サポートは、実は経営コンサルティングにとっても一大分野である。

しかし、調達が注目される局面は、どうしても後ろ暗くなりがちだ。今回のように単価情報が不正に共有されたり、サプライヤーたたきまがいのいじめ行為が明るみに出たりして、初めて注目を浴びることになる。調達業務の本質が、なりふり構わない「単価引き下げ」に矮小(わいしょう)化されていることが問題だと思う。実は、調達の世界はもっと奥深い。

まず、調達の仕事には、サプライヤーを育て、共存共栄するという側面があることを強調したい。日本企業の「系列」は外部参入を排除するという文脈で語られることが多いものの、厳しいOEMに長年鍛えられてこそ競争力をつけたサプライヤーは多い。発注側も、長い時間軸で付き合えば、刹那的な単価叩きに走るよりも、お互いの競争優位を高めるような関係を保つメリットを重視するはずだ。

さらに、環境問題が地球規模で重要視される今、サステナブルな調達が経営課題になっている。規制や情報開示といったコンプライアンス順守はもちろん、環境に配慮した調達を差別化にできる企業は強い。単純に既存サプライヤーへの要求水準を厳しくするだけでなく、根本的にサステナビリティの高い製法や原料を研究し、新しい供給元を探すことも、調達が研究開発と共に取り組む課題だ。

最後に、調達には地政学の視点が欠かせない。グローバル化を謳歌(おうか)できた時代なら、とにかく低コストかつ品質基準を満たす供給元を求めることが正解だった。しかし、世界中でサプライチェーンが分断されるリスク、物理的に戦争が始まるリスク、地政学的に国により敵と味方が分かれるリスクが高まると、常に代替の供給元を用意し、もしものシナリオに備えることが必要になる。環境への配慮とも相まって、自国でなるべく調達しサプライチェーンを短くする動きもみられる。コスト、品質、リードタイムに加えて地政学的なリスクが大きく調達に影響を与えるようになった。

このように、調達の仕事は長期的、戦略的な視点が欠かせない。しかし、そのありがたみが経営や市場に分かりにくいことが、調達の難しさだ。例えばインフレ基調にもかかわらず全体のコストを前年並みに抑えることは大きな貢献だが、「防ぎ」の仕事は数値化しにくい。同様に、地政学リスクを勘案して代替調達先を探しても、もしものことがない限り、その重要性が理解されない。縁の下の力持ちという点では、調達と品質保証は似通う―失点はあげつらいやすいが、得点が見えにくい業務なのだ。

だからこそ、調達の戦略性や重要性をビジネスパーソンがよく理解することが大切だと思う。日の当たらない分野だからこそ、機会が眠っている。例えば、分散した印刷工場の余剰生産能力を使って印刷を格安に引き下げたネット印刷のラクスルは、調達のコンサルティングプロジェクトで印刷コスト引き下げを担当した若いコンサルタントの着想から生まれている。

一見地味だが重要な分野に優秀な人材が集まってこそ、企業の底力が蓄えられる。今回のようなネガティブな「調達」事件に惑わされず、調達の本質を見抜いた経営こそが、いま求められていると考える。

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