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「45歳定年」も悪くないんじゃないかとなう45歳の僕が思う3つの理由

お疲れさまです。uni'que若宮です。

サントリー新浪社長の「45歳定年制度」発言が話題になりました。

記事にあるように「賛否両論」なのですが、僕個人は「45歳定年」は悪くないアイディアではという気がしました。それが色んなものを「解き放つ」と思うからです。


早期定年のメリット①:若い力を解き放つ

45歳で定年となり、45歳以上が会社を退職すると当然ですが、若い力に大きく活躍の機会が与えられることになります。

先日の↓記事で書きましたが、僕は日本をもっと元気にするには若い力を大胆に活用することが必要不可欠だと思っています。

上記記事中でも紹介した、気候学者の宇佐美誠さんの言葉。これ本当にそのとおりだと思う。

知能社会で必要とされる新しい発想は、壮年・老年の世代からはなかなか出にくいように思います。特に、既存のシステムを部分的に改善するような着実な発想ではなくて、システムの全体を変革するような大胆な発想は、なおさらです。というのも、壮年・老年の人たちは長年、システムに慣れ親しんできたからです。
さあ、ここで若者の出番です。若者には、システムにとらわれない自由なイノベーションの提案が期待できます。


気候問題を考えても、これから指数的に悪化していく気候の問題の解決に対応するには既存の延長の発想では不足です。しかもいまの「大人」は消費主義のこれまでの価値観にあまりにも慣れ親しんでおり、そのパラダイムを変える上で「システムに慣れ親しんできた」というしがらみができており、要はアンラーニングのコストが余計にかかるわけです。遅々としてキャッシュレス化やDXが進まない(FAXすらなくせない)のをみればすぐわかるように、一度制度に最適化すると、利害関係も発想もそこにアンカーされてしまい、変化への抵抗が起こります。一度そうなったものを「よっこいしょ」と変えるより新しい「ネイティブ」世代の方が有利なのです。

オリンピックでのmikikoさんの解任にみるように、それでなくても、日本は若い力の可能性を生かせていません。政治の世界なんてひどいものです。

実はニトリはこうした若手の活用を意識的に行っていて、経営指標に「平均従業員年齢」を入れていたりします。平均年齢を30〜35歳にキープする、というのがKPIになっているのです。

これ、数字としては現状維持のようにみえますが、一年たったら、平均年齢って1歳上がるわけです。それをキープするって新陳代謝を意図的にしないとできませんよ。すごいですね。

このように強制的な若返りを実践するのはなかなか大変かもしれませんが、企業があたらしい発想を保ち続けるためには有効な手段だと思います。

さらにシニアが退出することは、座席が一つ空くという以上に、若者の可能性を解放する効果があります。

というのは、(大人世代として耳が痛い話なのですが)大人がボトルネックになってしまっている

ところが、今の時代のことを知っている子たちに対して、昔の常識と世渡り術を教えている人があまりにも多すぎるということなんです。僕たち大人は、うっかりしておくと、昔の教育しか受けていないんです。
情報収集をちゃんとしていないとだめで、この先の世界なんか見たこともないという人がいっぱいいるんです。この人たちが子どもたちに昔のやり方を教えちゃうせいで、今、子どもたちがすごい苦しんでいる感じをすごく私は受けています。


教育でもそうですが、「今を時代をわかっていない」大人が変に教えちゃうことでむしろ次の世代の可能性にフタをしてしまっていることがある。(よかれとおもってやってたのに!がーーーーん!!)

もちろん大人も自らをアップデートし、変化し続けようとすることはできますが、かなり意識しないとむずかしい。自分が邪魔になっているようで寂しいですが、いまの大人たちが45歳くらいで定年したあと若者がのびのびと活躍する姿がありありと目に浮かびます


早期定年のメリット②:中年を惰性から解き放つ

そして早期定年は実は40代のわたしたちの可能性も解放すると僕は考えています。

そもそも早く企業を出ないといけないとしたら、中年たちも変わろうとするはずです。僕も以前大企業に努めていましたが、豪華客船のような大きな船を降りたのは「このままここにいたらスポイルされてしまう」という強い危機感があったからでした。

尊敬する南場さんの言葉を借りれば「沈みゆくタイタニックで特等席を争っている」感じ。

こうして大企業に飲み込まれ、その会社独特の仕事の進め方を身につけていきます。何かに気づいても会社を離れる勇気が出ず、組織内での昇進争いに精を出す人も多いでしょう。前回書いた日本の大企業の凋落を考えると、こういった個人の行動パターンは沈みゆくタイタニックで特等席を争っているように思えます。
日本の教育は「間違えない達人」の量産システムであり、幼児期から誰かが決めた答えを言い当てる教育を受けます。決められたレールの上を上手に速く走る訓練です。進路などの大きな選択も、世間一般に重視される指標である偏差値をもとに決めていきます。そういった環境で成功してきた優秀層にとって、レールから外れるのはとても怖い。まして一度外れると二度と戻れない可能性が高いならなおさらです。


タイタニックはたしかに豪華な客船です。天候や潮目を気にせずとも、自分で漕がずとも船は優雅に進んでいきます。そのうちになんとなく、自分がその大きな船を動かしているような気になる。しかし、自分では潮目をみることもできず、ボートを漕いだり泳ぐ力もなくなっている。

大企業では「外」の環境を気にする必要がありません。それゆえ出世レースはしばしば社内政治合戦と化し、内部評価を取るのがうまい人が昇進していく。「組織」に「最適化」することがキャリアアップの道だったのです。

しかし、「組織最適化」キャリアの時代は終わりつつあります。

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遅くなってからの定年やリストラは、プロティアン・キャリアへの「変身」のタイミングを先送りしてしまいます。一つの企業で長い間年功序列のもとに「えらいおじさん」として「よいしょ」され、組織のぬるま湯に最適化してしまった部長クラスがその企業を出るとほとんど使い物にならない、というのはよくあるのです。

変化の荒波にもまれながら意識やスキルをアップデートしたり、社外の人材マーケットでのバリューを確認・再考する機会なく50代・60代になってしまうと、豪華客船から泳げない状態で海原に放り出されるようなものです。手遅れにならないうちに「惰性の罠」に気づきそこから解放され自分で泳いだり漕いだりするために、45歳定年はいいきっかけになるのではないでしょうか。


早期定年のメリット③:中年を社会に解き放つ

「45歳定年」への批判には企業や社会が自分たちを切り捨てるのか、という感情的な反発も多いようです。

しかし、本当にそれは「切り捨て」でしょうか?

「切り捨てられる」と思うのは、さきほどの「組織最適化」そしてそれがさらに進行した「組織依存」になってしまっていて、「定年=収入を失う」という前提で考えてしまっているからのように思います。これがそもそも古いのではないでしょうか。


少し前に「FIRE」という言葉が話題になりました。一見逆にみえて、実はこれにも同じ根があると思っています。

FIRE(Financial Independence, Retire Early、経済的独立と早期リタイアを目指すムーブメント)


それは、「定年=リタイア」後は「働かない」あるいは「働けない」という暗黙の前提です。このように考えると定年は「収入のおわり」なので、「その後の生活費をどうするか」「それまでに溜め込まないと」という思考になります。


しかし「定年=収入の終わり」ではありません。ちがう会社で活躍したり、みずから新しい事業を起こしたっていいのです。

僕自身40代で起業しましたが、いまの40代はあたらしい事業をつくる可能性もたくさん持っていると思います。冒頭の記事にはこんな恨み節が載っています。

初期の超氷河期世代で政府にも見放されて今みたいに就職の手助けが一切なかった世代ですよ。運良く就職できても給料がなかなか上がらず共働きしないと生活出来ない世代ですよ。政府だけでなく会社からも見放すんですね


うーーーーーん・・・そんなに不遇ですか・・・?


たしかに、バブル世代と比べれば経済成長も鈍化して「おいしい思い」はすくなかったかもしれません。でもですね、僕らの親世代とかはもっと貧乏な中それこそ死にものぐるいで日本を成長させたわけです。そしてこれからの世代は経済や環境やら今以上に大変な課題が山積みです。けっこう幸せな世代じゃないですか?(僕含めその世代のおじさんは、ぶっちゃけ全然有利さを享受してると思います)それなのに不満を言って現状も解決せず、そのまま課題を次世代に丸投げしていいのでしょうか?

もちろん、世代でひとくくりにするのは乱暴です。同じ世代でも不遇は人それぞれありますし、苦労も人それぞれの中頑張っています。しかしいまの40代はどちらかといえば、前の世代から享受した恩恵に対し自分たちが次の世代のために生んだ価値を返せていない負債状態なのではないでしょうか?そして今度はむしろその恩恵を、今度は次世代や社会のために恩返ししていくべきではないでしょうか?(少なくとも定年を気にできてる時点でそこそこ大企業の人な気もします…)

たしかに年収はバブル時代には劣るかもしれませんが、比較的安定した環境で教育を受けてきて自分の中には様々なアセットを構築できているはずです。40代はロジカルな思考や運用をしっかりするオペレーションエクセレンスもみについています。これはビジネスで大失敗してしまわないためのベースの力です。それを活用すれば、今度は社会にあたらしい機会や価値を創出していくことができるはず。

早期定年が最初から見えていれば、40代からの起業やフリーランス化に向けて、自分のスキルや能力を活かそうという意識が強まります。また、その時に備え、収入のポートフォリオ化もできるはずです。

そもそも定年が60歳だろうが65歳だろうが、これからの人生100年時代には何度か収入源をシフトしたり複数の収入源をもったりしながら、ビジネスパーソンとしてリスタートすることが必須となってきます。いまの雇用にしがみつくより、あたらしく社会に雇用を創出する。40代の力がもっと社会に解き放たれます。


「いまの40代」はたしかにつらい。社会構造の問題

理屈ではそうですが、現状を手放すのはそれほど簡単ではありません。

「偏差値の高い高校、大学に入れば将来は安泰だと言われて受験戦争で疲弊して、就職活動でも苦しんで、先輩や上司たちに比べて給料が全然上がらない。節約していますが子供の教育費にお金がかかるし、貯金は全然増えません。子供2人で手狭なので、ローンを組んでマンションを購入することを考えていますが、新浪さんが提言する『45歳定年』ならあきらめなければいけない。今の日本社会を支えているのは20、30代の若手だけではありません。40代の苦労を知らなさすぎる。もう少し現場を見てほしいですね」


僕もまさに45歳なうですが、たしかに子供を2人抱えて、マンションのローンを抱え、生活に不安がないわけではありません。自分の収入源がなくなったら、とかコロナ禍のように突発的に経営環境変わったら生活はどうなる…という心配は常にあります。何なら大企業時代より年収下がってるし、保証人つきでの融資もあるしw


教育費や生活費の高さもありますが、不安に追い込つめているものの一つに、「父親」が「大黒柱」として生活を支える、という価値観もあるかもしれません。

ジェンダーギャップの解消のためには、男性に課せられた呪縛を解くことも必要、という議論がありますが、これまでは男性に妻子の生活費を含めた経済的な期待が多くかかっていました。それゆえに男性は「一家の大黒柱」として収入を増やし安定させようという志向に陥り、ポストをゆずらず、結果として席が空かない。すると女性や若い人材に活躍の機会が与えられず、社会は変わらず男性もいつまでも家計の重圧に苦しむ、という悪循環があるように思います。

でも、またこのやり方を繰り返していることの怖さを私は訴えていかないと本当に日本は終わってしまう

このところずっと、mikikoさんのこの言葉が頭から離れませんが、こうしたことが変わらないのも、権力者やポストにしがみつく人だけが悪いのではなく、社会構造や価値観ごと変えていく必要もあるでしょう。


「45歳定年」に対する反発は、新たなチャレンジがしづらい社会の閉塞感の現れだという気もします。育児にもっとサポートがあったり、男性だけで家計を支えるのではなく女性や子供が早い段階から活躍したり稼いだりする機会が増えたらもっと気軽なチャレンジができるかもしれません。高い塾やお受験にかかる教育費や生活費も固定費として生活の閉塞感を生んでいますが、それを手放す選択肢も本気になればあるはずです。


「45歳定年制度」を聞いて、あなたはどんな風に思ったでしょうか?たまったもんじゃない、と思った方は、組織や現状への依存度が高くなっているかもしれません。そしてそれは残念ながら、プロティアンキャリアの時代、人生100年の時代においてはリスクが高い状態を示す、黄色信号なのです。

「45歳定年」を変化や新しい挑戦のきっかけとしてポジティブに捉えられる大人が増え、世代交代と二度目・三度目のチャレンジが安心してできる社会になれば、世の中はもっと面白くなるのでは、とおもっています。そのために40代のみなさん、これまで以上にあたらしい価値をつくって恩返しすべくチャレンジしていきませんか。それができると40代オーバーでめっちゃ楽しいですよ。どきどきするけど。どきどきするから!

そして(制度化されなくても)「定年」という「おわり」を意識することで、かえって健全に組織と関われる気がします。

最近考えていることに「人は終わりがあると長期的になり、終わりがないと短期的になる」というパラドクスがあります。
これはどういうことかというと、たとえば仕事でもプライベートでもそうなのですが、自分があと1年しか一緒にいられない、とか期間が決まっていると、ひとは「自分がいなくなった時」のことを考え、未来のために長期視点で動く気がするのです。
一方、終わりが決まっていないとやめたくないので短期的に「成果」を出すことにこだわって逆に近視眼的になる。政治家でもそうですが、議席や自分のポジションに固執して任期を伸ばしたがるひとは大局的なことを考えられなくなる気がします。


本気でイノベーションを増やし、社会を変えたいなら政治の世界からまず「45歳定年」をしたらいいと思いますけどね!!!!まじでね!!!

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