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新入社員の定着のために、配属ガチャ対策だけで本当に十分なのか。直面する人材不足時代に備える。

皆さん、こんにちは。今回は「新入社員の定着」について書かせていただきます。

コロナ禍を経て、今年の入社式は、完全に対面スタイルで実施する企業が増えましたが、中には従来のような形式的な入社式ではなく、一風変わった形で新入社員の入社を歓迎する企業も増えてきました。社員との交流を促進したり、会社への愛着を深めるための工夫をするなど、新たな試みも多く見られました。それだけ新入社員の満足度を高め、働き続けたいと思えるような環境を提供することの重要性が増しているのです。早い人だと入社式に参加しただけで、会社に対する違和感を抱く人もいると聞きます。入社式や新人研修などのスタートダッシュで、いかに新入社員の心を掴めるかが大事になってきています。

入社後の配属一つとっても、給与だけでなく働く環境や条件一つとっても、いかに新入社員を定着させ、中長期にわたって会社に貢献してもらうかに必死な企業が多いはずです。若手世代の人手不足問題は“いつか来る可能性のある未来”ではなく、“確実にくる未来”だからです。

人手不足が深刻になりつつある今、「配属ガチャ」を避けたがる新人に配慮し、配属ガチャを払拭しようとする取り組みが広がっていますが、企業がすべきは、「配属ガチャ対策」だけで十分なのでしょうか。

新人を定着させるための取り組みとして、どのような対応をしておくべきか、具体的に考えてみます。

人材不足は深刻さを増している。厚生労働省の調査では入社後3年以内に3割の社員が離職する。苦労して招き入れた新卒人材の定着や活躍につなげられるよう、企業は若手処遇などでいっそう手厚い対応が求められそうだ。

■入社後の手厚い支援策

引用した記事には、以下のような新人の支援策が紹介されていました。

●入社式
・全員対面での実施
・歓迎パフォーマンスの実施
・自社のサービスや商品、製品に関わる場所での実施
・体験型の入社式の実施
●配属
・一部の社員に海外勤務を確約
・入社前に配属部署を確約
・上司に申告せず希望部署へ異動できる制度を導入
・入社後に複数の部署を経験できるジョブローテーション制度を導入
・長期的なキャリア形成を重視した異動制度の新設
●待遇改善
・初任給の一律引き上げ
・若手社員の賃上げ実施
 
入社式については、こちらの記事にもあるように、様々な企業がそれぞれ工夫を凝らしながら、新入社員を歓迎し、激励の言葉を送っています。

ほぼ完全に対面での開催に戻りつつある中で、入社式の位置づけ自体が変化し、多様化しつつあるように思います。「歓迎」や「激励」のメッセージを伝える場として捉えている企業、「社員や同期との交流促進」や「一体感やロイヤリティの醸成」の場として捉えている企業、入社式をセレモニーとして記憶に残るような「感動体験の提供」の場として機能させている企業、「新入社員の決意表明」をメインとしている企業など様々です。
 
入社後の研修については、宿泊研修を新たに導入する企業、事業理解を深めたり、デジタルリテラシーを高めるためのお題をグループワークで取り組むような研修を設計している企業、中には海外に派遣して国際感覚を身に着けるための研修を行う企業まで、新人研修も各社バラエティに富んだ取り組みが見られます。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC285C50Y4A320C2000000/


こちらの記事のように、自社製品購入補助制度を導入するなど、過去にはない、新しい取り組みに着手する企業もあります。

入社式や入社後の研修、福利厚生などを、従来のものから大幅に見直して改善していくのも、研修費用をこれまで以上にかけて個人のスキルアップを図るのも、個人のキャリア形成を支援するための取り組みに重点を置くのも、給与を引き上げて待遇面を改善していくのも、全て「若手人材をつなぎとめる」ことが狙いです。

「新人に対する育成環境が整備されていない」「入社前に聞いていた話(または抱いていたイメージ)と違った」というだけで、入社間もない社員でもすぐに退職を決意することも珍しくなく、さらに、「自己成長ができない」「社会貢献ができない」といった成長意欲や貢献意欲が満たされない職場では、優秀な人材ほどすぐに転職していってしまいます。

転職の心理的ハードルが下がり、市場での人材流動性が高まっている今、人材のつなぎとめに危機感を募らせる企業が増えていることは明らかです。

■配属ガチャを嫌う学生に、どのように対処するか

学生側のニーズに応えようと、「配属ガチャ」対策を検討する動きが広がっていますが、各企業が取り組み始めているのが、希望通りの配属を行う「配属部署の確約」や「勤務地の確約」、「職種の確約」です。入社前の採用段階からコースを細かく分けて応募者の意向に沿えるようにするコース別採用は、一般的には職種別採用のことを指しますが、「総合職」「技術職」のような大きな単位だけでなく、さらに細分化して「営業」「企画・マーケティング」「コンサルタント」「プランナー」「ディレクター」「法務」「財務」「経営管理」「人事」などと、応募者の意向を最大限汲むための職種別やコース別採用に切り替えている企業も増えてきています。

募集する段階で配属先を明示するのか、内定通知段階で明示するのか、入社前なのか、入社後なのかという複数のパターンが存在しますが、それぞれメリットとデメリットがあるため、各企業の実態に合わせながら最適なパターンを模索していくしかないと思います。どのパターンにせよ、企業側が学生の意向を実際の配属にできるだけ反映していくのは必然の流れです。

企業側の事情、たとえば、
・配属部署の受け入れ体制や育成環境がしっかりある部署に配属したい
・人員を充足させたい部署から優先的に配属したい
・本人の適性と職務内容とのマッチング状況を見て配属したい
というような状況を優先し過ぎて(当然、考慮すべきではあると思いますが)、それが新入社員の意向とズレがある場合は要注意です。

こちらの記事のように、

「配属ガチャ」対策として、職種や配属先を入社前に決めて学生に伝える制度を導入する企業や、内定時に配属先や職種を約束する企業、そもそも募集の段階から配属先や職種を絞って募集する企業など、複数の事例が出てきています。また、外資系企業だけでなく、新卒採用も中途採用と同じように完全なジョブ型で、ジョブディスクリプションをもとに採用を行う企業も増えてきている印象です。

これらは、学生のキャリア意識が向上し、自律的なキャリア形成をすることを好み、自らのキャリアを主体的に決められない企業を避ける傾向にあることが背景にあります。学生の段階で「自分のやりたい仕事を明確化したい」、または「入社前にやりたい仕事を決めなければならない」と考える人が増え続けていく傾向は、今後も加速していくでしょう。

一方で、本当に若手人材が成長する可能性や、個々が持っている強みやポテンシャルを引き出そうとした時に、必ずしも本人が希望している「部署」や「職種」や「勤務地」だけを経験することがいいわけでは決してありません。専門的なスキルや経験に偏った選考によって、ジョブ型採用だけにフォーカスし過ぎても、本人のパーソナリティーや適性に合わないケースが発生したり、将来の目標や実現したいことが変わった時に、簡単に異動が実現できない分、ミスマッチが発生しやすくなる可能性も否定できません

やりたい仕事を、理想の働き方で、しかも最短ルートで自己成長や自己実現ができる企業を選ぶ学生がどんどん増えている時代背景において、少しでも“不確実”で“リスク”になりそうなことを排除し、自分にとって希望通りの安全な道を保証してくれる企業を好む気持ちは分かりますが、選り好みし過ぎることのリスクにも、しっかりと目を向ける必要があります。

企業の採用担当は、内定辞退率や3年以内の離職率をいかに減らすかが各社共通の課題であることは間違いありませんが、企業側も学生側も、いかに中長期で個人のキャリア形成を捉えられるか、目先の「自分の希望通りの部署や働き方か否か」という観点だけでないキャリア形成を考えられるかどうか、複数の多様なキャリアパスの選択肢を常に持てるかどうかが、鍵となっていくように思います。

■人材不足リスクに備えて、今からすべきこと

こちらの記事には、

日本経済新聞社が7日まとめた採用計画調査で、2024年度の採用計画に占める中途採用比率は過去最高の43.0%と5割に迫る水準になった。少子化と人手不足を背景に、中途人材を補充要員ではなく、戦略的に経営に取り込む企業が増えている。新卒中心の採用慣行は転換点を迎えた。

とあります。売り手市場の中、新卒採用では計画に対して採用数が充足せず、中途採用シフトを強めざるを得なくなっているのです。

新卒や中途人材の確保以外に必要な対策としては、
・海外人材の受け入れ強化
・アルムナイ(卒業生)採用の強化
・インターン生の受け入れ強化
・シニア人材の積極活用
・外部リソースの活用(フリーランス、副業人材など)
・自社の経営戦略を実現する上で必要な高度専門人材の確保
などが挙げられます。

こちらのように、一度退職した元社員と新たな事業を立ち上げたり、現役社員も含めたネットワークを構築したりと、卒業生の囲い込みを狙う事例も出ています。

当社の事例ですが、AIや経済学の分野における博士号を持つ高度人材の採用を強化し、未来を見据えた上でイノベーションを牽引する人材の確保にも積極的に取り組んでいます。


採用の強化だけでなく、せっかく採用した人材を定着させるための工夫も欠かせません。いくつか抑えておきたいポイントを挙げてみます。

●入社前に抱えている不安を徹底的に取り除く
→内定者へのフォローアップ施策は、内定辞退を防止する目的もありますが、早期離職を防止することにもつながります。入社する前に「本当にこの会社でやっていけるか不安」という人がいた場合は、より解像度高く事業内容を理解してもらったり、社員との接点を作るなどして、不安要素をなくしていくことが有効です。入社前から新入社員の定着施策は始まっているのです。

●定期的に目線を上げる機会を作る
→入社後、実際に仕事をし始めると、それ以前に抱えていたイメージとのギャップに多かれ少なかれ直面します。思う通りに物事が進まず悩んでしまう時ほど、隣の芝生が青く見えたり、思い切って転職してしまおうかと行動に移す人も少なくありません。目先の仕事に取り組む理由や目的を明確にしたり、自分の仕事が何につながっているかを理解してもらったりと、先輩社員や上司による適切なコミュニケーションによって、定期的に目線を引き上げる工夫をすることが重要です。

●仕事の負荷を適切にコントロールする
→業務過多になり、仕事量が増えたり労働時間が長くなると、精神的、かつ肉体的な負荷や負担がかかり、離職を招くことになります。逆に任せてもらえる仕事が少なかったり、業務内容のレベルが低いと、成長実感が持てずに離職につながってしまいます。適切な業務量や負荷、業務内容をコントロールすることによって、社員のストレスの低減やエンゲージメント向上を図ることができます。

●若手社員の就業観・キャリア観を把握した上でのコミュニケーションを意識する
→若手社員が会社に求めていること、上司に求めていることは多様化していますが、共通しているのは「個性や個人の意思を尊重してほしい」ということです。相手の意見や考えに耳を傾けず、会社の方針だけを押し付ける一方的なコミュニケーションや、厳しい指摘ばかりのコミュニケーションは、年々若手社員の抵抗感が高まっています。厳しい指導がダメなのではなく、時代や価値観に合わせた伝え方やフィードバックの仕方にアップデートしていく必要があるのです。

●若手社員の自己成長機会に積極的に投資する
→社員の成長機会となるような育成施策への投資は、積極的に行うべきだと思います。自分自身の成長を実感する機会が多ければ多いほど、モチベーションの向上やスキルアップにも直結します。社員が業務上必要なスキルや知識を習得するための継続的な育成プログラムの提供や、研修や自己啓発の促進などは、より難易度が高い業務や未経験領域への挑戦も促し、個人の働きがいを高めるだけでなく、会社の業績向上にもつながります。

●自分の会社や所属する組織に、誇りや自信を持てるような帰属意識を醸成する
→若手社員ほど、仕事のやりがいは、周囲との人間関係や組織のコンディションに左右されることが多いです。社会的な意義がある仕事をすることで自社に誇りを持てるようになったり、組織の方針や戦略が自分の価値観やビジョンに合っているなど、帰属意識を高められる状態をいかに構築できるかが、長期にわたって働いてくれるかどうかにも影響を及ぼします。企業の向かう先に共感し、目標を自分事化し、組織の目標が自分の目標とリンクできるような人材を増やすための取り組みが必要です。社員一人ひとりの頑張りや成果をお互いに認め合い、褒めたたえるような表彰の場を多く設けたり、時には仕事から離れて、一体感やチームワークを高め合うようなイベントや懇親の場を適切に設けることも良い効果を生み出します。

●経営層とのコミュニケーション機会を確保する
→会社の未来に対して不安を覚える人は少なくありません。経営者や経営層との距離が比較的近く、コミュニケーションが気軽に取れるような風土が定着していると、社員に経営者の考えや理念を理解してもらう機会となり、自分の仕事にも熱量高く取り組めるようになります。経営幹部自ら、社員に対しての動機付けを行う企業ほど、社員の定着率にも大きな影響を与えると考えて間違いないと思います。直接的なコミュニケーションが難しくとも、社員が抱いている不安や不満を知る方法を確立したり、社員それぞれの状況や個々のパーソナリティーを感度高く把握できるような場を作るなど、いくらでも対処方法を構築できるはずです。
 
その他、「入社後の定期的な面談」や「メンター制度やトレーナー制度の導入」、柔軟な勤務体系や働き方の選択肢を増やすなど「働きやすい環境の整備」、昇進機会や大きな役割(プロジェクト参加など)を持つ機会を含めた「明確なキャリアパスの提示」や「長期的なキャリアデザインの支援」といった、若手人材の定着の仕組みや工夫は数多く生み出せると思います。

若手社員の離職に至る原因は様々ですが、定着施策を一つ一つ実行する前に、企業が若手社員に対して、どのような姿勢で向き合っているかが何より重要です。会社が今後どのような成長戦略を描き、若手社員の成長環境としてどのような機会を提供できるのか、個人の目標を実現させられる企業なのかどうかを、理解・納得・共感してもらうような取り組みこそが求められているのではないかと思います。

一方で、新入社員の定着率をKPIとして、「限りなく100%にする(離職をさせない)」ことが一概に正しいわけでもありませんそれぞれの企業の業界、社風、文化に合わせて、どの程度の定着率が自社にとって適切なのか、経営との目線合わせは必要です。そのステップを踏まずに、ただ定着率だけを上げるための施策を打っていても意味がないことは付け加えておきます。


最後に、一般的に新入社員は2年以内に2割、3年以内に3割が退職してしまいます。慢性的に人手不足に悩む企業は多く、昨今の転職のしやすさや、若手世代の就業観の変化もあり、世の中の人材流動性は今後も高まり続けていきます。

「入社して間もないのにもう辞めるなんて信じられない」と、一方的にすぐに辞めてしまう新入社員だけが悪いと決めつけずに、採用プロセスに問題がなかったか、その後の定着施策に問題がなかったか、研修や育成環境に問題がなかったかなどと、企業側も現実から目を逸らさずに改善策や工夫を講じていかないと、簡単に人手不足に陥り続けてしまうことは明白です。

今の若手世代の価値観に寄り添いながら、企業に対して求めていること、これから求めるであろうことを正面から捉え、変化の兆しを見落とさずに対応していくことが重要で、画一的だった企業の採用戦略や育成戦略、定着のための人事施策もその変化に合わせてアジャストしていけるかどうかが、各企業の経営戦略実行の成否を分けることになるかもしれません。
 
配属ガチャ対策だけにフォーカスして、どのように対応すべきかに苦心している企業も多いと聞きますが、目を向けるべきは、希望通りの配属ができなかったことによる新入社員の離脱よりも、総合的に、若手世代から見た“働く環境としての魅力不足”による新入社員の離脱をいかに抑えるか、ではないでしょうか。
 


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