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長期雇用と50代からの転職を両立させる

転職後の新たな職場への適応は簡単ではない

少し前までは「転職35歳限界説」という言葉がまことしやかに囁かれ、転職をするなら35歳までという考え方が根強かった。しかし、高齢化社会と生産年齢の引き延ばしによって、年齢に関係なく、転職することも珍しくなくなってきた。特に、役職定年制度がある企業では、50代後半になると役職がつかなくなり、収入も大幅に下がってしまう。その前に別の環境で挑戦したいと考える人も増えている。

しかし、転職先で適応し、パフォーマンスを発揮できるかどうかは簡単なことではない。新しい環境に慣れ、前職の常識や仕事の進め方をアンラーニングし、転職先で付加価値を発揮することは誰であっても容易ではなく、大きな負荷がかかる。特に、50代になってからの転職で、新卒で入社した会社しか経験がないときは難易度がさらに高まる。

長期雇用は悪いことではない

それでは、50代まで1つの会社しか経験がないことはキャリアにとって好ましいことではないのか?この問いも簡単に結論を出すことはできない。そもそも、経営者の視野から考えると、長期雇用で活躍してくれる社員はありがたい存在だ。社内で従事してきた職務経験から得た専門性や知識は、他社にとって模倣困難な企業独自の強みを生み出す源泉となる。つまり、競争優位の源泉として、長期雇用の社員は重要な役割を果たす。
加えて、長期雇用の社員がいることで人的資源への投資効率も高まる。人材育成へ投資した結果、その社員が退職してしまうことは企業にとってうれしいことではない。例えば、海外MBA派遣はかつて経営幹部候補育成のために大企業を中心に高頻度で取り入れられていたが、派遣した社員の退職があまりにも多く、取りやめた企業が多い。
また、人手不足が叫ばれる世の中で、欠員が出たときの補充は大きなコストがかかる。欠員補充が出ている間、その部署の生産性は下がり、残った社員の負担が大きくなる。加えて、労働市場で付加価値の高い人材の企業からの人気は高く、競合が起こる。
企業経営からみれば、20代から働き続けてくれる社員の存在は非常にありがたいのだ。しかし、長年在籍している社員のみで構成されている組織体制は時代の変化への対応力と新しい付加価値を生み出すイノベーションをおこしにくくなる。組織内部の硬直性を防ぐためにも、一定数の社員に卒業してもらい、新しい人材を入れる人材の新陳代謝を行う必要がある。

長期雇用と50代からの転職を両立させる

社員の長期雇用を促しながらも、同時に新陳代謝のために社員のキャリアに柔軟性を持たせるといった一見すると矛盾するような動きが企業には求められている。そこで最近、注目を集めるのが他の会社での働き方を「お試し」できる制度だ。
例えば、日経新聞の記事では、ソニーが50代社員向けにインターンシップを用意し、第2のキャリア構築に伴走しているという。同じような取り組みは、トヨタ九州の50代社員向けの中小企業への副業マッチングもある。

また、近年では、50代から独立して事業を興したり、NPOやNGOに参加したりなど、キャリアの選択も多様になっている。会社で働くだけではなく、起業体験やNPOやNGOでの就業体験に参加する人もいる。実際に、筆者がプログラム・コーディネーターを務める「地方からイノベーションを興す当事者意識」を経営学のアプローチで学ぶプログラム『Oita イノベーターズ・コレジオ』でも、毎年、50代以上の個人参加者がいる。また、企業派遣も社内公募で手を上げる参加者は50代以上が目出つ。(蛇足だが、社内公募で手を上げる参加者で50代と同様に多いのが、高卒採用の女子社員だ。)

社員が安心して長期的に働くことができるように、企業は環境を整備することが求められている。多様なお試しの機会を提供することで、社員は自分の第2のキャリアを自由に選びやすくなる。また、その経験から自分が何に向いていて、何に向いていないのか、これまでのキャリアの棚卸しをしながら考える機会にもなる。その経験から、50代から飛躍的に成長する社員も出てくるだろう。
60代から起業して成功する経営者は珍しくはない。ライフネット生命を創業した出口治明氏が代表例だ。歴史をみても、古代中国の春秋五覇の代表格として数えられる君主である晋の文公は62歳で王位につき、混乱が続く国内を鎮め、強国である楚を下して覇者となっている。紀元前7世紀の人でもできたことなのだから、現代人が50代から才能を開花させることも不思議ではない。

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