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インフレ加速で変化する早期退職からのトレンド変化

 実際のところ30年先のことは誰にもわからない。新NISAで推奨されている「投資信託を30年間積み立てると、現役引退した時には○千万円になる」というシミュレーションも机上の計算であり、それを実現するには、金融危機の中でも淡々と積立を続けていく必要があるし、世の中の常識も変わっていく。それでも投資を諦めない強い心がなければ続かないものだ。

1990年代には、定期預金の金利が5%以上あり、積立預金を続けていくだけで老後の生活資金は蓄えられると考えられていた。それから30年後の金利水準が0.003%まで下がることなど、誰も予測しなかった。それでも、デフレが進行したため、消費者は「安い買い物」をすることで生活を維持することができた。しかし、インフレの時代に転換していく今後は、一般市民にとって苦しいものになっていくだろう。

とりわけ影響を受けやすいのは、年金収入に頼っている高齢者層である。日本の年金制度には、物価変動に応じて毎年の支給額が調整されるスライド制度があるものの、令和4年→令和5年の増額分は、国民年金の受給者で月額1750円、厚生年金は夫婦2人分で月額6001円と微々たる金額だ。

もともと、高齢者世帯が年金だけで暮らすことは難しいと言われてきた。さらに生活物価が高騰していけば、完全リタイアする年齢を引き上げて生活費の不足を補っていくしかない。それが、日本よりも先行してインフレが進行する世界の流れでもある。

米国では、2022年から2023年にかけての年金調整額が、過去最高水準の前年比で月額140ドル以上の増額になったが、すべて食費の高騰分で消えてしまう。家賃は食費以上に高騰しているため、高齢者がアパートの契約更新ができずに追い出されてしまう事態も起きている。それを回避するには、リタイアする年齢を引き上げることが大半の人にとっての具体策となり、人手不足と相まって、高齢者の再就労市場が形成されるようになっている。

【早期退職願望からのトレンド変化】

 できるだけ早い時期に退職をして悠々自適に暮らすことが世界の労働者に共通した願望だったが、ここ数年のインフレ加速によって、その考え方にも変化が起きている。

人口ピラミッドで最もボリュームゾーンが厚い団塊世代は、2024年には75歳を超して完全な年金受給者になる。さらに、その子供世代にあたる団塊ジュニアも50代を迎えることで、労働者の高齢化と人手不足は世界各国で深刻な問題になっている。

米国の大手コンサルティング会社、ベイン・アンド・カンパニーのレポートによると、G7先進国は2030年までには1億5000万人、労働人口の25%が55歳以上となる。その中でも、日本の労働高齢化率は最も高くて、2031年には40%に近づくという予測だ。日本政府は定年年齢の引き上げを行っているものの、企業は60歳以降で給与を大幅カットするため、働く意欲は減退して、高齢労働者の活用は失敗していると分析する。

《世界の55歳以上労働者の割合》

Better with Age: The Rising Importance of Older Workers

日本の年金制度は、標準の開始年齢が65歳だが、給付額を増減させて60歳~75歳までの範囲で決めることができる。しかし、実際の開始年齢は2021年の時点では、65歳からが98.8%を占めており、それよりも早く繰り上げ受給するのは0.6%、65歳以降に繰り下げ受給するのは1.2%に過ぎない。

年金受給のタイミングと合わせて、日本人の大半は65歳を引退年齢と考えているが、OECDの調査によると平均68歳までは収入を得るために働いている。さらにインフレの影響により、今後は引退年齢が3歳延びるという予測である。つまり、平均的なサラリーマンでも70歳前後、住宅ローンの返済を抱えていれば、75歳近くまで働くことが必要になってくる。世界の中でも、日本人の引退年齢は最高齢になるという予測だ。

日経新聞が住宅金融支援機構のデータを分析した結果でも、2020年度の住宅ローン利用者(約122万人)が完済をする平均年齢は73歳となり、過去20年間で5歳上がっている。これは、晩婚化により住宅購入の時期が遅れていることと、ローンの借入額が20年間で1900万円から3100万円に増えているためだ。

いまでも労働者の大半が早期退職の願望を抱いているものの、インフレは確実に退職年齢を引き上げる要因になる。しかし、若い頃と比べれば身体的に無理は利かなくなっているため、50代以降の働き方を再構築することが、労働者と雇用主の双方にとっての課題になっている。

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