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いつか日常を取り戻すときのために、私たちは「装う」

2月に出張した時に、何かの拍子に膝を痛めました。歩く分にはまだマシだったのですが、階段を上り下りする度にものすごく痛むくらい。奇しくも新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワーク推奨になり、オンラインで仕事が進むと画面に映るのは上半身だけで、きっと会社のどのメンバーも私の膝の不調に気づかなかったはずです。

会社にいるとわかる”あれこれ”が、画面を通してだと分からなかったり、違う見え方がしたり、はたまた今まで気づかなかったところに目がいくということがコロナ禍で増えました。”デジカジ”なんて言葉もいつの間にかできていましたね。

見ることができるのは表情や上半身の服装だけ。まだ緊急事態宣言が出る前、自主的にリモートワークを推奨して行った企業は、比較的服装が自由な会社が多かったからかあまり話題にならなかった服装の話も、緊急事態宣言で様々な会社がリモートワークを実施し始めると、その”服装ルール”について色々な意見が飛び交っていました。

ちなみに弊社では、グローバルに拠点があるためどんなルールを設定するのかと思っていたらすごくシンプルなルールがいくつか。そのうちの一つが”服を着る”というもの。リモート”ワーク”なので、ちゃんと着替えて仕事に臨みましょうということ。仕事とプライベートの切り替えが難しい、という人は”ちゃんと着替える”という行為を入れることによってオンオフを切り替えましょう、いうものでした。

コロナ禍に関わらず今までも海外のチームとオンラインでの会議をしてきましたが、リモートが”中心に”あるかどうかで装いについての話が飛び交うというのは結構面白くて、今まで海外のチームとどのような装いが適切なのか、なんて話したことはなかったなぁ、と。

そう、「装い」です。装いとは身なりや外観を整えることを意味していますが、コロナ禍で今までの日常とは大きく異なってしまった中で、ビジネスパーソンとしての「装い」ってどうなるんだろう、と。

適切な装いは企業や国の文化によっても異なると思いますが、装い自体が仕事のオンオフの切り替えになる、というのは共通事項。以前はあまりオンオフをはっきり意識して仕事をしないタイプでしたが、それは会社という場所があったからだと気づかされました。今まではたまに仕事をする場だった自宅が、いつも仕事をする場となって”一つの空間”で意識を切り分けることに慣れないと、夜あまり寝付けなかったりということも。装いは意識を切り分けてるスイッチになっていたのだと改めて気づかされました。

とはいえ、そう簡単にみんながみんな、切り替えられるかというとなかなかそうもいきません。今までのオフィスという共通認識の場がなくなり、その境界線が曖昧になることでいろんな混乱が起きているというのが現状。

今まではオフィスにいることが必須事項で、オフィスにいくためには”ちゃんと”ビジネスパーソンらしく、また会社のカルチャーに則って装うことが求められていました。このままリモートが当たり前になる、という意見もあればオフィスとリモートのハイブリッド派、オフィス回帰派など先が見えない中で様々な意見が飛び交っている昨今。オフィスのあり方は色々変わりそうですが、個人的には人と人が全く会わないという世界はかなり先の話なのではと思っています。

まだ会えない時代だけど、いつかまた会うからこそいつも通り装う。それは日常を取り戻したいという願望の現れかもしれませんし、いつか戻るはずの日常にこの非現実的な日々からスムーズに推移するための準備なのかもしれません。


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