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持続可能な経営とAI:ビジネスリーダーのための戦略

今月から日経COMEMOのキーオピニオンリーダーとして執筆させていただくことになりました、シェルパ・アンド・カンパニーの中久保菜穂です。AIをはじめとしたテクノロジーを使って、企業の持続可能性(サステナビリティ)に関する課題解決に挑戦しています。
これからテクノロジーとサステナビリティの関わりを中心に広く、環境・人権・ガバナンスの領域について執筆して参りますので、ぜひフォローをよろしくお願いします。


世界のリーダー達が注目するAIとサステナビリティ

毎年、スイス東部のダボスで開催される世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(通称ダボス会議)について、今年も1月15日から19日にかけて開催されました。この会議では、世界中の政治・経済のリーダー達が、今最も重要視されるべき課題やリスクを話し合います。

今年は主要な4つのテーマに沿って活発な議論が行われました。なかでもAIは、会場の内外、いたるところで話されていたバズワードです。

(1)分断された世界における安全と協力の達成
(2)新時代に向けた成長と雇用の創出
(3)経済・社会の原動力としての人工知能(AI)
(4)気候・自然・エネルギーの長期戦略

ダボス会議2024 主要テーマ

また、毎年WEFは会議の直前にグローバル・リスク・レポートという報告書を発表します。今年のレポートによれば、今後10年で最も負のインパクトが大きいとされたリスクのランキング上位を、サステナビリティに関するリスクが占めました。

1位 異常気象
2位 ティッピング・ポイント
3位 生物多様性喪失と生態系崩壊
4位 天然資源枯渇
5位 誤情報と偽情報

The World Economic Forum's Global Risks Report 2024

こうしたサステナビリティに関するリスクの管理と課題解決への取り組みは、企業の持続可能性を高め、中長期的な企業価値を強化する不可欠な要素です。さらに、サステナビリティへのコミットメントは市場や投資家、ステークホルダーから高い評価を受けることにつながり、企業の信頼性を向上させます。

しかしサステナビリティの課題は環境や社会面など多岐にわたる専門性の高いトピックを扱う上に、解決法が確立していない場合も多いのが実情です。

そこで本記事では、AIを利用して、企業経営におけるサステナビリティの課題を効率的に解決することができないか、できるとすれば、どのようなことに気を付けるべきかについて探っていきたいと思います。

AIが持続可能な経営にもたらすポジティブな変化の例

環境負荷の低減


AIは膨大なデータを分析し、さまざまな産業分野でエネルギー効率を高めることが可能であり、このことは温室効果ガス(GHG)の削減につながります。例えば、Google Deep MindのAIが、データセンターの冷却コストを40%削減できたことは有名な事例です。

また、気候だけでなく、その他自然の領域についてもAIの活用が見込まれます。自然はエネルギーや水、原材料などの企業経営にとって不可欠なリソースだけでなく、生態系サービス(湿地帯による洪水コントロールなど)を提供するため、企業経営にとって不可欠な資本であると言えるでしょう。自然分野におけるAIの活用法として、例えば、衛星データやドローンを使用して森林の減少を追跡することや、絶滅危惧種の監視を行うことが考えられます。

例えば英国のNational Railはロンドン動物学会と協力して、沿線の音声データ等をAIで解析することにより、様々な生物の生息地や、生物多様性に及ぼす影響をモニタリングしています。

人的資本経営の強化

AIは、現在投資家から要請が高まっている人的資本経営の強化にも活用できます。人的資本経営とは、人材を資本と捉え、投資を行い、企業価値を持続的に向上させることを目指す経営です。人的資本への投資は、従業員の能力強化や満足度の向上、健康促進など多岐にわたりますが、その一例として労働時間の適切な管理が挙げられます。

例えば、文部科学省は教員の長時間労働を低減するために生成AIによって事務作業を減らす実証事業を行なっています。多くの民間企業にとっても、生成AIによる業務の効率化、そしてそれに伴う従業員の労働時間短縮は非常に期待できる分野でしょう。


さらに、従業員の安全衛生管理もAIの活用可能性が大きい分野です。例えば、工場内のセンサーが取得したデータを分析して、危険な作業条件を特定することや、従業員の健康状態をモニタリングすることが可能です。こうした技術は、将来的にはバリューチェーン全体に適用され、企業活動全体の労働慣行に関するリスク管理に活用することもできるのではないでしょうか。

ESG情報開示の効率化


また、持続可能な企業経営にとって欠かすことのできない要素として、環境や社会、ガナバンス(Environment, Social, Governance: ESG)に関する情報開示があります。自社がESGのリスク低減に努めていることや、各種取り組みが中長期の企業価値向上に貢献していることについて、株主をはじめとしたステークホルダーに知ってもらうことが重要です。

しかし昨今、ESG情報開示をめぐる動きは目まぐるしいものです。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が作成する基準をはじめ、数多くの規制・ガイドライン・スタンダードに沿った情報開示が求められています。企業にとって、何を開示することが最も効果的であるのか、特定することは容易な作業ではありません。

このような状況に対し、AIがESG情報開示にとって必要な情報を整理し、企業が有する情報と紐づけて、何を開示していくべきなのかを提示していくことができます。これにより、企業の情報開示業務が効率化し、より本質的なサステナビリティの取り組みに時間と労力をかけることができるようになるでしょう。

AIの利用に潜む危険

一方、AIを利用する際には、そのリスクにも留意する必要があります。例えば、AIを運営するには膨大な電力消費が必要なことが知られており、GHGの排出につながります。GHG排出を減らすため、AI自体の運営も効率化する必要があるでしょう。

その他、AIが社会面についてもたらすリスクもあります。例えば、自社の従業員のパフォーマンス評価にAIを用いた場合、何らかの理由でAIのモデルにバイアスが入り込み、女性差別などの思わぬ事態が発生してしまうリスクもあるでしょう。AIの導入が社会的な取り組みを後退させることになっては元も子もありません。

なお、こうしたAIの倫理的問題については各国が対応を検討している状況ですが、なかでも、EUが世界初の包括的なAI法について合意したことには注目です。

サステナビリティ・デューデリジェンスによるリスク回避

それでは、上記のようなリスクに対して、どのように対処していけばいいのでしょうか。規制やガイドラインを遵守することは良い出発点となるでしょう。しかし人が作るルールは常にテクノロジーのスピードに追いつくわけではなく、また個々のAIに対応したリスクを網羅できるわけではありません。

このような課題に対して活用が期待できる仕組みがあります。サステナビリティ・デューデリジェンスです。これはEUの企業サステナビリティ・デューデリジェンスに関する指令(CSDDD)などによって、AIに限らず、広く企業活動全般に求められる手続きです。具体的には、自社だけでなくバリューチェーン全体について、環境や人権などのサステナビリティに関するリスクを洗い出した上で評価し、予防策や対応策を講じることを指します。


このサステナビリティ・デューデリジェンスをAIの開発・利用にも適用することが必要です。具体的には、AIに関するプロジェクトを新規で立ち上げる場合や、既存のAIプロジェクトについて、そのプロジェクトが有するリスクを洗い出すことから始めることになります。

その上で例えば上述の、従業員パフォーマンス評価を行うAIに、バイアスが潜むというリスクが特定されたら、どのような対応策を立てればよいでしょうか。この場合には例えば、事前にAIに与える学習データに偏りがないようにする対策や、説明可能なAI(AIの決定やプロセスを、人間が理解できるように説明する技術やアプローチ)を導入してリスクを低減することができます。そのためには社内における専門人材の確保や、社外専門家を巻き込むことが望ましいでしょう。

リスク管理を行いながら、持続可能なAI活用を

環境、社会に関する取り組み、ESG情報開示など、サステナビリティ経営の分野でAIを活用するポテンシャルは非常に高いと考えられます。しかしその際には、AI自体がもたらすサステナビリティのリスクにも目を向けて、本末転倒な取り組みとなってしまわないように努めることが求められるでしょう。


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